太田述正コラム#2681(2008.7.21)
<フランスとイスラム教徒移民>(2008.8.28公開)

1 始めに

 イスラム教徒の移民がいかにやっかいなものであるか、このところのフランスでの動きを見ていると痛感させられます。
 先月、フランスのリール(Lille)の裁判所が、イスラム教徒同士の結婚について、花嫁が処女であると偽ったとして無効を宣言して話題になりました(
http://www.economist.com/world/europe/displaystory.cfm?story_id=11751650
。7月21日アクセス。以下同じ)
 今回とりあげるのは、イスラム教徒の女性のフランス国籍取得申請の却下を是とする判決が下された件です。

2 国籍取得申請却下判決

 コンセイユ・デタ(Conseil d’Etat。フランス最高行政裁判所)は、パリ市政府が2005年に下した国籍取得申請却下を支持する判決を下しました。
 2000年にモロッコからフランスに入国してフランス生まれのフランス国籍のイスラム教徒の男性と結婚し、3人のフランス生まれのフランス国籍の子供達を持つ、イスラム教徒の現在32歳の女性で流暢なフランス語をしゃべるファイザ・M.(Faiza M.)(注1)の国籍取得申請を却下したのはどうしてなのでしょうか。

 (注1)フランス語をしゃべれるかどうかは国籍取得を却下するかどうかを判断する際に勘案される重要事項の一つ。なお、フランス在住のイスラム原理主義者達の間では、男性の産婦人科医の診察を受けるのを拒否する者が増えてきているところ、ファイザ・M.は何度か男性の産婦人科医の診察を受けたことがある。

 判決によれば、彼女は、外出中常に黒のブルカ(burqa。目以外顔を完全に隠す)(注2)をかぶっているところ、これは「同化の欠如」を示すものであり、フランス社会、「とりわけ両性の平等の原則」と「相容れないところの特殊な宗教性(a version of religiosity)を行使している」からだというのです。

 (注2)2004年にフランスは、これみよがしの(ostentatious)宗教的象徴を公立学校で身につけることを禁じる法律を成立させた。これにより、公立学校でのユダヤ教のヤルムルク(yarmulk)、シーク教のターバン、キリスト教の大きな十字架の着用が禁じられることになったが、最大のねらいは、イスラム教徒の女の子によるヘッド・スカーフまたはヒジャーブ(hijab)の着用を禁じるところにあった。(
http://lawreview.law.ucdavis.edu/issues/Vol39/Issue3/DavisVol39No3_WING.pdf

 これまで、コンセイユ・デタがイスラム教徒なるがゆえに国籍取得申請を却下したのは、イスラム原理主義のシンパであると目された人物だけだったので、この判決は注目されました。
 この判決に対し、両性の平等が国籍取得要件だということになれば、ドイツはババリア州、フランスはノルマンディー地方、米国はユタ州の住民のほとんど全員を国外追放しなければならなくなる、それに、フランスで夫から虐待されている女性だって全員国籍を剥奪すべきことになる、という批判が寄せられています。
 しかし、ファイザ・M.は、パリ市に国籍取得申請をした際に、男性係官が顔を見せるように促したところ、それを宗教上の理由で拒否したので、女性係官にやらせようとしたところこれも拒否したという経緯があります。写真を貼れないのではパスポートだって発行できない、というわけです。
 しかも、ファイザ・M.は、自分の政治的権利には関心がなく、投票に行くつもりなどないと宣言しました。そこまでは許されるとしても、彼女が、男性だけしか投票権を持つべきではないと述べたことが問題視されました。
 これに関連することですが、コンセイユ・デタは、彼女が政府を訴えたのは、果たして自分の意思なのか夫の意思なのか見極めることができませんでした。彼女が裁判所にやってくるのはいつも夫と一緒でした。
 しかも彼女は、モロッコにいた時にはブルカを着用していなかったけれど、夫の示唆に従って着用するようになったと述べています。
 更に彼女は、世俗主義(laicism)や民主主義が意味するところが何なのか知らないとも述べています。
 そして彼女は、コーランを字義通り解し遵守すべきであるとする、イスラム教のサラフィズム(salafism)を信奉しているとも述べています。もっとも、サラフィズムには、保守派と聖戦派があるところ、ファイザ・M.がどちらに属しているのかははっきりしないようです。

 (以上、特に断っていない限り
http://newsweek.washingtonpost.com/postglobal/thomas_kleinebrockhoff/2008/07/democracy_and_a_piece_of_cloth.html
http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1822189,00.html
http://www.independent.co.uk/news/world/europe/no-french-citizenship-for-veiled-radical-islamic-wife-865828.html?service=Print
による。)

 フランス生まれのイスラム教徒にして都市問題担当相であるアマラ(Fadela Amara)女史(両親はアルジェリア出身)は、この判決を支持し、「ブルカは牢獄であり、拘束衣だ。それは宗教の記章(insignia)ではなく、両性の不平等を追求する、民主主義と完全に相入れないところの、全体主義的な政治的記章だ」と述べた上で、この判決が今後「自分達の妻にブルカを強制しようとする狂信者達を思いとどまらせる」ことを期待している、と述べたところです(
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/7509339.stm)。

3 終わりに

 コラム#2646でも改めて申し上げたように、「イスラム社会は非寛容であり、思想の自由を認めず、世俗化が困難、ということにならざるをえない。すなわちイスラム教は、本来的に原理主義的であり、かつ教義と暴力とを切り離せないというわけだ。暴力的原理主義はイスラム教の本質的属性だ、ということになるのかもしれない。」ということなので、ファイザ・M.とその夫を、特異なイスラム教徒である、とみなすことはできません。
 在仏イスラム教徒の大部分が近い将来、原理主義的イスラム教徒に、そして更には暴力的原理主義的イスラム教徒になる可能性を全く排除することはできないのです。
 そこで、イスラム教徒たる移民を多数抱える国においては、イスラム教徒の原理主義へのベクトルを打ち消す、世俗主義へのベクトルをどう構築するかが極めて重要であるわけです。
 私の見るところ、フランスは世俗主義へのベクトルの適切な構築に、アングロサクソン諸国ほど成功しているようには思えません。
 いずれにせよ、朝鮮人はもとより、支那人でさえ、このようなイスラム教徒に比べれば、移民として受け入れるにあたっての問題点など、取るに足らないと言えるでしょう。
 幸い、日本にはイスラム教徒たる移民がほとんどいませんが、今後とも、少なくともイスラム教徒の移民に関しては、基本的に門戸を閉ざし続けることが望ましいと私は考えています。