太田述正コラム#2567(2008.5.24)
<ミヤンマーに人道的介入?(続々)(その2)>(2008.6.28公開)

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(最新情勢)

 ミャンマーの軍事政権トップの国家平和発展評議会(State Peace & Development Council=SPDC)議長、タン・シュエ上級大将(Senior General Than Shwe)は23日、ミャンマー訪問中の潘基文・国連事務総長との会談の席上、あらゆる外国からの支援要員の全面的な受け入れに同意しました。また、ヤンゴン港で外国の民間船舶による援助物資を受け入れることにも同意しました。ただし、米国やフランス等の外国艦艇の受け入れは拒否しました。
 軍政当局は、25日に予定されている国連とASEAN共催の国際支援会議で、117億ドルの復興資金を要請することになっていますが、支援諸国から、外国の支援要員が被災地に入れない状況では復興資金の提供を躊躇せざるをえないとの感触を得たことが、軍政当局の姿勢のこのような一層の軟化につながったと見られています。
 ただし、軍政当局が本当に約束通りに支援要員を受け入れるかどうか、疑問視する声が国際支援団体関係者の間からは出ています。
 フランスのサルコジ大統領は、軍政当局がフランス艦艇の入港を拒否したことについて、「この決定は極めて遺憾だ。もう一度言う。軍政当局は誤った選択を行った。」とミャンマーの将軍達を非難しました。
 (以上、
http://www.tokyo-np.co.jp/article/world/news/CK2008052402000124.html
http://www.guardian.co.uk/world/2008/may/24/burma.unitednations
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/05/23/AR2008052300178_pf.html
(いずれも5月24日アクセス)による。)

 他方、ミャンマーの一般市民は、ほぼ全員が、米仏の艦艇が支援物資を積んだままミャンマー沿岸沖にとどまっていることを知っており、行きずりの人間を装っている取材者に対してすら、一般市民の多くが軍政当局に対する怒りを口にするような状況であるといいます。
 また、一般市民にこの大災害の実状を知られないようにするとの軍政当局の努力は成功しておらず、ヤンゴンのいくつかの交差点で、膨れあがった死体が放置されている、デルタ地帯の被災状況を収めたDVDが堂々と売られているといいます。
 (以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/asia-pacific/7416952.stm
(5月24日アクセス)による。)
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 だから、「正当な根拠」なる条件をクリアするのは困難だ。
 「他に手段がないこと」なる条件をクリアすることもまた困難だ。
 確かにミャンマーの被災地では今この瞬間にも人命が次々に失われつつあるが、国連事務総長等のミャンマー訪問や中共等のアジアの近隣諸国からの(必ずしも十分ではない)圧力のおかげで、モノについては援助物資の受け入れが始まっており、米仏艦艇に搭載されている援助物資だって積み替えることによって被災地に届けることができるかもしれないという展望が開けたからだ。かつ、ヒトについては、外国からの支援要員が現地のミャンマー人を使う形で活動を行っているからだ。
 とりわけ、成功する「合理的展望」なる条件をクリアすることが困難であることが致命的だ。
 軍用輸送機から援助物資を空中投下したり、艦艇から援助物資を陸揚げしても、現時点で最も不可欠であるところの、衛生用品、飲み水、医薬品と医療、食糧、仮設住居を、被災者、しかも往々にして僻地で、かつ孤立した場所にいる被災者に送り届けるためには、軽快な交通手段とそれぞれの場所によく訓練された医療スタッフや働き手が配置されている必要があることを思い起こして欲しい。
 (以上、
http://en.wikipedia.org/wiki/2005_World_Summit
(5月11日アクセス)、及び
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oe-gartonash22-2008may22,0,2949326,print.story
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/may/22/burma.cyclonenargis
(両者同文。どちらも5月23日アクセス)による。)

 人道的NGOの長をしている米国人のハズレット(Chad Hazlett)も、 ミャンマーの場合、成功する「合理的展望」がないことをロサンゼルスタイムス紙上で指摘しています。

 人道的介入は、カンボティア、ナイジェリア、エルサルバドル、グアテマラ等に対し、これまで行われた。
 それがうまくいくかどうかのカギは、兵站(logistics)にある。
 残念ながら、ミャンマーの被災地に対する援助物資の空中投下がうまくいく条件は失われつつある。
 軍政当局が、既に部隊をデルタ地帯の被災地域に展開させてしまっているため、空中からであれどこからであれ、到達した物資は連中がコントロールしてしまうからだ。
 それでも、必要不可欠な物資を注意深く空中投下すれば、たとえ限定的な効果しかなくても、なお多数の命を救うことができる可能性がある。
 (以上、
http://www.latimes.com/news/opinion/la-oew-hazlett22-2008may22,0,3279384,print.story
(5月23日アクセス)による。)

3 終わりに

 大災害は、しばしば非自由民主主義国家において体制変革の危機をもたらすものである(注)ところ、中共当局とミャンマー当局が、片や被災者の熱心な救済、片や被災者の放置、という対照的な対応を行ったのは、それぞれ「合理的」な判断に基づくわけです。

 (注)大災害が体制変革につながった例を新たに挙げておく。1985年にメキシコを大地震が襲ってしばらくして、何十年も権力を掌握してきた制度的革命党(Institutional Revolutionary Party。形容矛盾のような党名(?!))が権力を明け渡すことになったのだが、これは、軍が掠奪を警戒するだけで被災地の犠牲者を放置したことに民衆が怒ったことがきっかけだった。(
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/05/23/AR2008052302774_pf.html。5月24日アクセス)

 ミャンマーの場合は、軍政当局の「合理的」な判断の結果、被災者は放置されることになったところ、米仏が(支援物資を積載した)軍用機や艦艇をミャンマー近傍に派遣しつつ、欧米諸国やEUの首脳達が(一方的)人道的介入を仄めかすことで、軍政当局は追い詰められて軌道修正せざるをえなくなり、結果として、遅すぎ、かつ少なすぎではあっても、被災者に国際的な支援の手が差し伸べられる展望が開けたということです。
 このようなケースにおいては人道的支援の道を切り開くのは軍事力であることと、軍事力はまた人道的支援の手段としても極めて有効であること、とを皆さん、この際、ぜひとも頭にたたき込んで下さいね。

(完)