太田述正コラム#2913(2008.11.14)
<「諸君」に見る小沢一郎像>(2008.12.22公開)

1 始めに

 本日、ライターの塩田潮氏が、月刊誌「諸君」編集部からの依頼原稿執筆のための取材に私の自宅を訪問され、1時間半ほど懇談しました。
 その時、「諸君」の最新号を置いて行かれたので、それこそ10年ぶりに「諸君」に目を通してみました。
 10年ほど前に、日本の総合雑誌に目を通すのを止めた時と全く変わらず、少しも面白くないことから、ゴミ箱に抛り投げようとしたのですが、小沢一郎論の特集が組まれていることを思い出し、ほとんどそこだけを斜め読みしました。
 今回は、その報告をさせていただきます。

2 小沢一郎について

 「慶応卒で、日大大学院で司法試験を目指して挫折した、<私が内閣安全保障室長の時の>小沢<官房>副長官は、官僚、とくに東大出のエリート官僚に強いコンプレックスとその裏返しの激しい支配欲、対抗心、見下し、自己肥大症的自己顕示欲があったようだ。・・・<彼は、>官邸記者クラブのオフ・レコの副長官内話で「<内閣の>五室長は皆、無能で、中曽根・後藤田の手先。全員首をすげ替える」と後任者候補の名前まで挙げて語った−-と翌日の毎日の朝刊が報じたのである。五室長は怒った。・・・小渕<官房>長官、小沢<政務>・石原(信雄)<事務>両副長官<の面前でいならぶ五室長を代表して>的場順三内政審議室長が・・・「我々を無能だと仰るが、中曽根・後藤田の下では立派に機能しました。それが機能しないのは、上の方の御器量の問題です」といってのけたのだ。・・・<結局、>竹下総理<から>・・・本領安堵の言葉<があ>った。・・・メンツ丸潰れの小沢氏・・・」(佐々淳行。42〜43頁)

 「戦後の政治家の中で小沢一郎ほど、実像と虚像に格差がある人物はいない。原因は本人にあり、「弁解」や「言い訳」をしないこと。相手の「非難」や「悪口」を絶対にしない性格にある。・・・」(平野貞夫。52頁)

→どちらが正しいのでしょうか? これは、具体性があり、かつ証人がたくさんいるところの、佐々氏の小沢評の方が正しいと考えざるをえません。
 もとより、佐々氏の記述内容に脚色や自己中心的歪曲がある可能性(コラム#1420のQ&A参照)は心にとめておく必要がありますが・・。(太田)

 なお、

 「官僚内閣制の精算、そのための政権交代という軸でみると、小沢氏の行動のすべての説明がつく。」(屋山太郎。58頁)
 「<小沢は、>・・・小さい人間だ・・・」(細川首相(当時)の言)(武村正義。44頁)

→ここからも、佐々氏の小沢評の正しさが推し量れます。
 どうやら、小沢氏の官僚嫌いや、官僚内閣制の精算をめざす政策は、私憤に根ざした公憤に基づく、ということのようですね。(太田)

3 小沢一郎の第9条解釈

 「・・・小沢氏<の>・・・国連中心主義でなければならないという理論・・・これは本当にわかりません。日本だけでなく、世界中の国際法学者、憲法学者で、「自分の意見と小沢氏の意見は同じだ」と言える人は一人も居ないと思います。専門家が誰一人支持しない議論を、素人が一歩も譲らず正しいと言い張っている。こんな例は、ガリレオの地動説ならいざ知らず、政治家の世界では、理解を絶します。・・・」(岡崎久彦。39〜40頁)

 「・・・今では随分、奇矯な議論に聞こえるようになったが小沢氏の例の「国連中心主義」も、湾岸戦争や細川・羽田政権の頃の日本では、むしろ多数派の意見だったのであり、何人もの東大教授や国際政治学者が小沢の下に馳せ参じお墨付きを与えていたものだ。つまり変わったのは世間の方で、小沢氏は一貫している、むしろ恐ろしく一貫していると言うべきだろう。・・・」(中西輝政。49頁)

「・・・小沢の「国連中心主義」という考え方も、国連が米ソの拒否権発動による膠着した二大陣営対決の場から、合意形成可能な場に変化したことを踏まえたもので、政局的なものとは考えられない。・・・自衛隊<は、>・・・海外に出て欲しくはないが、「国連中心主義」というのは共産党の基本的な姿勢と重なる。・・・となれば、小沢と共産党の間にある壁はずいぶん低い。・・・小沢は総選挙後、「あと数議席で政権が取れる」という状況になれば、共産党とどんな妥協をしても手を組む。・・・<こんな>小沢をみて「変節した」「政局だけ」と見るかどうかは各人の判断だ。しかし、彼の動きに通底しているのは、時代を見る確かな眼力と決断力だと思う。」(筆坂秀世元日本共産党政策委員長。55〜56頁)

→岡崎氏の主張はナンセンスです。そもそも、日本に憲法なんてないと私は考えています。明治憲法も、日本国憲法も一度も改正されていないのがその証拠です。改正されていないのに、明治憲法下で日本は立憲君主国から「自由民主主義」国へと変貌しましたし、日本国憲法の下で私学助成が行われているし、憲法第9条の解釈は初期において転々と変わり、何と現在では日本に軍隊が存在しています!
 小沢氏の憲法第9条の解釈が一貫して変わらなかったのは、中西氏の言うとおり。ただし、これが一貫して変わらなかった理由は、筆坂氏の言うことにひっかければ、小沢氏としては、(社民党はもとより、)共産党と手を組むた余地を残しておくため、と思われます。

 なお、

 「このごろの小沢さんは、民主党の代表就任時に自ら表明したとおり、"少し変わった"ように思います。昔に比べ良くなった面もありますが、政策面まで言い続けてきたことと違うとなると、非常に残念です。・・・これでは、党利党略のために政策を決めているとしか思えません。・・・」(海部俊樹。40〜41頁)

と、2で行った「分析」を踏まえると、私憤で動く、器の小さい人物たる小沢氏の政策で一貫して変わっていないのは官僚内閣制の精算だけであって、それ以外のすべての小沢氏の政策は変わりうる、ということだと思うのです。

4 終わりに

 同じ「諸君」の最新号に、西尾幹二氏が、「左派の旗幟を鮮明にしてきた『論座』はもとより、近年の<講談社の総合雑誌の>『現代』も、明らかに"左寄り"のスタンスをとる雑誌でした。岩波書店の『世界』にも、一時代を築きあげた昔の面影はなく、左派論壇の沈滞は、誰の目にもはっきり分かるほど、著しいものがあります。その一方、保守系論壇誌は、本誌『諸君!』をはじめ、『正論』『Voice』『WiLL』に、『月刊日本』『SAPIO』、そして最近は『撃論ムック』の出現もあり、ひとまず活況を呈しているといっていいと思います。」(26頁)と書いています。
 とにかく、10年くらい、全く日本の論壇をフォローしていないので、ヘーそうだったの、と驚いています。
 私には、保守系論壇と自民党タカ派がダブって見えており、彼らこそが、「正論」を掲げつつも、その「正論」の実現のために何もしてこなかったという一点で、私が打倒すべき最大の敵だと思っていることから、まことに残念です。