太田述正コラム#2418(2008.3.12)
<日本をめぐる話題(その3)>(2008.10.9公開)

 このように考えてくると、今度は人間はいつの時点で自意識を持つに至るのかに関心を持たざるをえません。
 この問題に関連するところの、痛みを感じるようになる時点について論じているのが一ヶ月前のニューヨークタイムスの記事(
http://www.nytimes.com/2008/02/10/magazine/10Fetal-t.html?ref=magazine&pagewanted=print  
。2月10日アクセス)です。
 この記事の概要は次のとおりです。

 20年前までは、新生児の手術は麻酔なしに麻痺薬だけで行われていた。
 しかし、麻酔を用いるとストレスホルモンの分泌が減って術後の死亡率が大幅に減ることが分かったので、新生児にも麻酔薬を投与することになった。
 最近では、胎児の手術も行われるようになっている。
 新生児の場合同様、胎児もメスが体に触れるとそれを避けようとするし、ストレスホルモンも分泌する。
 そのような反応がおおむね妊娠20週以降起きることから、少なくともその時期までには胎児は痛みを感じるようになっていると主張する学者がいる。
 そこで、一部では胎児の手術で麻酔が用いられるようになった。
 これに対し、妊娠30週頃までの胎児は赤ん坊とは解剖学的、生物化学的、かつ心理学的に異なっており、痛みを感じることはできないとする学者もいる。痛みを感じる経路がまだ完成していないからだというのだ。
 メスへの反応は脊髄反射に過ぎないし、脳死状態の患者から臓器を取り出すときにもストレスホルモンの分泌が起きるというわけだ。
 痛みを感じるためには、身体中に無数にある痛点から信号が脊髄を経由し、更に脳の視床(thalamus)を経由して最終的に大脳皮質(cerebral cortex)に到達しなければならない。
 この大脳皮質こそ、自分と他者(例えばメス)を区別する自意識が宿る器官なのだが、神経が視床から大脳皮質の間をつなぐのは妊娠30週頃なので、それまでは自意識も、従って痛みの感覚もない、というのだ。
 この説に対する異論もある。
 大脳皮質の脳表面の辺縁層(marginal zone)の直下のサブプレート層(subplate zone)まで神経が到達するのは妊娠17週であり、その頃には胎児は痛みの原初感覚を持つに至るというのだ。しかも、原初感覚だから大した痛みではないとは言い切れない。なぜなら痛みを緩和するメカニズを人間は生誕後初めて備えるようになるからだというのだ。
 いや、そもそも大脳皮質などなくても、あるいは大脳皮質が死んでいても痛みの感覚はある、という説すら存在する。
 大脳皮質無しで生まれてくる水頭症(hydranencephaly)の子供も、原初的自意識を持っているように見えるからだ。
 この最後の説が正しいとなると、恒久的植物状態の人を、その栄養補給チューブを外して「安楽死」させることは、飢餓という激しい苦しみを伴うであろうことから非人道的であり、即効性の薬で死に至らしめるべきだということになろう。
 胎児に関する以上の説はすべて間違いだとする説まである。
 胎盤(placenta)や胎児がつくるアデノシン(adenosine)、プレグナノロン(pregnanolone)、プロスタグランディン(prostaglandin)といった生化学剤は胎児を鎮静化ないし麻酔する効果を持つ。だから、胎児は常にまどろんでいる。
 それに胎児は、酸素が欠乏したりすると、酸素消費量を減らすべく、動かなくなってしまうが、赤ん坊は逆に暴れ回って酸素の到達を妨げている物を排除しようとする。胎児は決してまだ生まれていない赤ん坊ではない、というのだ。
 いやそれどころか、1歳くらいまで赤ん坊は痛みを感じない、という極論まである。
 痛みという言語をまだ習得していない間は、ぼんやりした感覚しかないというのだ。
 このように説は分かれているが、一つだけはっきりしているのは、生まれたばかりの赤ん坊でも、例えば割礼を施すとという強い痛みを加えられると、鎮痛剤を塗って割礼を施された赤ん坊に比べて痛みに弱い子供に育つという点だ。
 だから少なくとも、胎児にだって手術する時は麻酔を用いた方が良い、ということは言えそうだ。 
 最後に、妊娠中絶をする時は、その胎児に麻酔を用いるべきだろうか。
 中絶される胎児は子供になることはないのだから、すぐ上で述べた長期的悪影響を心配する必要はない。
 ということは、仮に胎児には痛みの感覚がないとすれば、妊娠中絶される胎児に麻酔を用いなくても非人道的ではないことになるわけだ。

 胎児は、人間の進化過程をたどった上で生まれてくる、というのが正しければ、チンパンジーや鯨が自意識があるか(痛みがあるか)という議論と、胎児を含む人間は、いつの時点で自意識を持つ(痛みの感覚を持つ)に至るのかという議論とは重なり合うことになります。
 科学はいつこの難問に解答を出すことができるのでしょうか、あるいはそもそもこれは解答のない問題であるという結論を下すことができるのでしょうか。

(続く)