太田述正コラム#2266(2007.12.29)
<昔の文明論コラム2篇>(2008.7.13公開)

1 始めに

 コラム#2253に引き続き、自衛隊専門新聞「朝雲」に1990-1993年の間、隔週74回にわたって連載された私のエッセーの中から、拙著『防衛庁再生宣言』に収録されなかった二篇(文明論的なもの)をご披露しましょう。

2 西欧音楽

 筆者は、かねてより、西欧ではなく、それと明確に区別されるところのイギリスが、近現代文明の形成、発展に圧倒的な影響を及ぼしたと考えているのだが、西欧にも近現代文明への重要、かつ独創的な貢献が少なくとも一つある。西欧音楽がそれである。
 西欧音楽は、記譜法の確立、音楽の歌唱や舞踊からの解放、ハーモニーの重視等、音楽史において決定的に重要な貢献を数多く行った。
 記譜法が確立したおかげで、音楽は「文字」を得、時間と空間の壁を越えて広く伝播されるようになった。
 また、歌唱や舞踊の引立て役から解放されることによって、「純粋」音楽の豊醸な世界が「発見」され、楽器及び器楽曲の飛躍的な発展がもたらされた。
 (オペラやリート等は、このように一旦分離された歌唱と音楽が、人間の声の器楽化(声楽!)を経て再統合されたものである。)
 更に、リズムとメロデイーに並ぶ音楽の三番目の要素であるハーモニー(和声)の重視は、西欧音楽と、それまでのリズム重視のアフリカ音楽、メロデイー重視のアジアや東欧の音楽等とを決定的に分かつ点である。
 また、特定の音とその倍音を機械的に12等分した平均律音階を作り上げたことこそ、音楽に世界共通の「言葉」をもたらしたという意味で、西欧音楽の最大の貢献だとする説もある。
 西欧音楽が生み出した楽器の最高傑作が筆者も親しむピアノである。
 ピアノは、楽音の全てを用いて複雑なハーモニーを奏でることができるだけでなく、初心者でも簡単に強弱、長短織り混ぜた音を鳴らすことができる唯一の楽器である。
 短所としては、重くて持ち運びに不便だという点と、管弦楽器のように、音を同じ強さで長く引き延ばしたり、ビブラートをかけたりできないことくらいである。 
 この西欧音楽が日本へ本格的に導入されてから120余年が経過した。今や日本のどこの家庭でもクラシック音楽が流れ、居間にはピアノが鎮座している。
 日本における西欧音楽の揺藍期を専ら担ったのは、旧帝国陸海軍の音楽隊であった。この伝統を引き継ぐ陸海空自衛隊音楽隊の一層の健闘を祈りたい。

3 日本文化

 外国人から日本文化について質問された場合、筆者は梅原猛氏や佐原眞氏の所説を援用しつつ、次のような議論を展開することにしている。
 日本では、住宅は専ら木で造られる。日本以外の先進国(欧米諸国)やかっての先進地域(中近東、中国等)では、もともとは木造住宅が多かったものの、現在では石や煉瓦造りの家が通例であるのと対照的である。
 これは、日本ではいつも木材を容易に入手できたことが背景にある。現在でも日本の国土の実に三分の二は森林である。昔から日本人の間で、木を切った時には必ず植林をするという自然との共生(エコロジー)思想が確立していたおかげで、森林が破壊されなかったのである。
 さて、日本では、家を建てる場合、木の柱をまず立てて、次にその柱と柱の間を建具か土壁で塞ぐ。木の太さ、すなわち柱の太さには限界があることもあって、壁の厚さは薄く、家の外と内は石や煉瓦造りの家のように断絶はしない。断絶どころか、玄関や部屋の入口に鍵すらないのが日本の住宅の本来の姿であった。
 そもそも日本の社会環境は、世界でも希なほど平和で安全なものであった。
 戦争は生産物に余剰の生じた農業社会の到来とともに始まったらしいが、日本は、他の先進国やかっての先進地域と比べて、一番農業社会の到来が遅かった(稲作の伝播によって弥生時代が始まったのは、わずか2300年前)ため、それまでの長期にわたる平和な狩猟採集社会の時代の記憶が残ったとの指摘がある。
 しかも、農業社会が到来してから、最も短期間(数百年)の内に統一国家が形成された。爾来現在に至るまで一度も外敵の侵略を受けず、また室町期及びその前後を除いて内乱が長期間続いたこともない。かくも平和で安全であったため、日本の都市には、世界の都市にかってつきものであった城壁が設けられたことがない。
 いつもこれに引き続いて、これまた特異な、全く牧畜を伴わない日本の稲作農業文化について一くさり語った上で、相手が関心がありそうなら、おもむろに筆者得意の憲法第9条や防衛政策の話に入って行くことにしている。

4 終わりに

 「西欧音楽」コラムのテーマは後にコラム#454でも繰り返されることになるほか、コラム#27、801、1485でも言及されることになります。
 また、「日本文化」コラムは、後に縄文モード・弥生モードからなる日本文明論へと発展して行くのです。