太田述正コラム#2883(2008.10.31)
<皆さんとディスカッション(続x292)>

<michisuzu>

 太田様、稚拙な私の持論に丁寧な解説、感謝しています。

 (ひとつだけ申し上げたいのですが、丸腰国家の中で日本だけとありますが、私は核兵器を持たない国を丸腰国家と定義しております。通常兵器のみの防衛力はほとんど意味ないかと。)

<太田>

 どういたしまして。
 ところで、()内のあなたの主張は、これまた、世界中のすべての非核保有国を怒らせるような大胆なご主張ですね。
 michisuzuさん、抑えて抑えて。

<KT>

 皆さんの議論を読んで、軍事力は、自分の国と同盟国とその経済を守るためと国際貢献に必要だとわかりました。
 自分なりに太田さんの考えをまとめてみました。

 憲法で集団的自衛権の行使が禁止されている結果、日米安保条約の下、自らの国土に対する脅威がほとんどない日本では軍事力を持つ意味はほとんどない。だから、政官業癒着構造の下で日本の軍事関係者等は、軍事費を軍事力の整備・維持以外の事に使っている。
 (この辺の文章は、「たかじん」でおっしゃっていたことのまんまですね・・)

 米国は、日本を保護する立場にあることを喜んではおらず、日本の「独立」を望んでいる。
 さて、日本にも核の脅威だけはある。だから、日本も核は持ってしかるべきだ。
 <しかし、>自国で持っていなくても、宗主国のアメリカが核を持ってるので、アメリカの核をあてにできれば、日本は核を持つ必要はない。
 問題は、アメリカが日本の危機の時には核の使用をすると言っていることが信用できるかどうかだ。
 このように考えてくると、核保有に「正しい答え」は無さそうだ。
 私が「核保有論」をはっきり語らないのは、日本が「独立」さえしていないので、そんなことを考えるのは時期尚早だからだ。「独立」した後、国民全員で議論し、核保有をするかしないか決めればいい。先に国民の大勢が「独立」したいという意志を持たないといけない。

<太田>

 良く勉強されましたね。
 携帯からのご投稿ですが、携帯でこれだけの長文の投稿をするのは大変だったでしょう。
 相当手を入れさせていただきましたが、ぜひ参考にしてください。

<bbkz>

 お忙しい中コメントありがとうございます。
 オフ会の成功をお祈りします。

≫ドイツ語ウィキペディアによれば、Kunst(中略)はまさに日本語の「芸術」とほぼイコールであることが分かりますよ。≪(コラム#2879。太田)

 お言葉ですが、ウィキペディアは百科事典なので、言葉の概念を調べるには適していません。
ウィクショナリーのKunstの見出し語によると、
http://ja.wiktionary.org/wiki/Kunst
1.芸術、美術
2.術、わざ、技能
3.人工のもの
とあります。第一の語義が芸術であることには異論はありません。しかし、(繰り返しになりますが)すべての用法においてKunstを日本語で言う「芸術」と解釈出来るわけではないと思います。
たとえば、「die arztliche Kunst」は「医術」であり、「医の芸術」ではないでしょう。また、「Kunstmarchen」は「創作童話」であり、「芸術童話」ではないでしょう。

 また、(最初からこうすればよかったのかもしれませんが)「芸術」とは何か、ということを考えてみるべきなのかもしれません。
 大辞林の第二版によると(http://dictionary.goo.ne.jp/search.php?MT=%B7%DD%BD%D1&kind=jn&mode=0&kwassist=0)、芸術とは
(1)特殊な素材・手段・形式により、技巧を駆使して美を創造・表現しようとする人間活動、およびその作品。建築・彫刻などの空間芸術、音楽・文学などの時間芸術、演劇・舞踊・映画などの総合芸術に分けられる。
(2)芸・技芸。わざ。
「凡(およそ)―は、…切差琢磨の功を積まざれば、その極に至りがたし/読本・弓張月(前)」
ということを意味するようです。

1.について私は異論はありません。どの辞書を見ても大体同じようなことが書いてあると思います。
また、2.について、これは現在の日本語の用法においては一般的ではないと思われます。(少なくとも、太田さんは1.の意味で捉えていることは、これまでの流れからも明らかであるように思います)
さて、1.の定義において、政治は果たして芸術の範疇に属するものなのでしょうか?ビスマルクにとっては、政治は(芸術的な意味での)美を創造・表現するための手段だったのでしょうか?
この場合、Kunstは日本語で言うところの「技術」を指すものだと解釈する方が自然で無理がないと思います。

<太田>

 おかげさまで、ますます「Kunst=art=芸術」であることがはっきりしてきましたね。
 つまり、大辞林が記しているように、芸術は「技巧<が>駆使」されていない限り、イタズラ(空間芸術)、学芸会(舞台芸術)、騒音(音楽)、ヨタ話(文学)、でしかないということです。
 つまり、一定以上の技術が伴っていて初めて芸術は芸術たりうる、ということです。
 だから、独英日のいずれでも、「芸術」の副次的な意味として「技術」がある、というわけです。
 当然のことながら、独英日のいずれでも、技術(だけ)を意味する別の言葉があります。「Technik=technique=技術」です。


<MoMotarou>

 コラム#2778-1「仏ダティ法相の妊娠」を読みました。
 ダティ法相は随分と美人で才気あるご婦人のようにお見受けします。ドイツのメルケル首相とは正反対の印象ですね。
 どちらも才能はあるのだと思いますが。メルケルさんも好きです。

<UK>

 太田さんをTVで拝見して以来、その「右」とも「左」とも異なる考え方や、チョット変わったお人柄に興味を持ち、メルマガの無料購読を続けてきて、そろそろ一年になりますが、二冊の新著を読ませてもらい、改めて感銘を受けました。
 今後のご活動を応援しています。

<太田>

 どうもどうも。
 
 ところで、慶大生の間に大麻が広がっているみたいですね。いや、慶應高校でもその可能性が出てきました(
http://www.tokyo-np.co.jp/article/national/news/CK2008103102000079.html
(10月31日アクセス)、
http://news.goo.ne.jp/article/sankei/nation/e20081030066.html

(10月30日アクセス))。
 まだ、婦女暴行犯がや振り込み詐欺犯が続出している早稲田大生(
http://plaza.rakuten.co.jp/energysoft/diary/200804040000/
(10月31日アクセス)
よりはマシかもしれませんが。

 また、コラム#2863で、中共における農地所有権付与の動きはパロパガンダかも、と記したところですが、まさに、そのような観点の記事がワシントンポストに出ました(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/10/28/AR2008102803315_pf.html
。10月30日アクセス)。
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太田述正コラム#2884(2008.10.31)
<米軍最高司令官としてのリンカーン(その3)>

→非公開