太田述正コラム#2931(2008.11.23)
<日本帝国の歴史2題(続)>(2008.12.31公開)

1 始めに

 ちょっと前に、「日本帝国の歴史2題」と銘打って、日本(内地)の歴史に係る記事を2つご紹介しましたが、今度は、韓国(朝鮮半島)の歴史に係る記事を2つご紹介しましょう。

2 ニューヨークタイムスの記事

 <左派の前政権に代わり、右派の李明博政権が発足したことを受け、>10月30日、文部科学省は<6つの>高校教科書について、「韓国政府の正統性を掘り崩す」・・・記述を削除するか修正するよう求めた。・・・
 韓国は、かつて単一の国定の近代史教科書を高校生用に用いていた。しかし、2003年に歴史認識の多様化を奨励するため、政府は高校用に6つの民間出版の歴史教科書の発行を認めた。
 それ以来、これらの教科書は、保守派からの批判を浴びてきた。そしてそれは、初代大統領の李承晩や軍人で強権的指導者であった朴正煕等の過去の指導者達についての、更には米国との複雑な関係についてのより大きな議論を引き起こすこととなった。
 保守派は、「左がかった」教科書は、若者達に歴史の暗部にばかり目を向けさせて、彼らの思考に悪い影響を与えると主張した。すなわち、連合国が日本からの朝鮮半島の解放をもたらした役割を貶め、米国を帝国主義大国として描き、過去の韓国の独裁者達の罪ばかりをあげつらって経済成長に果たした貢献等の彼らの業績を軽視していると。・・・
 ある・・・教科書は、保守派からは建国の父として尊敬されているけれどリベラル派からは容赦のない反共主義者として嫌悪の対象となっている李承晩大統領を、北朝鮮の脅威を「自らの独裁体制を維持する」ために悪用した、と記している。
 国防省は、ここのくだりを「彼は共産主義を封じ込めるために最善を尽くした」と書き換えるように求めている。
 また、<ある>教科書は、1961年にクーデターで権力を掌握し、政治的反対者達を拷問する一方で、韓国を輸出志向の経済成長へと導いた朴正煕を、「韓国の憲法の上に自分自身を置いた大統領」であったと記している。
 国防省は、このくだりを「<朴氏は>韓国の近代化に貢献した大統領」であった、と書き換えるように求めている。・・・

http://www.nytimes.com/2008/11/18/world/asia/18textbooks.html?ref=world&pagewanted=print
(11月18日アクセス)

 とにかく、このような保守派と容共リベラル派との対峙状況も、かつての宗主国日本の構図をそのまま韓国において受け継いだものであり、日本がこのような対峙状況を克服して久しいところ、韓国においても、ついにその克服に向けての第一幕が始まった、ということだと思います。
 軍部が歴史認識に口を挟む、というのは戦前の日本でもあったことですが、ちょっとアナクロが甚だしい感がありますね。
 軍部は文部科学省を前面に出していい子ブリッ子をしておればよい、と思うのですが・・。
 もっとも日本(内地)においても、田母神氏の例があったばかりなので、私も韓国に対し、これ以上高見に立ったような物言いは控えることにしましょう。

3 朝鮮日報

 朝鮮日報は、同紙のお気に入りらしい、韓培浩(ハン・べホ)元高麗大政治外交学科教授(77)の新著『自由を目指した20世紀韓国政治史』を、かなり詳しく紹介しています。
http://www.chosunonline.com/article/20081122000010
(11月23日アクセス)

 以下、この新著の内容をかいつまんで孫引き紹介するとともに、私のコメントを付します。

 日本による植民地支配は、韓国に暴力的権威主義と階級的官僚主義の弊害をもたらした。日帝の近代化開発は、朝鮮人のためのものではなかった。朝鮮人の分裂を画策した日帝の統治方式は反目と不信という遺産を残し、深刻な理念対立の種をもまいた。

→よく言うよとしか形容のしようがない。「暴力的権威主義」≒「事大主義」(コラム170、274)、及び「階級的官僚主義」ないし「反目と不信」≒「両班精神」(コラム#406)≒「政治の搾取性」(コラム#402)は、いずれも朝鮮半島が近代化以前から持ち越してきた病弊であり、日本による植民地統治はそれらを打破しようとした。また、それが誰のためになされたのかはともかく、「近代化開発」を目的とした植民地経営を行った列強は、日本以外には一国もなかった。更に、「深刻な理念対立の種」とは何のことか不明。(太田)

 日本の敗北で極東地域に力の空白が生じたことに伴い、これを埋めようとする米ソ間の対立の中から、一つの妥協策として38度線が生まれた。それは、当時のルーズベルト米大統領や米国政府の朝鮮に対する無関心、安易な対ソ政策の産物だった。反面、スターリンは韓半島(朝鮮半島)の戦略的価値を極めてよく認識していた。

→「当時のローズベルト大統領や米国政府の東アジアに対する無関心、安易な対ソ政策が日本を敗北へと追いやった結果、極東地域に力の空白が生じ、朝鮮半島に38度線が生まれた。反面、スターリンは東アジアにおける朝鮮半島の戦略的価値を極めてよく認識していた」が正しい。典拠は不要だろう。(太田)

 最近公開された旧ソ連・中国側の資料は、6・25戦争(朝鮮戦争)が「金日成(キム・イルソン)が計画し、ソ連と中国の支援を得て南侵を敢行したことで起きた戦争」だということをはっきりと示した。それは武力による「侵略戦争」で、スターリンと毛沢東は韓半島を共産化し、アジアでの戦略的地位を確保しようとした。

→「最近公開された旧ソ連・中国側の資料は、朝鮮戦争が、スターリンが、臣下たる毛沢東と示し合わせ、エージェントたる金日成をして計画させ、南侵させて起きた戦争」だということをはっきりと示した。それは武力による「侵略戦争」で、スターリンは朝鮮半島を共産化し、アジアでの戦略的地位を確保しようとした。」が正しいのでは。(太田)

 朴正煕(パク・チョンヒ)政権は、短期間のうちに画期的な経済成長を成し遂げたが、・・・ 維新体制(朴正煕政権の後半)は、民主主義と全体主義のいずれにも該当しない権威主義体制で、そのため確固とした正当性や理念を備えることができなかった。

→「朴正煕政権は、短期間のうちに画期的な経済成長を成し遂げたが、・・・これは、民主主義を基盤とした総動員体制という、戦争直前から戦時中にかけての旧宗主国日本の政治経済体制を、同政権が模倣して、類似の体制を構築した結果である」が私の認識(コラム#405)。

 1980年代末<の>・・・民主化は・・・、それまで韓国社会が経験してきた「近代化」の過程が韓国の社会構造を変えていったために可能だった。産業化や通信・交通の発達、中産層の成長などが民主化の要因となった。

→「日本による朝鮮半島の植民地統治は、最初から民主化の契機を孕んでいたが、1980年代末<の>・・・民主化は・・・、日本が植民地時代に朝鮮半島で推進した「近代化」路線を戦後の韓国が引き続き推進し、韓国において、産業化や通信・交通の発達、中産層の成長を達成し、社会構造が変化して行ったために可能となった。」が正しい。(太田)

4 終わりに

 吉田ドクトリン的なものに毒されていないだけに、日本国民の歴史認識を「是正」するよりも、韓国の人々の歴史認識を「是正」する方が容易であるという感を深くします。