太田述正コラム#2486(2008.4.14)
<チベット騒擾(続x6)>(2008.5.20公開)

1 始めに

 今回は、チベット問題とオリンピックに焦点をあててみました。

 4月10日、IOCのロゲ(Jacques Rogge)会長は、北京で、「中共は人権を改善し外国人ジャーナリストに同国のすべての地域に自由に行くことを認めるという、自らの行った誓約を尊重しなければならない」と語りました(
http://www.nytimes.com/2008/04/11/world/asia/11china.html?_r=1&hp=&oref=slogin&pagewanted=print  
。4月11日アクセス)。
 これまで中共を批判することを控えてきた同氏も、世界で北京オリンピックへの逆風が吹き荒れているため、この程度のことは言わないと、IOCひいてはオリンピックそのものが批判の対象となりかねないと判断したのでしょう。
 実際、その後ニューヨークタイムスは、古典ギリシャ時代へのオリンピック回帰論やオリンピック廃止論のコラムを掲載しています。
 そこで、それぞれのコラムの概要をご紹介することにしましょう。

3 オリンピック見直し論

 (1)古典ギリシャ時代へのオリンピック回帰論

 古典ギリシャ時代に4年に一度開催された全ギリシャ競技会がらみの不祥事をざっと眺めてみよう。
 ペロポネソス戦争中のBC420年には、スパルタの参加が禁じられた。
 そのスパルタは、BC400年に、競技会開催中は休戦しなければならないのに戦闘を行ったため、多額の罰金を科された。
 BC388年には、リシアス(Lysias)という男が、競技会を観戦しにきていたシラクサ(Syracuse)の僣主ディオニシオス(Dionysios)を攻撃する演説を行い、観客達がこの僣主の天幕を襲うというさわぎが起こった。
 BC380年には、アテネの選手の1人が賄賂をもらったことでつかまったところ、アテネが競技会をボイコットした。
 BC364年には、競技会の会場を観衆達の目の前で兵士達が襲った。ずっとこの競技会の開催を担当してきたエリア(Elia)に代わり、この年は近くのピサ(Pisa)が開催したことに怒ったエリアとその同盟ポリスのアルカディア(Arcadia)とが語らっての仕業だった。戦闘はゼウスの神殿内でも行われた。エリアは結局退却したのだが、次回の競技会から再びエリアが開催することになった。

 しかし、こういったことは例外であって、古典ギリシャにおけるオリンピックは、少なくともBC776年以前には行われており、4年ごとにAD393年にローマ帝国のテオドシウス(Theodosius)帝が中止を決めるまで1,000年以上にわたって基本的に平和裏に続いた。
 これに対し、近代オリンピックは1896年に始まったばかりだと言うのに、既に1916、1940、1944年と戦争のために3回も中止されている。
 近代オリンピックは何かが間違っている。
 かつてのオリンピックは、一貫して同じギリシャの僻地であるオリンピアで、しかも(BC364年を除き)一貫して弱小ポリスたるエリアが主催者となって執り行われた。
 われわれのオリンピックもこれにならって、太平洋のサモア共和国あたりで常に開催することにするのがよいのではないか。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2008/04/12/opinion/12perrottet.html?ref=opinion&pagewanted=print
(4月12日アクセス)による。)

 (2)オリンピック廃止論

 フランスのクーベルタン男爵(Baron Pierre de Coubertin)は、スポーツを天職、宗教と見た。そしてオリンピックを提唱し、それが道徳を増進し高めると考えた。
 しかし、1968年にはオリンピックが始まる10日前にメキシトシティーで、数千人の学生デモ隊に対して軍隊が発砲し、200名から300名が死亡した。いわゆるトラテロルコ虐殺事件(Tlatelolco massacre)だ。
 1972年には、親パレスティナグループである「黒い9月」がイスラエルの選手達をミュンヘンのオリンピック村で人質にとり、11名が死んだ。
 1976年には東ドイツの女子水泳チームが全部で13個中11個の金メダルをとったが、後にこれはステロイド漬けの産物であることが明らかになった。(この薬物漬けの問題は現在更に深刻になっている。)
 1980年のモスクワでのオリンピックは、ソ連のアフガニスタン侵攻に抗議して約60か国が参加を取りやめた。
 1984年のロサンゼルス大会はオリンピックが完全に商業化した最初の大会となった。
 1988年のソウル大会では、オリンピック施設建設のために72万人の住民が移転を余儀なくされた。
 2004年のアテネ大会ではオリンピック経費にGDPの5%が投じられた。
 以上はほんの一部だが、要するにクーベルタンの目論見は完全に失敗したということだ。生きていれば、彼自身がそのことを認めるだろう。
 オリンピックなど止めるべきなのだ。
 種目別の世界大会がばらばらに開催されればそれでよいではないか。
 止めさせるのは簡単だ。
 米国が参加を止めれば、オリンピックを支えているスポンサーの多くは米国企業であることから、莫大な放送権料を支払っている米国のTV局を含め、米国企業がオリンピックから撤退すれば、確実にオリンピックは自然消滅することだろう。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2008/04/13/opinion/13bissinger.html?ref=opinion&pagewanted=print 
(4月13日アクセス)による。)

4 終わりに

 推定150万人が移転させられ、大気汚染で選手達を生命の危険に怯えさせ、カネにまかせてひたすら人権抑圧国中共の国威発揚に利用されようとしている北京オリンピックを見ていると、私自身、オリンピックに疑問を感じざるをえません。
 北京の次は2012年の(2度目の)ロンドンでのオリンピックですが、果たして次回までオリンピックは持ちこたえられるのか、という懸念さえ覚える今日この頃です。
 (蛇足ながら、1度目のロンドン大会における、開催のいきさつや英米の険悪な関係の話は実に面白い。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%83%89%E3%83%B3%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%83%94%E3%83%83%E3%82%AF_(1908%E5%B9%B4)
をぜひご覧あれ。)