太田述正コラム#2923(2008.11.19)
<文藝春秋社と私>(2008.12.27公開)

1 背景

 私は第一次評論家デビュー期(ただし、大部分はペンネームで執筆)に文藝春秋社の月刊総合雑誌「諸君」に「専守防衛も憲法違反だ」(「諸君」1981年4月号に掲載)と題する論考を書いたことがあります。
 その時は、共同執筆者の中川八洋氏が「諸君」編集部とのやりとりを一手に行っていたので、私は「諸君」編集部に電話をかけたことすらなかったのですが、上記4月号が出た直後に同誌編集長から役所で執務中の私に電話がかかってきて、「素晴らしい論考をありがとうございました。そのうち、ぜひ一度お食事をさせていただきたいと思っております」とおっしゃる。
 ところが、それから、ついに何の音沙汰もありませんでしたね。

 次の私と文藝春秋社との関わりは、私が選挙に出ようとした2001年のことでした。
 この時の顛末は、コラム#2167「文藝春秋の裏切り」に詳しく書いたので、これをご覧下さい。
 それ以来、私は、「文藝春秋」にも「諸君」にも、先方が謝罪しない限り、執筆等の協力はしない、と心に決めてきました。
 だけど、私の知らないところで、私を文藝春秋社に売り込む人が出てくることは避けられません。
 ただし、それに対し、文藝春秋社側が前向きの姿勢を示したことはありません。
 今年の例で言えば、『属国の防衛革命』の共著者の兵頭二十八氏が、「諸君」に私との座談を掲載しないかと申し出たところ、断られてしまったという話を、コラム#2886(公開予定なし)でご披露したところです。

2 今回の顛末

 11月12日、「諸君」編集部○○氏からコンタクトがあり、不祥事が続く防衛省についての記事の取材をしたいのでライターの塩田潮氏と一緒に伺いたいとの話がありました。私は了解するとともに、ただし、『実名告発防衛省』について、記事の中で言及して欲しいという条件をつけました。
 文藝春秋社はそれくらい私にお返しをしてくれてもいいだろう、という思いからです。
 翌13日、○○氏から塩田氏がこの条件に同意したとの連絡があり、翌14日、自宅で会うことになりました。
 14日、○○氏が急に所要が入ったとして、塩田さんだけが菓子折を持って拙宅に来られました。
 何でも、○○氏が他に何名もの防衛省OBに取材を申し込んだが、ほとんど断られてしまい、自分としても困っていたところ、○○氏から、『実名告発防衛省』を示され、この著者の太田さんと会ってみてはどうかと言われた。そこで、急いで斜め読みして、本日まかりこしたとのこと。
 塩田氏は、時間がない、明日15日が原稿提出締め切り日であるとも言っておられました。
 ははあ、やはり、文藝春秋社、私を敬遠しまくっとるな、私に頭を下げて執筆を頼めばよかったものを、と思いました。
 しかし、結局1時間半も塩田氏と話し込んでしまいました。(取材費がいただけるわけではありませんが、防衛省の話となるとどうしても力が入ってしまいます。)
 ところが塩田氏、原稿の関連部分を15日にメール送付すると言っていたにもかかわらず、その後何の音沙汰もありません。次第に文藝春秋社に対する疑心暗鬼が募って行きました。

 以上のような経過の後、本日に至ったわけです。

<太田→塩田潮氏>

 先日は、拙宅までお越しいただき、ご足労をおかけしました。

 さて、その後、原稿のチェックのご連絡がありませんが、「諸君」が塩田さんに依頼した企画そのものがつぶれたのか、その企画の中で、私へのインタビューを使わないことになったのか、どうなったのか、大変恐縮ですが、お教え願えませんか。

<塩田氏→太田>

 先日はお宅までお邪魔してご迷惑をおかけしました。ご多忙の中、長い時間、おつきあい下さり、ありがとうごさいました。示唆に富む率直なお話をたくさんお聞かせいただき、大変、参考になりました。
 ご連絡が遅れ、ご心配をおかけして申し訳ありません。いままでご連絡できなかったのは、私の原稿の仕上がりが今朝になったからです。もともと編集部が知らせてきた締切日は多少の余裕を取ってあったようで、実際の締切は今日のお昼まででした。お陰様で、少し早く、いまから1時間ほど前に脱稿しました。
 インタビューでお聞きしたお話は、数ヵ所にわたって、原稿内でカギ括弧で使わせていただいています。もちろん、お約束どおり、ご著書についても、簡単ではありますが、記事の中でご紹介しました。
 編集部の担当の○○さんに、「記事で紹介する太田さんのご発言部分は、事前にご本人に読んでいただく約束になっています」と伝えてありますので、おそらく今日中にご発言部分だけを抜き出したものが、メールかFAXで、○○さんから届くと思います。あまり時間の余裕がないと思いますが、ご覧いただいて、○○さん宛てにご返送いただければと存じます。
 修正はもちろんご自由になさっていただいて結構です。記事はお直しのご指示どおりにいたしますが、いくつかお願いがあります。一つは分量(行数)に制限がありますので、加筆・修正はできれば元の原稿の分量の範囲内でお願いします。もう一つ、ご紹介発言部分の全面削除、または文意を全面否定するような修正は、ご遠慮願いたいと思います。
 お手数をおかけしますが、どうかよろしくお願いいたします。
                                 
<○○氏→太田>(電話)

 今からメールで記事の関連部分をメール送付します。

<「諸君」編集部○○氏→太田>

太田述正先生

先日は<塩田氏と>貴重なお話を有難うございました。
塩田潮氏の原稿のうち、太田先生のコメント引用部分を、前後の文脈も含めてお送りいたします。
訂正すべき点等ございましたら、本日中にご指示いただければ幸甚です。
変更の場合、文章の分量があまり変わらぬ範囲内でお願いできればありがたく存じます。
ご高配のほど、何卒宜しくお願い申し上げます。

(引用部分)

 元防衛庁のキャリア官僚で、現職時代の体験などを基に、旧防衛庁や防衛省をめぐる大物政治家の口利き疑惑を始め、政・官・業の癒着、防衛官僚や自衛隊OBの天下りの実態などについて、実名を明かしてレポートした著書『実名告白 防衛省』を最近、刊行した太田述正(現評論家・元仙台防衛施設局長)は、別の視点から防衛省・自衛隊の「裸の姿」を説き明かした上で、守屋の生き方と泳ぎ方を解説する。   
   
 「問題の根本は戦後、吉田ドクトリンで安全保障はアメリカに丸投げし、アメリカの属国となったため、防衛省は本来の仕事をさせてもらえない。そのために組織が生活互助会化してしまった。防衛庁に勤務して少し目端が利けば、最初から分かり切っている話です。だから、誰もまじめに考えていない。ある程度、まじめだと、田母神さんのようになる。守屋氏は動物としてはもっと高級です。まじめに考えると、発狂するか異常な行動を取ることになるから、考えないのが一番いい。考えずに、自民党の人たちと同じように権力と名誉とカネを追求する。守屋氏はその三つの追求で非常に素晴らしい能力があったということでしょう」
 太田は守屋とは同期入庁である。
 「若い頃はものすごく謙虚な人間に見えた。回り道もしているし、学歴的にも引け目があって、違うポストに就くと、私に『果たして自分に勤まるだろうか』と言う。私はいつも『できるに決まっている』と答える。だって、本当の仕事なんかないんだもの。誰でもできる」
 確かに日米安保体制で防衛政策の根幹はアメリカに握られ、国土防衛や治安維持といっても、防衛省(庁)と自衛隊が現実にその危機に直面する場面はほとんどなく、災害派遣、90年代以降の平和協力や救援・援助などの国際活動を除けば、専守防衛の名の下に訓練と演習に明け暮れるだけであった。
 その状態を「本来の仕事をさせてもらえない歪な構造」と見るのが正しいかどうかという議論はあるだろう。自国を自らの政治で完全にコントロールできる軍事超大国を別にすれば、現代の多くの国では、この状態と取り組みが防衛の「本来の仕事」と見ることもできる。

(終わり)

 もう一箇所、予算の部分で引用しております。こちらもご確認いただければ幸甚です。
 宜しくお願い申し上げます。

(引用開始)

前出の太田元仙台防衛施設局長は予算折衝の実態について語る。
 「大蔵省(現財務省)の主計局も、防衛関係費についてはなんの仕事もしないと思っている。枠予算だから、仕事をしてもなんにもならない。削っても、ほかのもので復活してやらなければならないので、そんなくだらないことはしない」 
 天下りや口利きをめぐる疑惑を追及し続けている太田はこう付け加えた。  
 「予算は全部ひもがついている。特定の武器とか装備だけ精査して削ったりしたら、ひも付き予算を座布団にして天下りする人が困ってしまう」       
 「査定なしの枠予算」という方式は、裏側にこんな実態が隠されていて、それに手を着けないという暗黙の了解が存在するのも理由となっているのだろうか。

(終わり)

○○拝

<太田→○○氏>

 弱りましたね。
 引用部分はおおむね結構なのだけれど、塩田さんのまとめ方に問題があります。
 ご意見の部分というより、事実認識に誤解があります。
 さあ、どうしたものか。

<○○氏→太田>(電話)

 コメントをお待ちしていますのでよろしく。

<太田→○○氏>

 引用部分は結構ですが、まとめに事実誤認が多々あります。
 お直しになるとも思えないけれど、一応書き換えておきます。
 (文章を整える労はとっていないことをご承知ください。)

 確かに日米安保体制で防衛政策の根幹はアメリカに握られ、

→確かに集団的自衛権行使の禁止なる政府の憲法解釈と日米安保体制の下、日本は自らアメリカの保護国となっているので、外交・防衛政策の根幹をアメリカに握られている。そのアメリカが日本列島に米軍を配備しており、また朝鮮半島(韓国)にも配備していて、そこに韓国軍もいることから、軍事地政学的に言って、自衛隊の有無いかんにかかわらず、日本列島への軍事的脅威は(核の脅威を除いて)存在しない。他方、集団的自衛権行使を自ら禁じている結果、(宗主国アメリカの意向を受けて)自衛隊を海外派兵する道も閉ざされている。結局、自衛隊は、米国の有権者向けの見せ金としての存在意義しかない。(太田)

 国土防衛や治安維持といっても、防衛省(庁)と自衛隊が現実にその危機に直面する場面はほとんどなく、

→ 国土防衛や治安維持といっても、治安維持なら本来(海上保安庁を含む)警察力を強化すれば足りる話だし、国土防衛については、そもそもその必要性がないのだから、(太田)

災害派遣、90年代以降の平和協力や救援・援助などの国際活動を除けば、専守防衛の名の下に訓練と演習に明け暮れるだけであった。

→自衛隊は、災害派遣、90年代以降の平和協力や救援・援助などの自衛隊でなくてもできる非軍事的な国際活動と、これらの活動を行うために必要な訓練演習を除けば、全く無目的で無意義であるところの軍事的な訓練と演習に明け暮れるだけであった。(情報活動については捨象している。)(太田)

 その状態を「本来の仕事をさせてもらえない歪な構造」と見るのが正しいかどうかという議論はあるだろう。自国を自らの政治で完全にコントロールできる軍事超大国を別にすれば、現代の多くの国では、この状態と取り組みが防衛の「本来の仕事」と見ることもできる。

→このような意味において自衛隊は、世界の他のいかなる国においても見られないところの、「本来の仕事をさせてもらえない歪な構造」の下にあるのである。(太田)

 どうせ、以上を踏まえた修正はしていただけないでしょうが、せめて、塩田さんとあなたくらいは、私の修正内容を理解しようと努めて下さい。
 とにかく、戦後軍事をなげうってきた日本では、兵器について論じられるオタクはいても、安全保障について論じられる人はほとんど払底してしまっています。
 そうなったことについては、御誌をはじめとする「右」の論壇の責任も極めて重い、とかねてより考えているところです。

<○○氏→太田>(電話)

 塩田氏に、できるだけ太田さんの意向に沿って手直しをして欲しいと伝えました。

3 終わりに

 さあ、実際にどんな紙面になるのか、皆さんとともに注目しましょうね。
 今まで、「右」系の雑誌から全く声がかからなかった私ですが、ちょっぴり名前が「諸君」に出ることが、突破口になるといい、と期待しています。