太田述正コラム#2271(2007.12.31)
<映画二本:ベオウルフとリンカーン(その2)>(2008.7.15公開)

 さて、この映画を観て改めて考え込まされたのは、イギリス原住民の不思議さです。
 コラム#1687をまだ読まれていない方はぜひ読んでいただきたいのですが、その中で、「アングロサクソン人は実は<ゲルマン人でもケルト人でもないところのバスク人であって>アングロサクソン人(=イングランド人≒(ウェールズ人を含んだ)イギリス人)ではなかったし、英語(=イングランド語)も<ゲルマン人に違いはなくてもベルガエ人の言語であって>アングロサクソン語ではなかった」と記したところです。
 つまり、イギリス原住民であるバスク人は、紀元前に大ブリテン島に移住してきたゲルマン人たるベルガエ人、ただしほんの少数に過ぎなかったベルガエ人、の言語に乗り換え、その後に襲来してイギリスを支配したローマ人の言語や文化は身につけることなく、ついで大ブリテン島に襲来したゲルマン人たるアングロサクソン人(アングル人・サクソン人・ジュート人)・・やはり大した数ではありませんでした・・の文化に完全に染まってしまうのです!
 このアングロサクソン人は、彼らの故地に近接したスカンディナビア地方のゲルマン人(バイキング)と交流を続け、後に彼らの襲来に悩まされることになります。

 そのような中から、アングロサクソン化した大ブリテン島住民は、スカンディナビア地方を舞台にした、6世紀頃の史実と伝説とが渾然一体となったところの、大ブリテン島最初の叙事詩、英雄譚たる叙事詩、を創り出すのです。
 それがベオウルフです。
 ベオウルフの世界はまだキリスト教化していない世界ですが、この叙事詩を紡ぎ出したのは恐らく一人の詩人であって、その詩人はキリスト教徒であったに違いないとするのが現在の通説です。
 また、ベオウルフを、575年頃に現在のスウェーデンのウプサラに埋葬され、19世紀に墓が発掘されたEadgilsなる人物に同定する説が有力です。
 この叙事詩を貫くテーマは、ゲルマン的戦士達へのオマージュです。
 主従は、上下関係というよりは、友人のような絆で結ばれており、下の者は上の者を守り、戦争に従事し、他方上の者は下の者の面倒を見、戦争での戦利品を気前よく分かち与えます。
 (以上、
http://en.wikipedia.org/wiki/Beowulf
(12月30日アクセス)による。)

 私はかねてより、アングロサクソンの生業は戦争であると強調しているところですが、ベオウルフを繰り返し聞かされることで大ブリテン島の原住民たるバスク人は、生業たる戦争を中核とするゲルマン文化を身につけて行ったのであるし、アングロサクソン人等の大ブリテン島の新住民は英語(ベルガエ語)を身につけて行ったのだと思うのです。

 (以上、映画「ベオウルフ 呪われし勇者」のパンフレットも参照した。)
 
3 リンカーン

 この映画「ナショナル・トレジャー リンカーン暗殺者の日記」のパンフレットは中々読ませます。
 主演のニコラス・ケージ(1964年〜)の、「父は誇り高きイタリア人だったから、僕はイタリアの文化に触れながら育った。でも自分はインターナショナルな感覚を持った人間だと思いたいんだ。平和の精神を持ったという意味でのインターナショナルな人間。国民的誇りを持つということは、かなり危険なことだと思う。だからこそ、ひとつの国を誇りに思うよりはインターナショナルな心を持っていたい。」という言葉や、主要共演者の一人であるジャスティン・バーサ(1978年〜)の、「アメリカのジャーナリストが言ったり書いたりしたことには懐疑の念を抱くようになった。というのは、アメリカで伝えられるニュースは、ヨーロッパより常に凄く内容が薄まっているから。もっと真実を知りたいと思う。例えばBBCのニュースを見ただけでもずっと物事の事実がはっきりと分かるからね。」という言葉には感心しました。
 米国でレーガンのように大統領になる映画俳優が出るわけです。

(続く)