太田述正コラム#2775(2008.9.6)
<読者によるコラム:日韓の反目と安全保障(その2)>(2008.10.27公開)

 (これは、読者SMさんによるコラムです。)

1 はじめに

 このコラムでは、歴史的反目を抱える日韓関係を分析するために、ビクター・チャ、前NSCアジア部長(現ジョージタウン大教授)が、その著作「米日韓 反目を超えた提携」(原題、"Alignment Despite Antagonism: The United States-Korea-Japan Security Triagnle")において提唱している疑似同盟(quasi-alliance)理論を紹介する。

※以下、上記書籍の序章及び第二章を元にしたMSのまとめ。

2 チャの著作の概要

 戦後、日韓両国は、ソ連や中国、あるいは朝鮮人民共和国(北朝鮮)の脅威という 共通の脅威が存在し、おおむね同様の安全保障上の利害を共有し、日米、韓米安全保障条約を左右の辺とする安全保障三角形の底辺を構成してきた。国際関係論のリアリスト学派の立場からは、このような関係にある二国は友好的なはずであるが、実際の日韓間には、日本の朝鮮半島統治時代に端を発すると考えられる反目のため軋轢が繰り返されており、依然として相互安全保障条約への抵抗感が残存している。
 チャは、このような共通の脅威と共通の大国の庇護を受けているにもかかわらず、阻害要因(歴史的反目)によって同盟形成を妨げられている二つの中小国の関係を解明するため、疑似同盟という概念を新たに提唱した。また、さらにそれを、1970,80年代にみられた日韓間の軋轢と協調、つまり、「ニクソン・ドクトリン」の影響下の時期(1969-1971年、第三章)、デタント期(1972-1974、第四章)、ヴェトナム戦争とカーター政権期(1975-1979)、レーガン政権期(1980年代)を分析することで実証している。

(※レビュー:http://koreaweb.ws/ks/ksr/ksr00-11.htm

3 疑似同盟理論

 ここでチャの提唱する疑似同盟理論を簡単に説明する。同盟理論では、国家行動の決定要因の一つが、同盟国に「見捨てられる(abandoment)」たり「巻き込まれ(entrapment)」たりすることへの懸念にあると仮定する。ここで注意すべきは、条約上の同盟は、共通の利害認識に基づく連帯感を強化し、公式化するにすぎないことである。従って、日韓のように同盟関係にない国家間関係でも、(1)外的な安全保障上の脅威、(2)この脅威から防御することについて利害を共にする認識の程度、(3)その結果生じる相互支援への期待』の三つの基本条件が存在すれば、「見捨てられ」/「巻き込まれ」の懸念が生じるため、同盟理論を援用できる。チャはこのような枠組みの中で国家が対応する命題として以下の三つを挙げる。

命題1: ある国が「見捨てられ」の懸念を抱いている場合、同盟相手国からそれを相殺する対応を引き出すための一つの選択肢として、同盟国に対してより強いコミットメントの姿勢を示すことがある。

命題2: 国家が「巻き込まれ」の懸念を抱いている時、同盟相手国が敵対国に非妥協的な態度を示すのを妨げるため、同盟相手国には弱いコミットメントしか示さない。

命題3: 同盟ゲームにおける最適の戦略は、同盟関係への自国の義務を極小化しつつ、同盟関係から得られる安全保障を極大化させることである。

 さらに、これらの命題を組み合わせることで次の二つの仮説が提示される。

仮説A: X国とY国の間の関係が、「見捨てられ」/「巻き込まれ」の懸念の非対称的な構造を示しているなら、X国とY国の関係は軋轢を生むことになる。

説明: 仮に「見捨てられ」懸念がX国においてY国よりも強いとしたとき、命題1より、X国が同盟への強いコミットメントを示す。これによりX国の見捨てられ懸念は改善するが、Y国の義務履行の必要性は低下する。このため、命題3より、Y国の同盟関係へのコミットメントが低下し、Y国に同等のコミットメントを望むX国の不満は解消されず、軋轢を生むことになる。 

仮説B: X国とY国の関係が、相手国もしくは第三国Z国から「見捨てられ」る懸念が対称的な構造を示しているなら、協調関係が生じる。(ただし、Z国がX,Y国の強大な庇護者であることが前提である。)

説明: 第三国Z国を想定する場合は、X国、Y国が取りうる選択肢は多岐にわたりうる。第一の選択肢は、Z国に対するより強いコミットメントの姿勢をX,Y国が示すことであるが、Z国がそれに応じない場合、X,Y国には他の安全保障の取り決めの選択肢がないこと、そして過去の支出が存在するため、互いに協調関係を模索せざるえなくなり、緊密な関係(疑似同盟)をもたらす。ここで注意すべきことには、Z国をめぐる疑似同盟力学は、X国とY国間の「見捨てられ」/「巻き込まれ」懸念という様相とは無関係に起こることもある。つまり、Z国からの「見捨てられ」の懸念によて生じたX国とY国の協調関係を生みだす力は、2国間関係における「見捨てられ」/「巻き込まれ」の非対称な構造から軋轢がうまれる傾向を凌駕する。   

4 日米韓における「巻き込まれ」/「見捨てられ」の懸念

 実際の日米韓の関係では、チャの国交正常化以降の当時の日韓双方の政策決定者へのインタビューによると、韓国が抱く日本からの「見捨てられ」の懸念は日本より強い一方、逆に日本が抱く韓国への「巻き込まれ」の懸念は韓国よりも強かったことが分かっている。また、疑似同盟の文脈の中で、日韓両国は共通の同盟国である米国からの「見捨てられ」の懸念を共有していた。

<日韓両国における米国からの「見捨てられ」の懸念>

 韓国では、米軍のプレゼンスは北朝鮮の侵略行為が起こった場合の防衛上の保障であると同時に、北朝鮮の侵略意図を抑止するものであると評価されている。また、日本においては、米国が安全保障の担保を与えているため、日本は防衛費を低く抑えることができ、日本がアジアの近隣諸国との関係に影響を与えかねない防衛力増強の問題その他の複雑な問題をめぐって、国論が分裂するような議論を先送りさせたり、緩和させたりすることができる。米日韓の安全保障三角形における後者2国の米国への依存度が高いため、時には外的脅威の度合いが客観的に変化の有無によらず、米国からの「見捨てられ」の懸念が著しく増加することがある。

<韓国における日本からの「見捨てられ」の懸念>

 韓国にとっての日本からの「見捨てられ」の懸念が増大するのは概して四つの場合である。第一に、日本における北朝鮮の韓国に対する脅威の認識が低い場合(例:日本の北朝鮮との通商など)、第二に、日本が北朝鮮を事実上認めるような接触を行った場合、第三に、1969年の佐藤=ニクソン会談後に宣言された日米韓の非公式な防衛協力である「韓国条項」に謳われている直接の安全保障上の関連に日本が同意しなかったり、「韓国条項」と同時にうまれた、「北朝鮮による武力行使の際、韓国防衛のための米国による沖縄の基地利用を日本は無条件許可する」という合意に矛盾した姿勢を日本が見せた場合、最後に日本が韓国の政権に積極的な政治支援を行わなかったり、両国政府の間の特別な安全保障上の緊密な協議を韓国と行わなかった場合である。

<日本にとっての韓国への「巻き込まれ」の懸念>

 日本にとっての韓国への「巻き込まれ」の懸念は、「韓国条項」を強く支持しすぎると、日本の防衛に韓国が不可欠な安全保障上の貢献を行っていることを公式に認めることになりかねないということ、また、韓国を強く支援することにより北朝鮮に孤立化の懸念を増大させ、朝鮮半島により不安定な状況を作り出すだけなく、北朝鮮に対して挑発的で非妥協的な姿勢をとるよう韓国を煽ることになるかもしれないということ、また、その結果、日本にも直接報復が及ぶことになるかもしれないということにあった。
 さらに、このような「巻き込まれ」の懸念を最小限に抑えることは日本側の国内事情にも適っていた。つまり、日韓関係が強化された結果、北朝鮮の好戦的な態度を招くことになれば、日本はその軍備と軍事大国としてのプレゼンスを法的に限定していた憲法第9条の再評価を迫られることになるかもしれない。日本にはまた、朝鮮総連の内部監視や、第二次朝鮮戦争が勃発した際に起こりうる朝鮮半島からの難民の受け入れといった厄介な案件を扱う必も生まれてくる。さらに共産主義者の隣人と不和状態にある韓国との関係に「巻き込まれ」ることは、日本に経済的利益をもたらす潜在的な輸出市場が封鎖されることになる。また、それは日本が過去に戦争を行い、犠牲を強いてきたすべての国との関係を再構築するという戦後の考え方に逆行することにもなるであろう。また、日韓間に直接の安全保障上の関係があると認めなければ、日本は、韓国が日本の防衛の緩衝地帯での安定を支える責務を負っているのだから、日本は韓国に「安全保障の賃料」という形で経済支援を行うべきであるという議論(「防衛の砦」論)の攻撃を受けずにすみ、韓国からの「安全保障の賃料」の要求をかわすことができる。

5 日韓間の協調と軋轢に対する説明

 「見捨てられ」と「巻き込まれ」は反比例の関係にあるため、上記の懸念とは逆に韓国における日本からの「巻き込まれ」の懸念と、日本における韓国からの「見捨てられ」の懸念は弱い。したがって、日韓間の「見捨てられ」/「巻き込まれ」の懸念に大きな非対称性が存在し、その非対称性が強くなった時に軋轢が生じ(仮説A)、また、非対称性の効果を打ち消すほど米国からの「見捨てられ」の懸念が強まった時に協調が生じる(仮説B)。

 次回のコラムでは、このようなメカニズムで協調の生じた「ニクソン・ドクトリン」の影響下の時期(1969-1971年、第三章)、国交断絶一歩手前の軋轢の生じたデタント期(1972-1974、第四章)について紹介したい。

(続く)
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<太田>

 シリーズの中途でコメントを差し挟むのは控えなければならないのですが、「疑似同盟関係」なる新しい概念をチャが提唱するのであれば、それが日韓関係以外の分析にも有効であることを彼があらかじめ示す必要があるのではないでしょうか。
 もし彼が、このことを示していないのであれば、こんな新概念を用いると話がむつかしくなるだけだという気がします。
 それに、米日韓の関係を論ずるにあたっては、抽象的な概念で説明することもさることながら、日本と韓国がかつて日本帝国の構成国であったことや、戦後の日本が米国の属国(保護国)であり続けているといった、歴史的/法理論的な事実を踏まえることが何よりも重要であると私自身は考えます。
 続きに期待しています。