太田述正コラム#2892(2008.11.4)
<米国民の知的劣化(その2)>

 ところで、順序が逆になりましたが、このシリーズは、コラム#2891で既に言及した、スーザン・ジャコビー(Susan Jacoby)著『米国の非理性の時代(he Age of American Unreason)』の書評を典拠にしていることをお断りしておきます。

3 知的劣化の原因

 第一の理由は、米国において隆盛を極める原理主義的キリスト教が信者を阿呆にしてしまうということです。
 米国では、ダーウィンの理論は、ハーバード・スペンサー(Herbert Spencer)の社会的ダーウィン主義と混同されました。
 アンドリュー・カーネギー、ジョン・D・ロックフェラー、トーマス・エジソンらが後押しして、新聞が、億万長者は適者生存競争に勝ち抜いて社会の頂点に立ったという記事をじゃんじゃん書かせました。
 換言すれば、ダーウィン主義は、自由放任経済学の最も獣じみた形と見分けがつかなくなったということです。そして現代のキリスト教原理主義者達は、ダーウィン革命の科学を拒否する一方で、社会的ダーウィン主義の偽科学を受容するに至ったのです。
 そして1960年代から、原理主義的キリスト教の勢いが再び強まっています。

 第二の理由は、米国では教育の統制を地方当局に委譲していることです。
 これは、遅れた地域での教育のあり方が、遅れた人々によって決定されることを意味します。
 かつて南部諸州では、教育は大土地所有者の無知な「貴族」達の意向が支配するところとなり、社会的秩序を脅かす虞のあるあらゆるものが排除されたものです。
 こういうことは、昔だけではありません。
 米国最大の宗派である南部洗礼派(Southern Baptist Convention)と黒人隔離(segregation)の関係は、オランダ改革派教会(Dutch Reformed Church)と南アフリカのアパルトヘイトの関係と似たようなものであり、南部洗礼派が南部の人々の痴呆化に果たした役割は一番大きいものがあります。1960年代には、この派は、黒人隔離廃止政策を、私立ミッションスクールからキリスト教系大学に至る教育システムを構築することで骨抜きにしようとしました。子供達は、今や幼稚園から大学に至るまで全く世俗的な教育を受けないで済ますことができます。公立学校だってこの宗派の影響を免れることはできません。1998年に行われた調査によれば、テキサス州の州立学校の生物の教師達で人類と恐竜が同時期に生きていたと信じている者が4人に1人もいます。

 第三の理由は、米国人が自分で自分を教育すること(self-education)が大好きだと来ていることです。
 リンカーン自身は公的教育を受けなかったことを大変残念に思っていたというのに、リンカーンの例が、州によって提供される教育など不必要であって、成功するためには決意とむき出しの個人主義さえあれば十分である、との主張の裏付けとして使われています。
 1980年代に入ってから、この傾向は一層強まっています。

 第四の理由は、米国で1960年代から始まった活字離れです。
 シロウト出演TV番組(reality TV)や映像と騒音ばかりのビデオゲームやインターネットや大学のエセ教養科目を通じて、反合理主義やインチキ思想が垂れ流しされるようになった結果、人々が読者や会話に費やす時間が短くなってしまいました。

 第五の理由は、やはり米国で1960年代から始まった若者文化の興隆です。
 その結果、伝統、歴史、知識の重要性を軽んじる姿勢が募ってしまいました。

4 知的劣化の象徴的事例

 米国民の知的劣化を象徴するのが以前には皆無であったfolks(みんな)という言葉の1980年代以降の大統領演説内での多用です。
 以前は、people(人々)という言葉が使われ、その更に以前には、ladies and gentlemen(紳士淑女)という言葉が使われたものです。
 soldier(s)に代わってtroop(s)という言葉が使われるようになったことも同じであり、何事によらず、表現がファジーになり、下品になってきているわけです。

5 終わりに

 半世紀前に、政治史家のリチャード・ホフシュタッター(Richard Hofstadter。1916〜70年)が米国における反インテリ的風潮を指摘しました。
 このテーマを発展させたのが、彼の1963年の著作でピュリッツァー賞を受賞した『米国の生活における反知性主義について(Anti-Intellectualism in American Life)』です。
 これを更に改訂しようとしたのがジャコビーであり、このシリーズではジャコビーの所説を紹介した次第です。
 ジャコビーの本の書評子の一人が言っているように、21世紀にもなって米国民が他の先進国民よりも信心深いのはどうしてなのか、また、堕胎、同性婚、幹細胞(stem cell)研究、そして進化論教育をめぐる話題が、他の先進国民の間でとは違って米国民の間でかくも激しい論議を引き起こしているのはどうしてなのか、ジャコビーが何も説明をしていない点はやや物足らないと言わざるをえません。

(完)