太田述正コラム#2538(2008.5.10)
<皆さんとディスカッション(続x134)>

<読者MN>

 先生、僕如きが苦言などおこがましいのですが

≫「たかじん」をご覧になって有料購読を始めた方々のうち、どれだけが継続していただけるか、心配しています。 コラムで分かりにくいところがあったら、遠慮なくご質問をお寄せください。≪(太田。コラム#2536)
 
 「テレビご出演の太田先生」がきっかけになったという人は、コラムに接していて多いと考えます。
 テレビはそのきっかけづくり、でしょう。
 なんのきっかけでしょうか?それはやはり、より切磋琢磨したいという思いではないでしょうか。
 ご心配はお察しいたしますが、上記の文面では先生のご疑念が透けて見えてしまうように思えます。
 読者は先生が賢いことなど百も承知です。だからお金まで払って、従来の「経済リポート」などと違い、エビデンス(主に紙。CDROMでさえない)が残らない、まさにオンリーソフトウ ェアであるメルマガに、年間10000円も支払うのです。
 多くの読者は先生ほど記憶力も読解力もないと考えます。少なくとも僕はそうです。
 質問君、教えてちゃんはみなそうでしょう。僕はそうであることを恥じたりはしません。
 (先生のメルマガの内容を小脳や脊髄反射で理解できる人間など想像もつきません)
 今日日のテレビが怪しいことなど、テレビ自体で言っているわけですから(あるある事件など)テレビがきっかけで購読を始めた読者はそれも百も承知でしょう。
 上記引用コメントで多くが鼻白むこと請け合いです。
 上記文面は先生がTVにご出演なさった勇気と矛盾します。
 賢者の陥穽かもしれませんが、我々馬鹿には馬鹿なりの矜持があることをお忘れなきよう、若輩の老婆心です がご忠告申し上げます。
 非礼の段は平にご容赦ください。
 ただただ先生と貴メルマガのご発展を祈ってのこと、ご理解いただけるものと信じております。

<太田>

 MNさんは、このコラムが一部有料化した2年前から、有料購読をされておられるわけですが、「たかじん」読者の気持ちを忖度したメール、ありがとうございました。
 しかし、そんな風に受け取られた読者がおられたとすれば、誤解です。
 きっかけは何であれ、有料会員になっていただくのはありがたいことです。
 しかし、バックナンバー付であることを考えると一回目の5,000円はそう高くはないかもしれないものの、継続購読するのは躊躇される方が出てくることは大いに考えられるわけで、「たかじん」によって有料会員が一挙に増えたがゆえに心配なのですよ。
 「コラムで分かりにくいところがあったら、遠慮なくご質問をお寄せください。」と書いたのも、質問していただくことで、私の説明不足が分かったり、刺激を受けたりするので歓迎します、という趣旨であり、他意はありません。

<sophy>

≫なんぼ高級だか知らないが、一私企業に過ぎぬ船場吉兆の偽装をことさらにとりあげて何が楽しいんでしょうか。≪(読者MN。コラム#2536)

 船場吉兆は、関西では一流の料亭として名が知られていました。

 一流とは、
 店格(みせの格)が一流であること。すなわち、ストアロイヤリティが同業他社(他店)より、高い。
 品格(しな格)が、一流であること。商品やサービスが、他社(他店)と比べて、鮮度、味覚、材料など圧倒的に差別化されて優れていること。
 人格が一流であること。一流の人格の持ち主であってこそ、一流のサービスが提供できる。

 これら、店格、品格、人格は船場吉兆に対する顧客の期待であって、偽装問題は、顧客の期待を著しく裏切る行為だったのです。
 高級店=金持ちが行く店、の方程式は10年以上前には崩壊していて、ファッションアパレルであっても、高級店を支えている主な顧客は大衆です。料亭の船場吉兆も同じであり、価格が高いから、→金持ちしか行かないとする発想が古いのです。
 「野良仕事 弁当箱は、ルィビトン」の、弁当箱に使われているルィビトンのバッグは、20万円はするでしょう。
 高級店の定義がわからないのですが、仮に、一流といわれている店と簡単に解釈すれば、顧客満足度は100&に近くないとならないのです。

 顧客満足度=1−顧客不満足度

 この方程式は、政治にも使えます。福田内閣の支持率を問うのではなく、満足しているか?否か?を問えば良いのです。

<遠江人>

 --太田コラムの初心に戻って--

 「日本は米国の属国であり、外交・安全保障の基本を米国にぶんなげているので、本来の仕事をやらせてもらえない外務・防衛両省から退廃・腐敗が始まり、深刻化し、それが全省庁に波及している状況だということです。
 社会保険庁のことを思い出してください。
 国会議員も(地方議員と異なるところの)本来の仕事に携われないので退廃・腐敗しがちです。
 国家の存立や大勢の人間の生死に関わる仕事に携わっていれば、人間自ずから粛然とするものなのですがね・・。
 その退廃・腐敗の程度は、1955年以降、基本的に常に政権の座にあった自民党の国会議員が最も深刻です。
 そもそも権力は退廃・腐敗するものですが、恒久的権力であれば、絶対的に退廃・腐敗するのは当たり前です。
 このように官僚や政治家が退廃・腐敗しているので、政府に関わりの深い業界・業者も退廃・腐敗するに至っています。
 そして、この政・官・業が三位一体的癒着構造の下にあるのです。
 主要マスコミも記者クラブ制度等により、この癒着構造の一端を担っています。
 癒着構造における最大の問題は、官の業への天下りです。
 自分の能力・知識・経験だけで再就職できる官僚なんて100人に1人いるかどうかです。残りの人は実質的な仕事をせずに膨大なヤミ年金をもらっています。
 その原資は、官庁が、購入する財・サービスの価格を水増ししたり、規制を手加減したりして捻出されています。
 そして、この天下りシステムのいわばみかじめ料を政治資金等の形で政治家がせしめている。
 これが日本が抱える最大の問題です。」

 以上はコラム#2213からの抜粋ですが、太田さんが当初からコラムで主張してこられたことを凝縮したような内容になっていると思います。
 日本が戦後、吉田ドクトリンなる(外交・安全保障をアメリカに丸投げして自ら自立性の放棄(=属国化)をするという世にも稀な)国家戦略を取ったために、政治家、官僚、企業、マスコミは、堕落、矮小化、精神の弛緩等々、深刻な状況に陥ってしまっているというわけです。
 このことを前提として考えるならば、戦後吉田ドクトリンを国家戦略として採用し現在に至るもそれを何ら変えてこなかった政治家と、その国家戦略を望み支え続けてきた官・業+マスコミこそ諸悪の根源といえるものであり、その政・官・業+マスコミを変えることが戦後日本の病理を解消し日本を真の自立に導くことである、と言えるかもしれません。
 しかし結局のところ、本当に諸悪の根源というべきもの、そういう状況を望んできた(望んでいる)のは、やはり国民でしかないように思います。なぜなら政・官・業+マスコミの範疇に含まれない「国民」には、どう言い訳しようと選挙権というものが存在するし(政府は国民のレベルを超えることはできないといいます)、マスコミの報道も国民が望んでいることを先回りして提供しているに過ぎないといえると思うからです。
 つまり吉田ドクトリンを破棄して日本が真に独立するという現実的な命題以上に、日本人自身が日本「国民」とはどういう人々なのかを正しく理解することが肝要なのではないでしょうか。日本人が潜在的に持っている病理(?)を正しく理解せずに吉田ドクトリンだけ破棄しても、またいつ同じことを繰り返すか分からないし、吉田ドクトリンとは違った形の日本人特有の病理が出てくるだけのような気がします。(主体性を放棄した戦後の日本人が、自分自身についてまともな自己分析などできていないのは言うまでもありません)
 それゆえ日本の「国民」について考えるとき、太田さんの縄文・弥生モード論が大変有効な分析手段になるわけですが、もう一つの分析手段としては、やはり日本以外の国の「国民」、つまり属国化という戦略を取っていない国の「国民」と対比をするということが、単純で有効な分析手段となるのではないでしょうか。
 アングロサクソン論や日本人論については海外からの投稿が、縄文・弥生モード論については国内・海外問わず各自の意見や論考の投稿が、太田コラムひいては(大げさに言えば)日本や世界に貢献することに繋がるように思います。
 一太田コラム読者として太田さんとともに日本を変える変革者たらんとするのなら、日本人ひいては自分自身を正しく理解することに繋がる論理(アングロサクソン論、縄文・弥生モード論)に対して、自分なりの意見や分析や批判(結論だけの意見はもちろん論外)を投稿することが、なにより肝要なことではないかと改めて思いました。

<太田>

 sophyさん、遠江人さん、太田コラムへのご貢献、ありがとうございます。
 料亭が淘汰されるように政党だって淘汰されなければならないのに、日本は、国民は顧客としては厳しいのに有権者としては甘い、というおかしな国ですね。
 最近ようやく、自民党を中核とする政・官・業(+マスコミ)の三位一体的癒着に伴う構造的腐敗に有権者が怒りだし、自民党が権力の座から引きずり下ろされる可能性が高まったことは、慶賀の至りです。
 しかし、仮に政権交代が実現したとしても、有権者の大半が安全保障味覚音痴にとどまっている限りは、戦後日本の腐敗の根本的な原因を除去することはできないわけであり、まだまだ気が遠くなるほど道は遠いと言わざるをえません。
 有権者の意識改革に向けて、皆さんと手を携え、引き続き努力していきたいと考えています。


<CatSit1>

 コラム#2465「先の大戦正戦論から脱する米国?(続)(その2)」に対し、

≫勿論リベンジの準備中には,相手に油断させておく方が良いとも言えますが。≪(ケンスケ2。コラム#2534)

という声がありました。

 英米へのリベンジとはココロをくすぐられる言葉ではありますが、ではリベンジして何を手に入れたいかと冷静に考えると正直悩みます。
 少し考えれば日本人は米中露+朝鮮人に関わるのがホントーに嫌なのです。
 日本人の願いは他民族の支配ではなく再び鎖国したい、ではないでしょうか。

<太田>

 開国は、リベンジとか他民族の支配のためではなく、グローバル化した21世紀において日本が生き抜いて行くために避けて通れないことなのです。
 そのためには、日本は、これまで繰り返してきた縄文モードと弥生モードのサイクルを「弁証法的に止揚」させる、すなわち、平和・自然との共生・人間主義をコアとする縄文的価値観を維持しつつ、この価値観を世界に普及させるくらいの意気込みを持って、アングロサクソンと手を携える形での日本の弥生化、すなわち日本の開国、を実現しなければならないと私は考えています。
 口幅ったいけれど、私が日本に係る歴史の見直しを行っているのも、現在の日本の構造的腐敗を追及しているのも、上記のような意味での開国に向けて、日本人の意識改革を促すためです。
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太田述正コラム#2539(2008.5.10)
<ミヤンマーに人道的介入?(その1)>

→非公開