太田述正コラム#2953(2008.12.4)
<ムンバイでのテロ(続)(その2)>(2009.1.11公開)

<補注>

 「・・・<インドの>イスラム教徒は、今や不可触賤民(Dalit)・・・よりもひどい状況にある。
 不可蝕賤民の男性の47%が職がないのに対し、イスラム教徒の男性は52%が職がない。不可触賤民の女性の77%が職がないのに対し、イスラム教徒の女性は91%が職がない。
 46歳を超えるイスラム教徒の半分近くが読み書きができない。<インド総>人口の11%を占めるにもかかわらず、イスラム教徒はインドの刑務所人口の40%を占めている。また、公務員のうち5%未満しか占めていない。・・・
 インドの1億5,000万人のイスラム教徒はインドネシアの1億9,000万人に次ぐ多さであり、パキスタンの1億4,000万人のイスラム教徒や、約1億4,000万人のアラブ・イスラム教との全人口よりも多い。・・・」
http://www.latimes.com/news/opinion/commentary/la-oe-nomani1-2008dec01,0,4446380,print.story
(12月2日アクセス)
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 次に、ガーディアンの記事です。

 「もし<今回のテロが>パキスタンがらみであるとの事実関係が裏付けられたら、戦争が始まるかもしれない。・・・
 ラシュカレタイバは、もともとはパキスタン軍の諜報機関であるISIによって設立された。でっかいライバル<であるインド>に「出血を強いる」ために軍事的により弱いパキスタンが何十年も前からの戦略の一環として、「そんなの関係ない」とシラを切れる手先として係争地であるカシミールで戦わせるためだ。
 ISIはジャイシェモハメッド(Jaish-e-Mohammed)ともつながっている。これは、ニューデリーの保安官僚達がムンバイのテロへ関与したとして非難している第二の集団だ。・・・
 ラシュカレタイバもジェイシェモハメッドも<パキスタンの>南部パンジャブ州から構成員の過半を集めている。・・・
 ・・・<最近の>・・・ISIの方針転換の効果と限界はともに明らかだ。
 2001年にインドとパキスタンがあわや戦争になりかけたインド国会への血生臭い攻撃があり、イスラム過激派が責任ありと追求された後、<パキスタンで>イスラム過激派集団に対する一斉取り締まりが行われた。それまでは戦略的資産と見られていたこれら集団が、突然、少なくとも当分の間、負債と見られるようになったわけだ。それは、これら集団のヒットマン達が当時の<パキスタン>大統領に対する暗殺計画にからんでおり、アルカーイダとのつながりの証拠も明らかになったことから、ISIに対し、それまでの被保護者達を何とかしろという圧力が高まったからだ。
 過激派の連中は派手な動きを控えざるをえなくなった・・・。「連中はもう構成員集めや説教や資金集めを公然とは行わなくなった。・・・構成員集めをすることがあるとしても、個人対個人ベースで行い、以前のように集団では行わなくなった。・・・
 これらの集団とISI等の<パキスタンの>諜報機関との関係は複雑だ。これら集団の合法フロント組織は、最近の諸選挙に候補者を立てたり、パキスタン中を何の不安もなく旅行して歩いたりさえしている。・・・
 ムンバイのテロが起きるまでは、最近のインドにおける一連の爆弾事件は、インド・ムジャヒディーン(Indian Mujahideen)というインド国内の過激派の仕業だと大部分の論者は指摘してきた。大勢の教育程度の高い中産階級出身の手下達を36歳のコンピューター技術者が率いていることから、この集団の構成員達はパキスタンの諸集団の構成員達とは相当様相を異にしている。しかし・・・これら過激派の究極的な方向性、すなわち、狂信性、暴力、憎悪、は同じだ。・・・
 インド当局は、国内のインド・ムジャヒディーンが<ムンバイの>テロの前に、<パキスタン人達のために>準備を整えてやったり情報を集めてやったりした可能性がある、と見ている。・・・」
http://www.guardian.co.uk/world/2008/nov/30/mumbai-terror-attacks-india

 今度は、やはり以前に(コラム#2636と2560で)登場した、国際犯罪の専門家であるグレンニー(Misha Glenny)によるコラムです。

 「・・・ムンバイのテロは、世界を相手にした聖戦ではない。<二つのホテルでの>外国人観光客へのテロと<ユダヤ人センターでの>テロは、最大限の広報効果を狙ったものであり、この戦略はものの見事に成功した。
 しかし、この悪夢の根は別の所、すなわち、インドでの1980年代以降のヒンズー教徒とイスラム教との次第に悪化する関係とインドとパキスタンの地域的関係、に見いだすべきだ。
 ただし、ムンバイのテロの作戦上の鍵は、恐らく間違いなくD団(D-Company)が握っているに違いなかろう。
 D団とは、パキスタンの港町のカラチから、ムンバイの伝説的な地下世界の強力な人物たるダウッド・イブラヒム(Dawood Ibrahim)によって統率されているところの、裾野が広く恐ろしく効果的な組織犯罪シンジケートだ。
 D団の(過去において、しばしばインドの国家諜報能力よりも効果的であることを証明してきたところの)広範な諜報網を踏まえれば、ダウッドがこのテロの準備が行われていたことを知らなかった可能性はまずありえない。
 インドの諜報諸機関は、ダウッドがこのテロにおいて果たしたであろう役割について捜査を既に始めている。というのは、ダウッドは、インドの偉大なる商業センター<であるムンバイ>への密輸ルートの大部分を統制下に置いているからだ。
 1993年には、爆発物たるRDXを大量に<インド国内へ>密輸するために、彼は自分のこの諜報網をパキスタンの諜報機関であるISIが自由に使えるようにした。・・・このRDXは、257名の死亡者を出した1993年3月の<ムンバイでの>テロ攻撃に用いられた。これは近年のムンバイにおける殺戮事件のいずれよりも多くの死亡者を出した事件だった。・・・
 <今回のテロで>12名内外のテロリスト達が上陸したサスール(Sasool)岸壁は、D団の統制下にある岸壁の一つだ。1993年のテロ事件では、ダウッドは、ムンバイ沿岸とその周辺の監視に責任を負う警察の役人達に賄賂を贈り、RDXを夜間に揚陸することを可能にした。仮に最近のテロでのダウッドの役割についても裏付けがとれたならば、警察の役人達がまたもや賄賂をもらって目をつぶった可能性が高い。
 ダウッド自身は、殺人容疑から逃れるためにドバイに逃亡してからの20年以上、生まれ育ったムンバイに一度も戻ったことがない。
 しかし彼は、<ムンバイを>去る前に彼の何名かの主立った競争相手を消し去ることで、ムンバイの最大の犯罪の頭目になっていた。彼の組織は大きくなり繁栄し、爾来、主に金、薬物、そして兵器を扱ってきた。
 1993年まではD団は完全に世俗的な組織だった。ダウッド自身はイスラム教徒だが、彼が最も信頼を寄せる幹部であるチョタ・ラジャン(Chota Rajan)はヒンズー教徒だ。・・・
 <ムンバイの>地域的ナショナリスト政党たるシヴ・セナ(Shiv Sena)によってかき立てられた反イスラム感情に腹を立て、ダウッドはその報復のために1993年3月の身の毛がよだつ爆弾テロの手助けをすることに同意したのだ。・・・
 パキスタンにおけるダウッドのISIとの関係は、ドバイ当局が、彼がドバイにとどまっていることは公共の利益にならない(上、インドとの関係にも差し障る)という決定を下したため、2003年にカラチに移ってから、より密接になった。・・・
 今回のテロの政治的な狙いは、パキスタンとインドの過激派の世界の存続を困難にしかねないところの、イスラマバードとニューデリーのいかなる関係改善をも防止しようとするところにある。
 そしてそれは間違いなく、インドにおける総選挙が近づいている折から、BJPを始めとするヒンズー・ナショナリズムの諸組織を強化することだろう。・・・
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/dec/01/comment-and-debate-misha-glenny
(12月1日アクセス)

 何とまあ、凄まじい世界か、とお思いでしょう。
 いや、日本が異常に平穏な社会であって、世界はおおむねどこでもこんなもんだと思った方がよいのです。

(続く)