太田述正コラム#2527(2008.5.4)
<支那の体制(その2)>(2008.6.7公開)

 もう一つ、特筆すべきは、今年1月1日に施行された労働契約法です。
 この法律は、強制労働を廃し、賃金不払いや一方的解雇等をなくすことを目的としており、労働契約に年金と保険の企業拠出について明記すべきと定め、雇用期間1年ごとに1ヶ月の賃金相当の退職金を支払う義務を課しています。また、超過勤務については通常1.5倍、週末には2倍、旗日には3倍の賃金を支払う義務を課しています。
 この法律の施行は、労働者達を力づけ、労働者の退職率は上昇し、労働条件や賃金の改善を求めるストも増加しています。
 もう一つの帰結として、製造コストの10〜25%上昇が見込まれています。
 その結果、既に全般的インフレやエネルギー価格上昇やドルの下落や環境規制の強化に苦しめられているところの、(支那内で事業を展開する)外国企業の5分の1は、事業の全部または一部を第三国に移すことを考えるに至っています。
 ひょっとしたら、支那が世界の工場であった時代の終わりの始まりが到来したのではないか、とさえ囁かれているのです。
 しかし、とにもかくにも、労働者の人権の確保に向けて、中共中央が、いつかは行わなければならないことをやった、ということは確かなのです。
 (以上、
http://www.washingtonpost.com/wp-dyn/content/article/2008/04/13/AR2008041302214_pf.html
(4月15日アクセス)による。)

 中共中央は、このように、民主主義と人権を育むための措置をそれなりに講じてきていたというのに、そのことを対外広報の中でもっとアピールしてこなかったのはどうしてなのか不思議です。

 これに加えて、チベット騒擾がらみの対外広報の拙劣さがあります。
 中共国内や海外でナショナリズムに取り憑かれた若者達が騒いだことは、世界中の人々を呆れさせ、中共に背を向けさせる結果だけをもたらしました。
 これは、それを唆し、放置した中共中央のアホさ加減をも浮き彫りにしました。
 大体からして、3月にチベット騒擾が始まると、中共のチベット地区政府はチベット人「分離主義者(splittism)」に対する「生きるか死ぬかの戦争」を宣言し、チベット地区の共産党主席はダライラマを「僧侶の衣を纏ったジャッカルであり人間の形をした獣であるところの悪しき悪魔」呼ばわりしました。どんなにこれらが世界中の人々の眉を顰めさせたか、中共中央には分からないのでしょうか。
 まことにタイミングが悪いことに、丁度その頃、ジンバブエの悪評さくさくたるムガベ政権向けの武器を積んだ中共の貨物船が、南アフリカでもアンゴラでも、荷役労働者の荷下ろし拒否に遭って立ち往生するという出来事が起こり、中共のそれまでのアフリカ等第三世界に対して積み上げてきた外交が頓挫するに至りました。
 世界中に北京官話を教える孔子学院をつくり、親中研究機関にカネを寄付し、貿易上の優遇措置を与える等の巧みな対外政策を展開してきたおかげで、東南アジアを中心に、つい最近まで、米国と反比例する形で中共株は上がるばかりでした。
 それが、ここ数ヶ月で一挙に味噌を付けてしまったということです。

 (以上、大部分を
http://newsweek.washingtonpost.com/postglobal/pomfretschina/2008/05/the_ugly_chinese.html  
(5月2日アクセス)に拠った。)
 それなのに、例えば、日本に居住する中共の人々の中から、知識人からさえ、チベット騒擾への対応ぶりについて、一人も中共中央や中共の若者達を非難する者が出ないのですから、何をかいわんやです。

4 今後の展望

 (1)インドとの比較

 中共はインドより貿易の自由化や外国投資への開放においてはるかに先に行っている上、インドは、中共よりはるかにインフラ、行政、労働者の質の面で問題を抱えている一方で、インドが中共よりも優れている面としてはソフトウエア産業と英語力くらいしかないことから、中共の方がインドより有望のように見えます。
 ところが、最近ではインドの方が有望だという声が欧米で強まっています。
 それはどうしてなのでしょうか。
 まず、中共が何百万人もの技術者や科学者を生み出しているというのに、自前の技術革新に見るべきものがないことです。つまり、中共の高度経済成長は、単に外国からの投資と中共政府による消費によるものにほかならない、というわけです。実際、中共発の世界的ブランドなど皆無と言ってよいでしょう。
 これに引き替え、インドはインフォシス(Infosys)やリライアント(Reliant)やミタル(Mittal)等の世界的ブランドを輩出しています。
 それにこれからは、インドと違って、中共は人口構成の高齢化を伴う人口停滞・減少期を迎えます。
 更に言えば、海外からの直接投資は中共の方がインドよりはるかに多いけれど、平均投資収益率は中共の方がインドより低いのです。これは、インドの企業のガバナンスの水準が高く、インドの企業が資本主義企業として成熟しているからであり、インドの方が企業を取り巻く制度的・金融的インフラが高度であるからでもあるのです。
 購買力平価で言うと、国内総生産は現在、米国が世界第一位で13兆ドル、中共が第二位で10兆ドル近く、そしてインドが第四位で4.2兆ドルであるところ、2020年までには中共が第一位、そしてインドは2年も経てば日本を抜いて第三位になる、という予想がありますが、この予想がはずれたとしても、早晩インドが中共を抜くことだけは間違いないのではないか、という声が高まっているのです。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/business/2008/may/04/globaleconomy.economics
(5月4日アクセス)による。)

 (2)感想

 朝鮮日報は、次のような論説を掲げました。

 「・・・1925年12月、中国近代の思想家として知られる胡適・北京大教授は、同僚の陳独秀に一通の手紙を書いた。同年11月、北京の群衆が新聞社を襲撃、放火した事件がきっかけだった。既に共産党の指導者になっていた陳独秀は、群衆の考えが正しければ、新聞社を襲撃しても問題にはならないという立場だった。・・・しかし、自由主義者の胡適は考えが異なっていた。そして、「自分と違う意見を持つ人の自由を認めない人は、自由を求める資格がなく、自由を語る資格もない。特定階級の独裁を主張する君たちは自由を信奉していないことを僕は知っている」と書いた。・・・ 20世紀の中国の現代史は、個人の自由と人権を掲げた胡適ではなく、暴力革命を根本的な解決方法として提示した革命派が主導した。・・・改革開放以降、革命は「愛国主義」に取って代わられたようだ。自由や人権は以前として二の次だ。他人の見解を認めない風土も変わらない。・・・」(
http://www.chosunonline.com/article/20080503000024
http://www.chosunonline.com/article/20080503000025
(5月4日アクセス))
 
 支那の人々は、単に専制的な「皇帝」であった毛沢東も、共産主義を推した陳独秀も、ファシズムを推したトウ小平も、いずれも歴史の屑籠に投げ入れ、自由民主主義を推した胡適を再評価し、支那の進路の転轍を図るべきでしょう。つまりは、支那の脱中共化を避けて通れないのです。
 日本は、支那と歴史的に深く関わってきた隣国として、そのためのあらゆる助力を惜しむべきではありますまい。
 しかし、胡錦涛の次の中共国家主席の時代になっても、なお中共が回心しないままであれば、21世紀後半は、中共、いや支那にとって再び惨めな時代になることでしょう。

(完)