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太田述正コラム#2702(2008.8.1)
<皆さんとディスカッション(続x208)>

<親衛隊員>

誌上の議論の中で事実関係に対する誤解があるようなので指摘します。戦後の台湾からはノーベル賞受賞者が出ています(1986年・ノーベル化学賞受賞、元台湾中央研究院院長の李遠哲博士)。

<太田>

 李遠哲氏については、コラム#1509で取り上げています。
 ただ、同氏を台湾の受賞者としてカウントしない考え方もありうるので、あえて注意を喚起しなかった次第です。(コラム#1115参照。)
      

<MS>

≫日本の植民地統治時代の評価を物語る上で重要かと思われる前後の出来事≪(コラム#2698。雅)

 抜粋しました。
 それぞれの出来事の植民地統治時代の評価を物語る上での重要性が私には自明でないので説明をいただけると助かります。

1. 李氏朝鮮の末期時代

<丙寅洋擾(1866)、辛未洋擾(1871)>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%99%E5%AF%85%E6%B4%8B%E6%93%BE
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BE%9B%E6%9C%AA%E6%B4%8B%E6%93%BE

事件に関する具体的な記述はありませんが、以下のような形で触れられています。

『興宣大院君の政策
19世紀半ば朝鮮社会は、内には勢道政治に対抗する民衆勢力が成長し、外には日本と西洋列強が侵略してきた。
 高宗の即位(1863)によって政治的実験を掌握した興宣大院君は王朝の危機を克服し、失墜した王権を回復しようとした。...
 興宣大院君は丙寅洋擾(1866)と辛未洋擾(1871)を経て、全国に斥和碑を建て、通商修好拒否政策を断固として維持した。このような対外政策は外勢の侵略を一時的に阻止することには成功したが、朝鮮の門戸開放を遅らせる結果をもたらした。』(p116)

2. 大韓民国樹立時の混乱

<済州島四・三事件(1948.4.3)>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B8%88%E5%B7%9E%E5%B3%B6%E5%9B%9B%E3%83%BB%E4%B8%89%E4%BA%8B%E4%BB%B6

『済州島で繰り広げられた単独選挙反対デモを鎮圧する過程で数万の人名被害がおきた事件』(p.133)

『自由民主主義と資本主義を理念とした新しい大韓民国の国家建設は、多くの試練を味わわなければならなかった。特に、政府樹立を前後した時期に左右の対立が激しくなり、済州島4・3事件や麗水・順天10・19事件などが起きた。
李承晩政府はこのような局面を克服し、社会秩序を確立するために反共政策を強化する一方、農地改革を断行して農業経営の合理化を模索した。』(p.133-134)

3. 朝鮮戦争当時の事件

<老斤里事件(1950)、保導連盟事件(1950)>
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%80%81%E6%96%A4%E9%87%8C%E4%BA%8B%E4%BB%B6
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BF%9D%E5%B0%8E%E9%80%A3%E7%9B%9F%E4%BA%8B%E4%BB%B6
http://www.chosunonline.com/article/20080125000058

 記述なし。

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 李承晩の経済政策の記述に関して一部すでに抜粋しましたが、全体は長くなるのでまた後日お答えいたします。
 対日感情の観点からは以下のような記述があるので先にご紹介いたします。

『制憲国会では民族的観点である日程の残滓を清算し、民族の正気を正すために反民族行為処罰法を制定した(1948.9)。しかし李承晩政府の消極的態度によって親日派の処罰は挫折した。』(p.134)

『反民族行為処罰法
 大韓民国政府樹立後、親日派の処断を要求する国民的熱望が高まって、1948年8月、 憲法第101条に依拠、国会に反民族行為処罰法の起草特別委員会(反民特委)がつくられ、9月22日、法律第3号反民族行為処罰法が通過した。』(p.134)

 以上 『』内は、「韓国の高校歴史教科書 高等学校国定国史 三橋広夫訳 明石書店」よりの抜粋。

<安保>

今日8月1日(金)産経朝刊、以下の記事を読みました。

http://sankei.jp.msn.com/culture/academic/080801/acd0808010248000-n1.htm

・・・・・・・・・・・・・↓
【明日へのフォーカス】編集委員・高畑昭男 国の将来握る「新日本人」

(記事抜粋↓)

かつて過剰人口は貧困や食糧難などの元凶とされた。今や、人口は国家安全保障に重要な「戦略資源」となる時代だ。米国の未来研究では、中国やインド、ブラジルなどの未来大国が備えている国力の要件として、(1)高成長経済(2)軍事力(3)先進技術−に加えて、人口規模を第4に挙げている。
・・・・・
固有の文化や伝統は大切だ。同時に、純血主義だけではやっていけない時代も迎えつつある。
・・・・・・・・・・・・・・・以上抜粋終わり

↑高畑氏の意見は太田氏に近いのかも知れなません。

 さて、移民受け入れによる共生国家に肯定的な太田さんに素朴な質問をさせて頂きます。どうか率直にお答え下さい。

一、太田さんご自身の隣近所が、韓国朝鮮人移民、中国人移民、アフリカ系移民、イスラム系移民の集団居住区になっても素直にそれを受けれることができますか?太田さん本人はさておき、ご家族の心境は如何なものだと思いますか?その他の日本人の心境を太田さんは想像してどう思われますか?

二、寛容??なる共生国家と、ほぼ単一民族国家の日本と比較して、日本が非共生ということに起因して以下の7項目で劣っている点はありますか?

経済力、軍事力、教育水準、世界からの好感度、国の安定感、国民の暮らし易さ、総合力

三 日本を世界の共生国家の国民はどのように見ていると思いますか?太田さんご自身の想像の範囲で結構です

(一)他の民族に広く門戸を開けず共生しない国はけしからん。
(二)一民族一文明一国家の日本を羨ましく思う。

(一)と(二)・・・であれば、私は正直(二)だと思います。太田さんの想像ではどうですか?(一)、(二)以外であればご教授下さい。

 以上の三点です。宜しくお願いします。

<ライサ>

 安保様、私も「絶対」は付きませんが、もし、どうしても選べと言われれば、反対です。
 しかし、この問題は、いわゆるグローバリズムの問題と直結しているので、国、もしくは個人の意見はまったく考慮されずに、エントロピーが最大になるまで進んでいくでしょうね。そしてその最大の中での混乱を乗り越えた先には、「人類」と言う言葉で括られた人々が存在するか、または極端な排斥による混乱があるのか、、、、分かりませんが、この時間的流れは一方通行ですので避けられないと思います。
 貴方のおっしゃっていることを部分的には理解できますし、支持もします。また、絶対に馬鹿にしているわけではありませんが、「蟷螂の鎌」のように感じてしまいます。
 太田さんは答えてくれるでしょうか。もしかしてこれを読んで「ふざけるな!」って言いながら答えてくれるかもしれませんね。逆に無視するかな?

予想される彼の答え。

(一)・・・素直にそれを受けれることができますか?・・・

 「私の外国での幼少期の経験や、防衛庁時代の外国交流経験から言って、人は様々なものであるから、多様性を認めたうえで、交われば、きっと大丈夫だと信じています。」

   ・・・ご家族の心境は如何なものだと思いますか?・・・

 「家族は喜ぶと思います。」

(二)・・・7項目で劣っている点はありますか?・・・

 「あなたのあげた7項目を判断するのはただ単に、共生国家と、ほぼ単一民族国家というような単純な物差しで比較できるわけではありません。共生国家でもほぼ単一民族国家でも、それぞれあなたのおっしゃる7項目で劣っている国もあれば優れている国家もあります」
 (典拠省略!)って逃げる

(三)・・・どのように見ていると思いますか?・・・

 「貴方の思いは別として、何も感じないし、関心もない、『日本ってどこにあるの!?』等々の思いを持った国民もいると思います。」

と言ってはぐらかす。         

 また怒られるか無視されそう。

<太田>

 ライサさん、冴えてますね。
 私が答える労を省いていただき恐縮です。
 ライサさんは、私の答えを推測して書かれ、それが的中したということではなく、エントロピーという言葉を用いて展開されたライサさんのお考えはまさに私の考えそのものであり、ライサさんご自身のお考えに基づくお答えを安保さんの質問に対してお記しになったからこそ「的中」したのであろうと考えます。
 付言すれば、私は、移民の受け入れがエントロピー的に避けられない以上、日本がそのプロセスを主体的に制御すべきである、と考えている次第です。(北アフリカ・西南アジアからのイスラム教徒の移民受入は極力抑制に努める等。)

<ケンスケ2>

 コラム#2595「中共体制崩壊の始まり?(続x3)(その1)」を読みました。
 省政府の連邦制を取るのか,人民解放軍に依存しての中央集権体制を選ぶのか。
 いずれにしても中央の経済官僚が全国を直轄する日は,遙かに遠いようですね。
 経済が順調に拡大し続ける限りに於いて,維持出来る体制といえるでしょう。
 毛氏の,大躍進失敗のような衝撃にはとても耐えられない。
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太田述正コラム#2703(2008.8.1)
<不貞について>

→非公開

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