太田述正コラム#2850(2008.10.14)
<顰蹙を買う米国(その1)>(2008.11.29公開)

1 始めに

 危機において、個人にせよ、国家にせよ、その本質が露わになるとすれば、戦争がうまくいかず、しかも経済までおかしくなっている米国を観察すれば、米国の本質が分かろうというものです。

2 米国民の選民意識

 ノーベル文学賞受賞前に、さんざんノーベル賞委員会のエングダールに悪態をついた米国の主要メディアが、今年の受賞者がル・クレジオに決まるや、一斉に白旗を揚げたと申し上げた(コラム#2848)ところですが、往生際の悪い記事がニューヨークタイムスに出ました。
 米国から、それでも9人の同賞受賞者が出ているけれど、詩人がこれまで一人も受賞していないのはおかしい、というのです。
  エリオット(T. S. Eliot)、ブロドスキー(Joseph Brodsky)とミロス(Czeslaw Milosz)は米国人たる詩人受賞者だという声もあるけれど、エリオットは、英国に渡ってから30年目、英国籍をとってから20年目に受賞しているので違うし、後の2名は、受賞時に米国籍も持っていたものの、 それぞれの国の独裁政権から米国に亡命してきていたものであり、作品もそれぞれの国との関わりにおいて書かれたのであるから違う、というわけです。
 そして、20世紀に、スウェーデンから3名も詩人の受賞者が出ているのに、英語圏からは、キップリング(Kiplin)、イーツ(Yeats)、エリオット(Eliot)、ウォルコット(Walcot)、ヒーニー(Heaney)の5名しか出ていないことがそもそも問題だ、と当たり散らしています。

 (以上、
http://www.nytimes.com/2008/10/12/weekinreview/12orr.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
(10月14日アクセス)による。)

 あのニューヨークタイムスだと言うのに、全くもって、よくもまあこんな記事を掲載できるものだ、と思われませんか。
 これは、米国民の抱く選民意識(コラム#504、511、616、1630、2844)の現れだと私は考えています。

3 米国の原理主義的市場主義

 英ファイナンシャルタイムスは、次のような記事を掲載しました。

 「・・・過去数週間のウォール街での出来事・・・<がもたらすであろうこと>は25年に及ぶレーガン・サッチャー主義の終焉だ。『すべてを市場に委ねよう。小さい政府こそ望ましい』とする考え方に終止符が打たれることになる」。・・・
 米コロンビア大学のジャグディシュ・バグワティ教授は長年、バブルやパニック、崩壊を繰り返す金融市場の自由化と、そうしたことが起こらないモノやサービス市場の自由化を混同することの危険に警鐘を鳴らしてきた。しかし現実には、両者はしばしばひとまとめにされてきた。・・・
 近年で最も有力な財務長官であったロバート・ ルービン氏は、ゴールドマン・サックスからクリントン政権入りし、その後シティグループに移った。1990年代の金融混乱時にIMFの戦略立案を担ったスタンレー・フィッシャー氏も退任後シティグループ入りした。ヘンリー・ポールソン現財務長官のほか、財務省の主要アドバイザーにはゴールドマン出身者が名を連ねる。・・・
 米国はあらゆる発展途上国に資本収支の自由化を 呼びかけ、それに都合の良いようにIMFの体質転換を主導した。・・・
 <しかし、>株式の空売り禁止といった今回の危機での介入主義的対応に鑑みれば、米国が国際的な協議の場で従来の立場を維持するのは困難になる。・・・」
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20081009/173350/。10月14日アクセス 
 米国のこのような原理主義的市場主義が、今回の金融危機に際して、すんでのところで世界大恐慌を引き起こすところでした。
 一つは、9月末の米金融産業救済法案の米下院での否決(コラム#2822。その後修正法案を可決)です。
 二つ目が、金融機関への資本注入(equity injection=短期的部分的国有化)の意思決定の遅れです。
 この遅ればせながらの意思決定の背中を押したのが、英国だったと、クルーグマンが、ノーベル経済学賞受賞直前にニューヨークタイムスに書いたコラムで指摘しています(注1)。

 (注1)このコラムで、クルーグマンが今回の金融危機についての説明を数行で分かり易く行っている。経済が分からないが英語はできる方は、読むことをお勧めする。

 英国政府が、10月8日自国の金融機関への資本注入を13日から欧米諸国の先鞭を切って行うことを表明したことをクルーグマンは高く評価しています。
 これに対し、米国政府は、原理主義的市場主義にこだわるが故に短期的部分的「国有化」に反対し、不良担保付き債券(toxic mortgage-backed securities)の買い上げに固執し続けた、と切り捨てます。
 12日に開催されたEU首脳会談で、EUの主要諸国は英国の例にならうことにし、これを見た米国政府も、ようやく資本注入へと舵を切ることになった、というのです(注2)。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.nytimes.com/2008/10/13/opinion/13krugman.html?ref=opinion&pagewanted=print
(10月14日アクセス)による。)

 (注2)ちなみに、今年に入って金融危機が深刻化するにつれて、ユーロ圏で国ごとに政府債の利回りが乖離の度を強めており、これは主権の一本化なしに共通通貨を採用したためだ、とする批判が英国から出ている。主権を譲り渡したくない英国がユーロ圏に入らないのは当たり前だ、というわけだ。(
http://www.guardian.co.uk/business/2008/oct/14/europe-eu
。10月14日アクセス)

4 米国の軍事力偏重

 米国のアフガニスタン政策は軍事力偏重で柔軟性がない、という話はちょっと前に(コラム#2834と2836で)行ったところですが、米国のイラク政策も同じでした。
 イラクのマリキ首相は、先だってイラク政府軍がサドル師の民兵等とバスラで戦った・・その実態はシーア派同士の内戦・・際、英軍が市内から空港に移動して、この戦いに参加しなかったことを批判した(
http://www.guardian.co.uk/world/2008/oct/14/iraq-military
。10月14日アクセス)のですが、これはまさに英国の伝統的な分割統治の方法をイラクに適用したものだと言えるでしょう。
 米国も、今度中央軍司令官に昇格した、前駐イラク米軍司令官のペトラユースが、この英国のやり方をイラクに適用したことで、米軍兵力の一時的増強とあいまって、イラクの治安状況の改善をもたらしたわけです。軍事力でごり押しするやり方から、政治的解決をめざすやり方に転換するまで、米国はイラクでいたずらに時間を無駄にし、この間、イラクの一般住民は大変な辛酸をなめさせられたため、大部分のイラク人が反米になってしまったというわけです。これからも米国は英国から学ぶべきところが多々ありそうです。
 イラク政策同様、米国は今後、間違いなくアフガニスタン政策も転換することになるでしょう。

(続く)