太田述正コラム#2780(2008.9.9)
<拡大する男女の性差>(2008.10.30公開))

1 始めに

 男女の性差に関するニューヨークタイムスの記事(
http://www.nytimes.com/2008/09/09/science/09tier.html?pagewanted=print
。9月9日アクセス)がとても興味深いので、その概要をご紹介しましょう。

2 記事の概要

 ・・・平均的に言って、女性はより、非競争的(注)、控えめ(nurturing)、慎重、にして感情が豊かであるのに対し、男性はより、競争的、自己主張的、向こう見ず、にして感情が乏しいことが明らかになっている。そして、このような違いは幼少期に出現し、決して解消することはない。・・・

 (注)ミシガン州のグランド・バレー・州立大学の心理学者のロバート・ディーナー(Robert Deaner)は、女性が男性に比べて非競争的であることを徒競走走者についての長年にわたる研究等を通じて明らかにした。

 <ところが、このような>男女の個性の違いは、インドやジンバブエといった伝統的文化社会ではオランダや米国よりも小さいように見える。家父長的なボツワナの部族における夫と専業主婦の方が、デンマークやフランスの共稼ぎのカップルよりも男性との性差が少ないのだ。男性と女性が平等の権利を持ち同じような仕事をするようになればなるほど、男女相互の個性が乖離していくように見える。・・・
 イリノイ州のブラッドレー大学の心理学者・・・のシュミット(David P. Schmitt)博士は、豊かな近代社会が男女間の外的障壁を解消するにつれて、古の両性間の内在的相違の幾ばくかが復活するのではと考えている。
 <シュミット等の>研究者達が確認したところによれば、最大の変化は女性ではなく男性の個性に生じる。伝統的な農業社会の貧しい諸国の男性は、欧州と北米の最も進歩した豊かな諸国の男性に比べて、より慎重で心配性で、より自己主張的でなく、より競争的でないときているのだ。
 ・・・シュミット博士<ら>は、貧しい諸国における生活の厳しさを指摘する。動物の中には、環境ストレスがより体躯の大きい方の性に不均衡に影響を及ぼし、年季の入っている第二次性徴(例えば雄の鳥の羽毛の柄)を薄れさせることに注目する。彼らは、人間でもストレスが生物学的な性差を薄れさせる実例があると指摘する。例えば、男女間の身長の平均的格差は貧しい諸国では金持ちの諸国とは違って余り目立たない。というのは、男の子達の成長は栄養不良や疾病といったストレスによって女の子に比べて不均衡に妨げられるからだ。
 個性は身長よりも複雑であることはもちろんだが、シュミット博士は、それが物理的なストレスだけでなく、伝統的農業社会における社会的ストレスによって影響を受けると考えている。つまり、このような社会における村人達は、彼らの個性を、近代的な西側の諸国や狩猟採集社会における部族におけるよりも、一層、拘束的な掟、ヒエラルキー、男女に期待される役割、に適応しなければならないというわけだ。
 「人間にとって、一神教、農業に立脚する経済、そして少数の男性が権力と資源を独占する体制の下で生きていくのは色んな意味で不自然なことなのだ」とシュミット博士は言う。狩猟採集社会の方が相対的に平等主義的である証拠があることを博士は匂わせる。「ある意味で、近代的で進歩した諸文化はわれわれを心理的に狩猟採集時代のルーツへと連れ戻しつつある」と彼は論じる。「つまり、全般的な高度の社会政治的男女平等の下で、男女が異なった領域に対して生来的な興味を示すわけだ。伝統的農業社会のストレスが解消すると男性は、そしてより少ない程度において女性は、より「自然な」個性を顕在化させることになろう」と。・・・

3 終わりに

 この、シュミット博士らによる実証的研究の結論は、私の縄文・弥生モード論に部分的な修正を迫るものです。
 私は狩猟採集時代たる縄文時代が著しく長かった日本において、縄文時代の平和と自然環境との調和を志向するメンタリティーが日本人のメンタリティーの基調を形作ったとし、先の大戦前後からこのメンタリティーが顕在化した、と考えており、この点に変更を加える必要は認められないものの、その一方で私は、戦後日本の中性化傾向、就中男性の中性化傾向(コラム#276)を指摘しつつ、これもまた、縄文的メンタリティーの顕在化であると考えていたところ、こちらの方は修正を加える必要が出てきたのかもしれない、ということです。
 ご意見をお寄せいただければ幸いです。