太田述正コラム#2416(2008.3.11)
<日本をめぐる話題(その2)>(2008.9.13公開)

<太田による補足>

 「不必要な苦痛を動物に与えることは悪いことだとする観念」が人類に「普遍的」に見られるかどうかはともかくとして、そもそも「苦痛」を感じるような「自意識(consciousness=心(mind))」が動物にあるのか、という根底的な問題提起を行った本が英国に現れました。
 英国の動物学者、ロボット工学者、かつ心理学者であるマクファーランド(David McFarland)の'GUILTY ROBOTS, HAPPY DOGS: The Question of Alien Minds, Oxford University Press です。
 仮に動物に自意識がなければ、捕鯨禁止論者の議論はその根底から崩れてしまいます。
 マクファーランドに言わせれば、チンパンジーが行う人間そっくりの諸行動ですら、自意識の前提たる目的性(intentionality)や、自意識の不可欠な属性であるところの主観性(subjectivity)や合理性(rationality)抜きで、単純な公式(formulae)によって説明が可能なのです。
 他方、ロボット工学の発展により、近い将来、動物の行動をすべて行うことができるロボットがつくられようとしています。そうなった暁に、ロボットに自意識が宿ったと見るべきかどうかです。
 英ファイナンシャルタイムスの書評子は、マクファーランドは、どちらかと言えば、自意識が宿ったと見るべきではないと考えているようだと指摘しています。
 (面白いことに英サンデー・タイムスの書評子は、マクファーランドはどちらとも言っていないと指摘していますし、英ガーディアンは、独立した書評ではまだこの本をとりあげず、何冊かの本と一緒に紹介し、この問題に触れることを避けています。)
 その上で、ファイナンシャルタイムスの書評子は、何十年も動物を自意識のない機械のごとく扱ってきた後、今度は機械を次第に動物のようにみなし始めたとしても不思議ではないとしつつ、マクファーランドのように考えることは、動物のマネをすることでよりよいロボットをつくることに役立つ一方で、人間が同じ哺乳類仲間を単なる肉工場や牛乳工場として扱っていることを正当化することにもつながると指摘しています。
 しかし、そこまで書いてヤバイと思ったのか、それに続けて、この本のロボットについての見通し(prognoses)は最先端のものだが、動物に関する物の見方は単なる独断(pure dogma)にほかならない、と結んでいます。

 (以上、
http://www.ft.com/cms/s/0/e2413ca4-e8c5-11dc-913a-0000779fd2ac.html
(3月10日アクセス)
http://entertainment.timesonline.co.uk/tol/arts_and_entertainment/books/non-fiction/article3371703.ece
http://books.guardian.co.uk/reviews/roundupstory/0,,2259206,00.html
(どちらも3月11日アクセス)による。)

 マクファーランドのこの本を読んでもいない私がどうして、サンデータイムスではなくファイナンシャルタイムスの書評子による解釈の方を採用したかと言うと、メディアの質としてタイムス(サンデータイムスを含む)よりファイナンシャルタイムスの方が上だとかねてから思っているからです。
 さて、私のコメントです。
 動物に、あるいはより限定して、チンパンジーに自意識があるかどうかが、科学的に結論の出せる話かどうかがよく分かりませんが、仮に自意識がない、ということが科学的に証明されたとすれば、これは、日本人の生き物観の根底にある神道的あるいは仏教的世界観が否定され、アブラハム系宗教の世界観、すなわち人間を特別視する世界観の正しさが裏付けられたということになりかねません。
 私は、高等動物にも自意識の原初形態があり、人間の自意識との違いは質的なものではなく、量的なものではないか、という気がしています。
 というのも、人間も、チンパンジーとの共通の祖先から枝分かれして進化してきたわけで、この進化の過程で突然人間の祖先だけに自意識が備わったと考えるより、もともと自意識の原初形態を人間とチンパンジーの共通の祖先が持っており、枝分かれしたチンパンジーの祖先に比べて、同じく枝分かれした人間の祖先の方がより自意識を発達させた、と考える方が自然だからです。
 そう考えるならば、哺乳類一般が、自意識の原初形態を持っていても不思議ではないわけであり、鯨類もその例外ではないはずです。
 というわけで、捕鯨禁止論者の議論を根底から突き崩すのは容易ではなさそうです。

(続く)