太田述正コラム#2875(2008.10.27)
<皆さんとディスカッション(続x288)>

<UT>

 私は、慶応エスカレーター卒のかたは、多分知り合いにいないですが、私大でエスカレーターの方は、ちょっとのんびりした感じがしますかね〜?
 でも社会人になって見違えるほどしっかりしたな〜と感じる人もいますし、あまり色眼鏡で人を見ないようにしようとは思っています。

<太田>

 だけど、組織のcultureには染まるものですよ。
 国民がその国のcivilizationに染まるのと同じです。
 多感な4年間を特定の大学で過ごすだけでもかなり染まるし、小学校や中学校の時から同じ系統の教育の場にいれば、決定的に染まるでしょう。
 
 昨日の議論を若干の典拠で補足してみましょう。
 まず、日本国内での大学の評価です。
 まず、入試難易度で見ると、国公立と私立を統一的に見たランキングがないだけでなく、学部ごとのランキングでしかない(
http://www.toshin.com/daigakuranking/
。10月26日アクセス)、しかも、それは必ずしも実際の入学者で見たランキングではない、という悩ましい問題がありますが、一般に慶應、早稲田は京大、阪大相当というイメージがあるのではないでしょうか。
 これは、「財務力」、「教育力」、「就職力」、という三つの要素を踏まえて産出された2008年の日本の大学ランキングとも合致します。
 それによれば、順位は、
東大、慶応大、京都大、大阪大、早稲田大
となっています。

 (以上、
http://www.toyokeizai.net/business/industrial_info/detail/AC/df3e627f1ad7956b170131f33362b6f3/page/1/
(10月23日アクセス)による。)

 ここでも、国公立と私立とでは自ずから「財務力」の計算方法が異ならざるをえないという問題がありますが、立ち入りません。

 ところが、これは世界的な大学ランキングの順位とは一致しません。

 10月9日に英タイムズが2008年の世界大学ランキングトップ200を発表しました。
 それによると、

19位、東京大学
25位、京都大学
44位、大阪大学
・・・

 (以上、
http://news.livedoor.com/article/detail/3853679/
(10月26日アクセス)

であって、慶應も早稲田も影も形もありません。 
 残念ながらまだ詳細がインターネット上に発表されていないので、昨年のものを見ると、世界の学者による評価(40%)、主要就職先による評価(10%)、教職員/学生比率(20%)、学術論文による引用回数(20%)、外国籍教職員数(5%)、外国籍学生数(5%)によって産出したとあります。
 学術面にウェートを置いたランキングと言えるでしょう。

 結果は、

17位、 東京大学
25位、 京都大学
46位、 大阪大学
90位、 東京工業大学
102位 東北大学
112位、名古屋大学
136位、九州大学
151位、北海道大学
161位、慶應大学
180位、早稲田大学

です。
 東大だってこの程度でしかない、という問題はさておき、慶應、早稲田の余りのレベルの低さに目を丸くされた方も少なくないのではないでしょうか。

 (以上、
http://www.geocities.jp/worldtheride/rankingmainweb.htm#world
(10月27日アクセス)による。)

 とりあえずの結論は次のようにならざるをえません。

 慶應と早稲田は、極めて学力の高い学生を入学させ、教職員もインフラも極めて充実しているにもかかわらず、そのランキングの国際相場は極めて低いところ、その最大の問題は両校とも学術的アウトプットが極めて乏しいところにある、という結論に。
 より端的に申し上げれば、慶應も早稲田も学生/教職員娯楽センターに堕していて、学生は碌な教育を受けていないらしい、ということです。
 最も多感な4年間を娯楽にあけくれて生きれば、学問も教養も身につくわけがなく、人格も陶冶されるどころか、劣化しても不思議はないでしょう。
 (慶應の場合、エスカレーター式に大学に入ってきた学生の垢が落ちることなど期待できない、ということです。)

<衆愚>

 <コラム#2871で話題になった円高の原因ですが、>日本国内の750兆円の現預金と1500兆円を超える家計の金融資産(三橋貴明『ドル崩壊!』)は「世界最後の買い手」だと考えられているんでしょうね

<bbkz>

 初めまして。
 ブログでコラムを読ませて頂いているものですが(ずっと購読について考えているのですが、金銭的な問題もあり…)、ちょっと気になるところがありましたのでコメントさせていただきます。

 'Politics is the art of the possible.'(コラム#2871)について、Kunstやartは「芸術」と訳すことができますが、この場合は「技術」という意味で捉えたほうがしっくり来ると思います。
 Liberal artsなどの、古い時代の用法からもわかるように、artは専ら「技術」を意味していたんですよね。
 現在の用法、少なくとも日本人の感覚としては「芸術」として定着しているように思いますが…。

<太田>

 確かに、どちらにも訳せますね。
 しかし、フィギュアスケートの artistic impression 点は芸術的印象点であって技術的印象点じゃありませんよね。artは、芸術と技術を括った概念だけど、芸術の方にウェートのある概念だと私は思います。

<大>

 質問が基本的すぎてみなさんにバカにされるかもしれませんが、恥をしのんで質問させてもらいます。

 日本は独立するべきだと思うし集団的自衛権は行使できたほうがいいとは思いますが、正直なところ、集団的自衛権を行使することができるようにすることが独立国家たるためにどれくらい重要なのか、それからどうしてそんなに重要なのか、いまいち理解できていません。
 自分だけ守っていては独立国家になれないのでしょうか。
 国際貢献がやりにくくなると思いますが、そのことでどれくらい独立が脅かされるのでしょうか。

 お忙しいことは承知しておりますが、どうか教えてください。

<太田>

 さあこれは、ぜひ私以外の読者の方に答えていただきたいですね。

<FS>

 11月1日のオフ会に出席します。
 締め切りギリギリの申し込みとなり申し訳ありません。
 「これまで」や「現状」に対する議論も意義深いとは思いますが、私としては「これから自分たちとしてどうしていくか」という議論ができるとありがたいなと思っております。

<太田>

 これで、10月26日時点でのオフ会出席予定者は、1次会16人(途中から出席2人)、2次会14人(いずれも太田を含む)になりました。
 読者のうち、有料読者以外が4人、女性は1人です。
 まだ部屋には余席があります。
 ふるってご出席ください。
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太田述正コラム#2876(2008.10.27)
<人間は戦争が大好きだ(その1)>

→非公開