太田述正コラム#2828(2008.10.3)
<ノーベル賞がとれない米国の小説家>(2008.11.20公開)

1 始めに

 昨日、コラム#2826で、表記に関する記事をご紹介したところですが、さっそく米国を中心にこれに反発する声があがっています。
 これらをご紹介しましょう。

 (以下、
http://features.csmonitor.com/books/2008/10/02/are-us-writers-unworthy-of-the-nobel-prize/#more-751
http://www.guardian.co.uk/books/2008/oct/02/nobelprize.usa
http://www.nationalbook.org/augenbraum_list.html
http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/books/news/nobel-judge-theres-nothing-great-about-the-american-novel-948575.html
http://www.telegraph.co.uk/news/worldnews/northamerica/usa/3120602/Nobel-literature-prize-judge-American-authors-insular-and-ignorant.html
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/oct/02/nobelprize.philiproth
 (いずれも10月3日アクセス)による。)

2 反発する声

 米ニューヨーカー誌の編集者であるレムニック(David Remnick)は「アカデミーの常任事務局長というといかにも知恵の固まりのように思うかもしれないが、連中は、過去において、プルースト、ジョイス、そしてナボコフにノーベル文学賞を授与し損ねたくせに、高見に立った物言いなどできる立場ではあるまい」と述べました。

 米全国書籍財団(US National Book Foundation)のオーゲンブローム(Harold Augenbraum)は、エングダールに読書リストを送ることを考えているとし、「こんなコメントをするところを見ると、エングダール氏は主流以外の米国文学をほとんど読んだことがなく、現代における文学とされるものが何であるかについてきわめて狭い見方しかしていないと考えざるをえない。・・・米国文学の活力は、一世代に一人出現しストックホルムの委員会によって認められるところの天才に由来するのではなく、文学的伝統への新しい声、新しい経験、芸術への新しいアプローチのひっきりなしの参入に由来するのだ」と述べました。

 実際、ノーベル委員会は天才を結構見落としてきたという声があがっています。
 米国人の受賞者の中ではTS エリオット(TS Eliot)とアーネスト・ヘミングウェー(Ernest Hemingway)の評判は持続していますが、シンクレア・ルイスとパール・バック(Pearl S Buck)の人気は凋落している、というわけです。
 他方、ジョイス・キャロル・オーツ(Joyce Carol Oates)とフィリップ・ロス(Philip Roth)は万年候補ですが、いまだに賞を授与されていません。ジョン・アップダイク(John Updike)はついに受賞しないまま1993年に亡くなってしまいました。

 ワシントンポストの書評欄担当でピューリッツァー賞受賞者であるところの、ダーダ(Michael Dirda)は、米国人は翻訳本をほとんど読まないことは認めつつも、「とにかく彼の態度は、きわめて多様な米国という国に対するせせこましい理解に発しているという印象がある」と述べました。

 また、ある「フランスの出版界の重鎮」は、エングダールは「部分的には正しいが根本的に間違っている」とし、「米国の出版社は外国語から翻訳された本にほとんど見向きもしないことは恥ずべきだし、それは良くない結果をもたらしている。・・・しかし、米国の現代文学のすべてが地方的(parochial)ないし無知であるとは言えない。すばらしい現代米国作家だっている」と語りました。

 ちなみに、1901年の一回目以来、合計で104名の作家がノーベル文学賞を授与されましたが、そのうち10名が米国の作家であり、1930年のシンクレア・ルイス(Sinclair Lewis)から始まって1993年のトニ・モリソン(Toni Morrison)に至ります。
 私の見るところ、そんなに悪い成績ではありません。

 エングダールは、スウェーデンの文学批評家で、フランス文学、就中フランスの「構造主義」的文学批判の手法に立脚している人物ですが、昨日、自分をインタビューした記者は誤解している、と弁明しました。
 ノーベル賞を創設したアルフレッド・ノーベル(Alfred Nobel)は、「候補者の国籍にはいかなる考慮も払ってはならない」という原則を設けた、というのです。
 だから、自分が米国文学にいかなる見解を抱いていようと、それは賞の選考に全く影響を及ぼさない、というのです。

 しかし、エングダールも選考委員であって一票を行使するだけでなく、彼は選考委員会の常任事務局長として委員会のスポークスマンを務めるのですから、彼の意向が賞の選考に影響を及ぼさないことはない、というのが常識でしょう。
 事実、The Bluest Eye や Song of Solomon や Beloved の著者であるトニ・モリソンは、現在のところノーベル文学賞をとった最後の米国人であるわけですが、それは1993年のことであり、エングダールが常任事務局長になる前のことです。
 しかも、大江健三郎が1994年に賞をとってからというもの、受賞者が欧州色を帯びたこともまた間違いありません。

 ここで見るに見かねて、という感じでイギリス人が米国人の助っ人として、一見声を上げたかに見えます。
 長らくロンドンのUCL(University College London)の英文学の教授を務めたスーザーランド(John Sutherland)です。

 「時々、米国人受賞者の選考は、文学とはかけ離れた要素によってはっきりゆがめられてきた。『大地(The Good Earth)』の著者であるパール・バックが1938年に受賞したのは日本の支那侵略へのかすかなる抗議の意思表示としてだった。また、ジョン・スタインベック(John Steinbeck)が『怒りの葡萄(The Grapes of Wrath)』でではなく、1962年に、な1942年に出版された全く陳腐な小説である『月は沈みぬ(The Moon is Down)』でだったが、これは占領者たるナチス(もちろん第二次世界大戦の時のことであり、「中立国」スウェーデンは米国人を殺すための戦車をつくるためにドイツに鉄鋼を供給していた)に対するスカンディナビア諸国の勇敢なレジスタンスを言祝ぐ内容のゆえだった。また、トニ・モリソンは確かに受賞にふさわしい女性ではあったけれど、選ばれた理由は間違いなく、拭い去ることのできない米国白人の黒人に対する人種差別への(愛すべき)批判者だからだった。・・・
 エングダールは一点だけ正鵠を射ている。米国が「十分翻訳をしていない」ことに批判的なところだ。しかし、それは帝国の属性と言える。ローマ人は青いケツをしたアングロサクソンのたわごとを翻訳する労をとろうとなどしただろうか。
 英国は、かつての帝国としては、米国とは異なったところの、そして私の見解では、抜群に成功したところの道を歩んできた。それでもわれわれはユネスコの文学翻訳指標において依然としてきわめて低い。(言うまでもなく、スウェーデンの指標はものすごーく高い。)しかし、われわれは国際文学を素晴らしい方法・・ポスト植民地主義・・によって吸収してきた。われわれ(つまりはかつての帝国領域、そして英語という言語)は最も偉大なカリブ海地方の作家(VS ナイポール)、最も偉大なインド亜大陸の作家(サルマン・ラシュディ(Salman Rushdie))、最も偉大なアフリカの小説家(チヌア・アチェベ(Chinua Achebe))、最も偉大な南アフリカの作家(ナディン・ゴーディマー(Nadine Gordimer)、最も偉大なスコットランドの作家(アラスデア・グレイ(Alasdair Gray))、最も偉大なアイルランドの作家(シーマス・ヒーニー(Alasdair Gray))を有している。彼らは「翻訳」されたわけではないが、「移植」されたのだ。そうである以上、翻訳する必要など一体あるだろうか。・・・」

 何と言うことはない。
 結局、スーザーランドは米国をくさして英国を持ち上げているわけです。
 彼の言の最後のところは、エングダールの言っていること、すなわち、欧州は文学的亡命者達を惹き付ける。なぜなら、欧州は「文学の独立を尊重し」安全な避難所を提供しているからだ、と似通っています。
 エングダールは、「他国にルーツを持つ大勢の著者達が欧州で活動している。これは欧州が、殴られて死に至らしめられるようなことなく、一人で放っておかれて書くことができる唯一の場所だからだ。これに対し、アジアとアフリカのかなりの部分では著者であることは危険を伴う。」と指摘しているのです。

3 終わりに

 エングダールもスーザーランドも、どうして安全な避難所を求める世界の人々が米国にも流入しているにもかかわらず、しかもその中には高い才能を持った人々がごまんと居るにもかかわらず、高い文学的才能を持った人々は余り米国に流入していないのか、について何も語っていません。
 やはり、そのような人々は、直感的に米国が文学的に余り豊穣な場所ではないことを感じているのではないでしょうか。
 やはり、私がコラム#2826で記したように、米国の歴史の浅さと面積が広大なことからくる人間関係の希薄さ、がネックになっているように私には思えてなりません。
 皆さんはいかが、お考えでしょうか。