太田述正コラム#2910(2008.11.13)
<皆さんとディスカッション(続x305)>

<コバ>

 昨日朝のフジテレビ「とくダネ!」で太田さんのインタビュー放送してましたよ!
 出演者はみな「シビリアンコントロール」「文民統制」の視点から田母神論文を問題視してた気がします(起きたすぐ後でぼーっとしてたので記憶があいまいですが)。朝日新聞も天声人語で軍隊を文民政治家の指揮下に置く仕組みは民主国家の原則とされると書いていたのですが、『防衛庁再生宣言』に書いてあるように、退場しつつある概念の「シビリアンコントロール」(すると民主国家は世界でただ日本だけ?)がこんなに引っ張りだことなっている日本って、本当に奇妙な愚者の楽園なんでしょうね。
 日本をこんなにした原因の一つと思われる宮沢氏が、マッカーサーがトルーマンに解任されたときに驚愕したエピソードとともに天声人語に載っていたので、朝日新聞も大蔵省吉田ドクトリン勢力のイデオローグかと思い、残念です。
 田母神批判にしても、太田さんとは違った方向を向いて批判しているものばかりなのでしょうし…。

<太田>

 フジテレビが、私の映像を使う番組を差し替えた、ということのようですね。

 ところで、昨日の「桜」TVでの収録の際には余り「文民統制」は話題になりませんでした。「右」の人々が中心でしたから、当然かもしれません。
 私からは、「『防衛庁再生宣言』では「文民統制」について、あえてちょっと極端な議論を展開したところだ。いずれにせよ、日本でも政治家や国民が成熟してくれば、政治優位がどうあるべきか、なんて自然に落ち着くべき所に落ち着くだろう」といった趣旨の話をしておきました。

<MS>

昨日は、チャンネル桜の収録、コラム執筆と夜遅くまでお疲れ様です。

フリップの最後の一枚を見せたら、
他の出演者はどんな反応をするか非常に興味があったので、
お使いにならなかったのは残念ですが、コラム#2908、2909(未公開)の記述から判断すると、 結局は聞く耳をもたなかったかもしれませんね。
(それでも一部の視聴者にはつたわったかもしれませんが。)

<太田>

 最後あたりで、「田母神氏が唯一まともなことを言っているのは、日本が米国の属国だという点だ。国民の多くはそのことを知らない。われわれはこの事実を周知させるべく努力しなければならない」と言ったら、皆さんうなずいてましたね。
 考えてみりゃ、この時に最後の一枚のフリップを使うべきだったかも。
 
<サヨク>

 不遡及の原則でしたでしょうか? 事後法では以前の事象を裁けないという原則は。東京裁判がこの原則に反するという主張はたぶん正しい。それを留保して申し上げるのですが、第二次大戦における天皇の責任を不問に付したツケが結果してる気がするのです。田母神事案も。遠因としては。数日前の日経新聞コラムに「大戦終結が天皇の決断でなされたことは、開始も天皇の意思によると見なし得る。」(うろ覚え)という主張があったと記さていました。
 歴史事実云々と同樣に天皇の責任も俎上乗せるべきだと思うのです。この種のスキャンダルを目にする度に。勿論、田母神の制服組幹部のありよう云々とは離れて。

<植田信>http://www.uedam.com/kakootahome.html

[10月18日]

 ・・・<コラム#2865で、次のようなamazonでの書き込みが紹介されていました。>

 「<『属国の防衛革命』では、>「日本は米国の属国である」という前提で話が進みます。その上で日本が如何に自立するかを考える論考が載せられています。太田述正氏の論考はご自身のブログで過去に掲載されていたものなので、太田氏のブログ読者の方にとっては目新しいものはありません。
 兵頭氏の論考のうち、戦後の軍事本出版史は秀逸です。これだけを読むという読み方もアリでしょう。この論考は今後の読書の指標になると思います。
【おススメな人】 いろいろな軍事関係の本を知りたい方、探したい方
【おススメでない人】熱烈な愛国心をお持ちの方 」

 この最後のセリフ、逆だろうと私は思います。
 熱烈な愛国者の人こそ、戦後の日本国の真相を知るべきだ、と。
 その貴重な愛国エネルギーを尊皇攘夷論の伝統の発想の中に流し込んではならない、と言うべきです。・・・

[10月19日]

 太田述正氏のディスカス(続279。コラム#2867)に、・・・NMさんの投稿文があり、こうです。

 「『属国の防衛革命』読みました。
 兵頭氏との対比でも新鮮で刺激的で且つ読み応えがあります。
 「アメリカとの対戦により日本の覇権を無くしたアジアが共産圏支配を受けて政情不安定となり、明治維新以来、大きな犠牲をはらいながらのロシアのアジア覇権拡大阻止も許すこととなった。」
という<太田史観が>将来の日本の歴史教科書に太平洋戦争の総括として採用されるだろうと期待します。」

 その通り。
 私には、これが常識だと思えるのです・・・

 新著<『実名告発防衛省』>の紹介を佐高信氏が書いているとのことです。
 佐高氏の言葉を見ると、いまどき、何を寝言を、という感じです。

 しかし、太田述正氏の防衛庁の内幕暴露本がそんなふうにして世に出るというところが、今の日本社会の様子を伝えています。

 私のイメージでは、日経や朝日、毎日、読売の一面のトップに、ドーンと紹介が出ても不思議ではない太田氏の著書です。東京新聞や産経あたりは、そうするのか。
 いや、それだけ日本を変えます。

 しかし、時間がかかるでしょう。・・・


[11月3日]

 待ちに待っていた発言が出てきました。
 現役の自衛隊関係者による日本国の安全保障問題への認識です。

 戦後の、太田述正氏のいう「吉田体制」のなかにおいて、いかにして自衛隊関係者は、正気を保てるか、というのが、私の関心です。

  普通のセンスを持っている人であれば、戦後の日本で暮らしていれば、どこか異常をきたすだろう、というのが私の考えです。普通のセンス、というのは、たとえば、普通の人間なら、その存在を否定されたり、無視されたりしたら、たいていは精神にネガティブな影響が出てきます。
 最近では、秋葉原殺人事件がありました。ネットで自分の書き込みを無視されたので、人が集まり、日本全国的にも注目される場所(秋葉原)で、事件を起こしたかった、と。
  殺人事件は人々の注目を集めるには一つの手段ですが、ネガティブな手段です。しかし、この犯人の心理は、まあ、わからなくはありません。(とはいえ、私だったら、ロビンソン・クルーソーの場合は、どうなのか、です。人に注目されないからと言って、逆上するか。ま、ここは状況が違いますが。つまり、人は、 みな、ロビンソン・クルーソーのようなもの、と考えれば、秋葉原事件は、起こりようがない、と発想できます。)
 話がずれました。

 で、出てきました、ついに。・・・
 めったにない機会です。
 この機会に、じっくりとこの論文を検討してみましょう。

 なんて、しかし、じっくりとつきあうと、戦後の日本の安全保障問題も、精神衛生に悪いです。
 属国状態で、いかに人間は精神を健全に保つか。
 戦後の日本人は、全員でこの実験をしています。

 しかし、今や、光がさしてきました。
 太田述正氏による「吉田体制」の指摘であり、この太田テーゼを受け入れる人が出てきました。
 福岡国際戦略研究所さんがそうです。

 「太田述正氏のコラムの#2883・・・で、集団的自衛権の行使の問題について、太田氏の所見が簡潔にまとめられていた。これを太田テーゼと呼びたい。

 (転載はじめ)
 憲法で集団的自衛権の行使が禁止されている結果、日米安保条約の下、自らの国土に対する脅威がほとんどない日本では軍事力を持つ意味はほとんどない。だから、政官業癒着構造の下で日本の軍事関係者等は、軍事費を軍事力の整備・維持以外の事に使っている。

 米国は、日本を保護する立場にあることを喜んではおらず、日本の「独立」を望んでいる。さて、日本にも核の脅威だけはある。だから、日本も核は持ってしかるべきだ。<しかし、>自国で持っていなくても、宗主国のアメリカが核を持ってるので、アメリカの核をあてにできれば、日本は核を持つ必要はない。

 問題は、アメリカが日本の危機の時には核の使用をすると言っていることが信用できるかどうかだ。
 このように考えてくると、核保有に「正しい答え」は無さそうだ。私が「核保有論」をはっきり語らないのは、日本が「独立」さえしていないので、そんなことを 考えるのは時期尚早だからだ。「独立」した後、国民全員で議論し、核保有をするかしないか決めればいい。先に国民の大勢が「独立」したいという意志を持た ないといけない。
(転載おわり)」
 http://blog.zaq.ne.jp/fifa/1


 多母神氏も、戦後の「吉田体制」が生み出した日本人の一人です。
 で、論文を拝見すると、戦後の今になって日本語言論界を制覇した観のある渡部昇一・桜井よしこ、などなど、どちらかというと、右翼系の主張に洗脳されています。・・・


[11月 6日]

 ・・・太田述正氏のディスカス(続298。コラム#2894)からの引用です。

 「私自身の歴史認識は、『属国の防衛革命』の第1章で簡単にまとめられているので、ご覧いただければ幸いですが、田母神氏の「論文」(http://www.apa.co.jp/book_report/images/2008jyusyou_saiyuusyu.pdf
)を読むと、彼が米国による戦前の反日政策と戦後の日本属国化政策にわだかまりを持っていて、強い反米意識を抱いていることが分かります。
 まさに、「日本人の潜在意識の中には、米国に対するはげしい怒りが残っている」(前掲拙著29頁)ことの一証左です。
 田母神氏の場合、反米意識が顕在化したのは、私同様、日本が米国の属国であることを日々自覚させられる職場・・防衛省/自衛隊・・に彼が勤務してきたからでしょうね。
 しかし、彼が属国化を米国のせいにしているところは、理由は繰り返しませんが、完全な事実誤認です。
 このためだと思います。戦後、より正確には朝鮮戦争勃発時以降、についての氏の歴史認識に誤りが目立つのは。
 どうして、氏がこんな基本的な事実誤認を犯したかですが、安全保障/防衛をめぐるぎりぎりの交渉・・実態は、属国が宗主国にゴネているだけですが・・の場から、自衛官幹部が閉め出されていて、米国のホンネに接したことがないのが原因でしょう。
 こういう意味からも、自衛官幹部を内局で課長、局長として勤務させる必要があります。」

 太田氏のここの説はその通りだと私は思います。

 で、ここ数日、メディアを騒がしている田母神氏ですが、私にとっては、これが普通の反応です。
 むしろ太田述正氏のような防衛庁OBが存在することが、私には奇跡です。
 どこからそのような健全な思考が出てきたのか、と。

 引用文の中に一つの答えがあります。
 日々の実務の中でアメリカの姿勢を知ることが必要だ、と。
 アメリカの本音を知れば、日本人は戦後の日本が置かれた真相がわかる、と
 つまり、日本を属国にしているのはアメリカではなく、日本人自身なのである。

 というわけで、田母神氏は、占領軍の対日占領政策の時点で、時間が止まってしまったのでしょう。
 ブッシュからオバマへと大統領が交代したように、アメリカはダイナミックに変わります。(今回の選挙による交代がいかなる転換をもたらすかは、これからですが)。・・・
 <他方、>日本人は、自分で占領中のアメリカの対日政策を凍結してしまいました。


[11月 8日]

 ・・・田母神論文の話題です。

 太田述正氏のブログがこの話題で盛り上がっています。
 最新のディスカス(続300。コラム#2898)を拝見しました。。

 しかし、太田氏の「皆さんとのディスカッション」を拝見して思うことは、いまや、「遅れてきた東大全共闘」というネーミングの代わりに、「平成の高杉晋作」にしたほうがいいか、です。
 ご存知、幕末、長州藩が幕府の「長州征伐」を受けて滅亡の危機に瀕した時、高杉晋作が「奇兵隊」を立ち上げて、この危機を乗り越えました。
 それまで武器を持てるのは武士身分だったところを晋作はこれを取っ払いました。
 長州藩の中で生活している者であれば、誰でも武器を持って良し、と。

 この奇兵隊があったればこそ、伊藤博文、山県有朋といった明治の大物たちが世に出ることができました。

 太田氏のディスカスを見ると、奇兵隊の様子が浮かんできます。
 東大卒で、元官僚。
 日本律令システムでは、現代のエリートです。
 で、太田氏を高杉晋作に見立てれば、そこに集まる人たちに身分の違いは関係なし、と。現在の日本の国情を憂う人であれば、誰でも発言して良し、と。
 エリートと、一般庶民がストレートに対話できるのというのは、これだけで、もう、画期的です。

 で、最新のディスカス(同上)からの話題です。

 「確かに自民党も日本の「右」もだらしないことおびただしいね。
 何度も日本に関する歴史認識で「米国が日本に民主主義をもたらした」等の(韓国ばりに言えば)「妄言」を吐いてきたブッシュ大統領ですが、彼は、昨年の8月22日に以下のような極めつきの「妄言」を吐いています。

  「・・私が今言った敵とはアルカーイダのことではないし、攻撃とは9.11のことではない。また、帝国とはオサマ・ビンラディンが夢見る過激なカリフのこ とではない。それは1940年代の日本帝国の軍部(war machine)のことであり、真珠湾奇襲のことであり、帝国を東アジア全体に押しつけようとした試みのことだ。最終的に米国が第二次世界大戦で勝利し、 その後米国はアジアで更に二つの陸上戦争を戦った。・・・われわれが極東で戦った諸戦争と今日われわれが戦っている対テロ戦争との間には違いが多々ある。 しかし、一つの重要な類似点は、核心にあるのがイデオロギー闘争だという点だ。日本の軍部や朝鮮の共産主義者達は人間世界に正しい秩序をもたらすという容 赦なきビジョンに突き動かされていた。彼らが米国人達を殺したのは、彼らがイデオロギーを他の人々に押しつけようとしたところ、その行く手にわれわれが立ちふさがったからだ。」(コラム#2017)

 この時、自民党の議員の中からも、「右」の論客の中からも、ブッシュ批判の声は全くあがりませんでした。慰安婦問題ではあんなに喧しいのにね。
 残念ながら、というか、当然のことながらと言うべきでしょうが、「左」からも何の声もあがりませんでした。
 声を上げたのは、ひょっとして日本中で私だけだったかも。」

 このブッシュ大統領のスピーチは、私も聞きました。
 で、私は怒り心頭したか。
 といえば、リチャード・マイニア氏のこの発言を思い出しました。
 『東京裁判 勝者の裁き』の著者です。1970年代に出ました。

 2006年5月3日の朝日新聞にインタビューが出ました。

 「朝日の記者ーマイニアさんの著書は、日本でよく読まれています。
  マイニアー私はこの本を、ある特別の関心から米国の読者のために書きました。60年代のベトナム戦争への批判です。米国がインドシナで繰り広げた行為は、 道義的に支持できないものでした。東京裁判に表れた偏狭で自己中心的な米国の考え方が、後のベトナム介入の過ちにつながっていると考えたのです。」朝日新聞2006.5.3「東京裁判とは何だったのですか」

 そうだろうと思います。
 東京裁判がいかなるプロセスで立案され、遂行されたかは忘れ去られ、既定の事実が残り、それが次の世代のアメリカ人たちの行動に影響を与えた、と。
 ブッシュ大統領のスピーチもこれです。
 東京裁判は、日本人に対してだけではなく、アメリカ人に対しても、外交政策の規範を作ってしまったと。
 日本人にとっては、田母神論文に見られるように「犯罪者」としての刷り込みが行われ、アメリカ人に対しては、自分たちの行動の正当性を与えるものとなりました。

 ブッシュ大統領は、東京裁判が作り出した範型に、完璧に乗りました。
 で、東京裁判の範型を作り出したのが、スティムソン。
 ブッシュ大統領は、パパもジュニアの大統領も、スティムソンと見事な共通点がありました。
 エール大学の「スカル・アンド・ボーンズ」のメンバーでした。

 ま、ボーンズ問題は置くとして、ブッシュ・ジュニア大統領のスピーチは、スティムソンの東京裁判範型の中で動いています。

 ついでにマイニア氏が「侵略」について述べているので、紹介させてもらいます。

 「朝日記者ー東京裁判には、どんな欠点があったのですか。
  マイニアーたとえば、被告の選定に問題がありました。原爆投下を含め連合国の行為は裁かれませんでした。天皇は起訴されず、証人にも呼ばれなかった。判事 は戦勝国だけで構成されていた。彼らがどうやって結論に至ったかも不明です。インドのパルやオランダのレーリンクのような優れた判事もいましたが、米国が 派遣した法律家は、2流や3流の人たちでした。
 また、侵略戦争を理由に訴追することは不可能だと思います。だれが何を〈侵略〉と定義するかということが問題になるからです。定義するのは、常に勝者ということになる。あの裁判はプロパガンダの色が濃く、法律的にきわめて疑わしいものでした。」前掲

 その通り。
 どのようにして結論に至ったか。
 昭和天皇に戦争責任がないこと、これは審理を通して明らかにされたのか。
 最初から決まっていたではないか。
 むしろ天皇免責のために行われたのが東京裁判ではなかったのか。「天皇利用計画」のもとに。

 いや、私は天皇に戦争責任をかぶせろ、と言いたいのではなく、アメリカ占領軍は、東京裁判を徹底的に「政治的」に、「外交政策」に利用した、ということです。
 私に不思議なのは、東京裁判がそういう性格のものなのに、なぜ、戦後の日本人がこの裁判の判決を、歴史の審判であるかのように神聖視してしまったのか、です。

 1952年4月に主権を回復をした時点で、日本人は、さっさと東京裁判の判決を捨ててしまえばよかったものを、です。
 すでにその時点でA級戦犯は処刑されていました。
 それで東京裁判は終わり、です。
 東条英機は、立派に、天皇陛下の代理となって死にました。
 それを、なんだって、東京裁判の判決がなんたらかんたら、と日本言論人たちは、今に至るまでやってきたのか。

 東京裁判の判決を捨てたついでに、憲法改正もしてしまえば良かったです。1952年に。
 憲法条文のアメリカ草案作成に深くかかわったリチャード・ケーディス氏(今は故人となりました)によれば、「日本人は占領が終われば、すぐに憲法を改正するだろうと思った」ということです。

 そう、それをせずに、これまた、憲法はアメリカ製だということがわからないのか、とかなんとか、えんえんと今にいたるまでやっています。

 日本人は、なぜ、自分で判断して、さっさと動くことができないのか。
 これが私には不思議です。・・・

<太田>

 植田さん、(事前の許可も得ずに)長々と引用させていただきましたが、あしからず。
 植田さんが投げかけた最後の疑問をつきつめて行くと、結局、「日本人は、・・自分で判断して、さっさと動」き、吉田茂が占領下の暫定措置として打ち出した再武装拒否政策を、主権回復後、「ドクトリン」にまで高めてしまうであろうことを予測できなかったところの、吉田自身の責任に行き着く、というのが私の持論です。

 さて、サヨクさんも植田さんも天皇の戦争責任の有無を問題にされていますが、A級戦犯等、当時の日本サイドが天皇無答責を主張し通したことの意味を、われわれはよくよく考える必要があります。
 なお、天皇無答責は、昭和天皇自身の認識でもあることはご承知だと思います。(典拠は省略する。)
 では、一体誰に戦争責任・・これを戦争に関する責任と中立的な表現に言い換えるべきでしょうが・・があったのか?
 内閣なのか。
 そうだとして、ではその内閣は、実質的に誰の意思に基づいて(=誰に責任を負って)開戦等に係る意思決定を行ったのか。
 それは、(男性)普通選挙を通じて衆議院に反映された日本(内地)国民の意思に基づいて行われたと考えるべきだ、すなわち当時の日本は既に「自由民主主義」国家であった、というのが私の見解です。
 (カギ括弧を付けているのは、明治憲法の字面は議院内閣制ではなく立憲君主制であったことと、女性に選挙権が与えられていなかったから。)
 なぜなら、衆議院と貴族院は明治憲法の規定の上では対等であったけれど、大正デモクラシー下に成立した政党内閣制は、衆議院において多数を占めた政党が組閣するシステムであり、1932年以降、政党内閣制がとられなくなってからも、事実上、衆議院の貴族院に対する優位、ひいては衆議院の最高機関性の観念が継続していたと考えられるからです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%94%BF%E5%85%9A%E5%86%85%E9%96%A3
(ただし、「私の見解」及び最後のセンテンスはこれに拠っていない。この「見解」については、更なる補強が必要。)

 つまり、政党内閣制がとられなくなったのは、世界恐慌や支那情勢の悪化をうけて、日本で挙国一致内閣が生まれたということであって、この体制が結果として「15年」戦争が終了する1945年まで続いたということに過ぎない、と考えるべきなのであって、軍部の下克上事件たる1931年の満州事変や1932年の5.15事件・・いずれも強く非難すべき出来事・・が起きた背景もまた同様であるところ、この事変や事件が政党内閣制(大正デモクラシー)の終焉をもたらしたというとらえ方は間違いである、というのが私の見解なのです。

 以上申し上げてきた私の所見の間接的根拠として、英国でも、世界恐慌を背景に(マクドナルド)挙国一致内閣ができ、後に第二次世界大戦期間中を通じ再び(チャーチル)挙国一致内閣ができていますし、米国でも米国民がローズベルトを、大恐慌直後の1933年から第二次政界大戦終了(ただし、1945年4月にローズベルト死亡)までの間、異例にも4選していることが挙げられます。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8C%99%E5%9B%BD%E4%B8%80%E8%87%B4%E5%86%85%E9%96%A3
(ただし、ローズベルトについては、これに拠っていない。)
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太田述正コラム#2911(2008.11.13)
<精神医学の最先端2題>

→非公開