太田述正コラム#2966(2008.12.11)
<皆さんとディスカッション(続x332)>

<michisuzu>

≫あなたくらいの若い世代の日本人の多くは、ひょっとして男女を問わず、防衛論議なんて平気の平左で、核武装論議にさえ抵抗感がないのかもしれませんね。≪(コラム#2964。太田)

 私は戦後の国際社会で戦争の抑止力は地上軍や空軍だけではないと思います。
 実質的に戦争の最大の抑止力は核兵器以外はありえないと。
 その観点から盾と矛という言葉の定義上日本の自衛隊は盾のみしかないので毎年無駄に何兆円かけようがナンセンスとまでは言いませんが、かなり中途半端な組織だと思っています。
 永世中立国スイスが国民皆兵の例を出すまでも無く、誰しも防衛力が必要なのはわかっていますが、通常兵器やそれを維持する軍隊、精度の著しく落ちるミサイル防衛網に今後湯水のごとくお金を無駄に使うくらいならば、北朝鮮ですら製造可能な核兵器の所持こそがもっともコストパフォーマンスの高い、それでいてもっとも抑止力の高い、国際社会で舐められない行動だと確信しています。

 決して戦争が好きであるいはやりたいという心情からの核武装ではないことをご理解くださいね。
 
<サヨク>

ぼくは熱心な読者ではありません。がサクサク読める編集力がクセになってついついアクセスしてしまいます。
一般論ですが、どんな論理も何らかの前提、思考機制を免れえません。例えば「日本における防衛論の多くが、戦後の特に日米関係の思考機制にあまりに無批判であるところで為されている」というのが、太田さんの主張の一つだとすれば、多数は肯定するのではないでしょうか。ぼくがここでささやかに主張したいのは太田さんもまた、原理的には何らかの思考機制の中で思考せざる得ないと云うことなのでですが、言わずもがなですね。 失礼!!

<太田>

 何がおっしゃりたいのか、分かんないよ!

<サヨク>

失礼!自分の能力を超えて語ろうとしてしまいました。
太田さんほどの感受性と分析能力を持つ個人が、何らかの偶然で、例えばイスラム教国の孤児として成長したとしましょう。結果現在の考えと対立する考えを持つ太田さんが存在したかもしれないと云うのは全くありえないことではありません。どこかで人は限界づけられているのではないか?
そう考えてみることは、自分をも対象化してみようとすることは、あったほうがいいと、ぼくが思ってると云うほどのことです。
かつては憲法を基準にした防衛議論が多かった。現在は憲法そのものが対象です。自分の知見と哲学で考えるざるを得ません。
ちなみに「なめられる」云々で考えるような防衛論は、やはりなめられ軽蔑されるだけだと思います。ぼくは。
詳細な典拠、資料そしてその分析などというのはぼく能力の限界を超えてます。悪しからず。

<太田>

>どこかで人は限界づけられているのではないか?

 そりゃそうですよ。
 人間は生まれと環境によって限界づけられています。
 私の場合、環境として決定的だったのは、小学校時代のエジプト生活と役所に入ってからの米国スタンフォード大学留学だったと思います。

 それからmichisuzuさん、分かっておられるとは思うけれど2点申し上げておきます。
 核兵器だけ持っても抑止力としては、まさに張り子の虎ですよ。核兵器を持った場合、(当然日本は「独立」しているでしょうが、)なおさら、強力な通常兵力を持つ必要が出てきます。
 また、冷戦が終わった現在、軍事力の最大の役割は、中央政府がない世界における法(国際法)の執行です。国際平和維持活動と言い換えてもいいですが・・。この活動は、ほとんど100%、通常兵力が担っています。
 自衛隊が活躍を期待されるのは、もっぱら後者の分野である、と私は言い続けてきているわけです。

<新生つばさ会・社会時評>(http://www.tsubasakai.com/w20010b.htm

 10月20日・・・朝の産経は「社説検証」欄で北朝鮮に対するテロ支援国家指定解除を取り上げ、日本にとって指定解除がどのような影響があるかという視点から、各社の社説 を検証しています。それによれば、各紙ともに指定解除に賛意を示しているものはありませんが、日本がこれからどう対処して行くかについては意見が分かれているとしています。
 この指定解除については、日本に対する影響も大切ですが、米朝交渉でどちらが外交的勝利を得たのかということの方がより重要なことと思えます。これについては、北朝鮮の瀬戸際外交に米国がやられた、米国は譲歩を強いられた、即ち北朝鮮が勝ったという見方が主流になっていると思われます。
 防衛省OBで背広組の太田述正氏がブログを出しています。その中で、太田氏は米国が勝ったのだという意見を開陳しています。それによれば、北朝鮮に対する 金融、人事交流、輸出入など多くの項目にわたり制裁乃至制約を課しており、テロ支援国家指定を解除しても、これらの項目が生きている限りテロ支援国家指定解除は名目的なものに止まる、北朝鮮は名分だけ受け取ったのだという意見です。
 米タイム誌も、「北朝鮮との交渉でブッシュが勝利」という記事を掲載しています。米国内で凍結されている北朝鮮資産の凍結解除も行われていないところから、実質的に北朝鮮が得たものは殆どない、という趣旨です。
 このように立場々々で意見が異なるのは当然ですし、米国の雑誌が米国贔屓の記事を書いても、これは当たり前のことです。しかし、米朝交渉で北朝鮮の核保有を阻止するという六カ国協議の目的が達成されたと見る事はできません。この点を見ないで、交渉の勝ち負けは判断できない筈です。

<太田>

 どっかで聞いたことがあると思ったら、「新生つばさ会」って航空自衛隊幹部のOB会の「つばさ会」が航空自衛隊全OBに対象を拡大して新発足したもの
http://www.tsubasakai.com/kaichoaisatsu.htm
だったのですね。
 社会時評の最新の頁
http://www.tsubasakai.com/west1.htm
を見ると、航空自衛隊OB、ひいては自衛官OBの典型的な物の考え方が分かります。
 現役、OBの自衛官の皆さん、惰性的思考の桎梏を脱ぎ捨てましょう。
 そのために、私のコラムが少しはお役に立つのではないでしょうか。

 このところ、また音楽付いていて、一昨夜はホロヴィッツ、昨日はラフマニノフ演奏のピアノ曲にユーチューブで聴き入ってしまい、コラムの執筆をなまけて、「お知らせ」なる近況報告を付け加えて何とかごまかした次第です。
 ところで、ラフマニノフによるショパン・ソナタ第2番3楽章(葬送行進曲)の最後にラフマニノフが勝手に自分の創作部分を付け加えて弾いているのに出っくわしました。
http://jp.youtube.com/watch?v=X6mIk90ORmw&feature=related
 森進一の「おふくろさん」騒動は、冒頭に原作にない語りを付け加えたことによるわけですが、クラシックの世界でもこんなことがあるんですね。
 本日朝は、たまたまNHK-Hで、日本音楽コンクール本選バイオリンの部の瀧村依里さんのブラームスのバイオリン協奏曲演奏を途中から見ていて、引き込まれてしまい、彼女が一等賞だったと番組の最後で知ってやっぱりなと思いました。 
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太田述正コラム#2967(2008.12.11)
<ムンバイでのテロ(続々)(その3)>

→非公開