太田述正コラム#2511(2008.4.27)
<皆さんとディスカッション(続x123)>

<コバ>

 竹中氏を評価してた太田さんのコラムがあったような・・。気のせいかも?(コラム#2508参照)

<太田>

 確かに「竹中氏を政治家の範疇に入れてよいか議論のあるところでしょうが、本件に関する日経ネットPlusへの以下の寄稿を見る限り、私は彼を高い見識を持った政治家であると評価すべきであると思います。」と以前(コラム#2015で)記したことがあります。
 これは、あくまでも小池防衛大臣と守屋防衛事務次官(いずれも当時)の間のドタバタ劇についての竹中氏のスタンスに関する評価です。
 それはそれとして、私は、竹中氏が小泉氏の下で大臣として、小泉「改革」の旗振り役を務めたことは全く支持できない、ということです。

<大阪の川にゃ>

 コラム#1262「キッシンジャーの謎(その1)」を読みました。
 ベトナム戦争の停戦という「形作り」のためにキッシンジャーが暗躍したようですね。ここで質問です。お立場上お答えできる範囲でかまいませんので、よろしくお願いします。

1、そもそも、北ベトナムが米国に勝利できた要因は何でしょうか。
  中ソからの支援という要因以外に、トンネルを張り巡らせたことと、中途半端な距離をとらずに接近戦を挑んだこと、でしょうか。つまり、硫黄島の経験を生かしたのでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A1%AB%E9%BB%84%E5%B3%B6%E3%81%AE%E6%88%A6%E3%81%84
2、米軍がハノイ打通作戦をしなかった理由は何でしょうか。
 ソ連が欧州正面で事を起こすことを怖れたからでしょうか。それとも、最終的にはこの戦争で6万の死者をだした米軍の損害が、さらに増えて10万単位になることが予想されたからでしょうか。
 米軍が中越国境に迫ると、チャイナの直接的な介入を招くからでしょうか。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%99%E3%83%88%E3%83%8A%E3%83%A0%E6%88%A6%E4%BA%89#.E6.90.8D.E5.A4.B1

<太田>

 最初のご質問については、「米国が勝利を自らドブに捨ててしまったのはどうしてでしょうか」と言い換えていただきたいですね。
 お答えのカギは北ベトナムによるいわゆるテト攻勢にあります。
 コラム#1536、1538、及び1579をご覧下さい。(コラム#1539、1564、2110もよろしければどうぞ。)
 後の方のご質問ですが、人民解放軍はベトナム戦争に参戦していた、という事実を申し上げれば、お答えは明らかですよね。
 米国による北爆が始まった1965年から(キッシンジャー訪中の前年である)1970年にかけて、中共は、対空部隊と工兵部隊からなる人民解放軍延べ32万人を北ベトナムに派遣していたのです。(ピーク時は1967年で17万人)(
http://en.wikipedia.org/wiki/Vietnam_War
http://www.globalsecurity.org/military/ops/vietnam.htm
。4月27日アクセス)
 つまり、米国が地上部隊を北ベトナムに侵攻させるということは、ほぼ自動的に人民解放軍との地上戦を意味したわけです。

<遅ればせながら>

 コラム#1682「慰安婦問題で日本人に訴える」を読みました。
 以前、あるブログの従軍慰安婦の記事について質問して、左翼系の大学準教授らしい著者に罵倒されたことがあります。左右の対立が激しい問題のようです。
 客観的(と思われる)本を読むと、ほとんどの慰安婦は、募集、営業等は御用業者がやっていたことに間違いないと思います。
 ただ、戦争拡大時に、慰安婦の需要が増して募集に苦労したようなので、朝鮮や中国の女性の中に、(営業トークではなくて)本当にだまされたり、業者に半強制的に連れてこられた人が多少いてもおかしくないと思います。
 また、(慰安婦に含めてよいかわかりませんが、)捕虜や敵性住民などを性的奴隷にする例がまったくなかったとはいいきれないと思います。
 大部分の慰安婦は、(貧困等が理由でいやいやながらも)自分の意思で仕事をしたのでしょうが、御用業者の強制や一部軍人の腐敗がまったくなかったと言い切るのは、逆に、日本人の立場を悪くすると思います。

<太田>

 すべておっしゃる通りですよ。
 慰安婦問題については、過去のコラムで数え切れないくらい取り上げており、それら全部にお目を通されるまでもなく、ご懸念があたらないことがお分かりいただけると思います。

<遅ればせながら>

 コラム#1412「重村智計氏の本(その1)」を読みました。
 日本の防衛計画も、アメリカの了解、示唆の下で決められるのでしょうか。
 以前、大学の国際政治の講義で「防衛計画(どのレベルのものかは忘れました)を日本が決めてから、アメリカに知らせる」と言っていたので、授業後、「逆じゃないですか」と質問したところ、実に不思議そうな顔をして否定されました。これには、質問した私のほうが驚きました。
 まあ、形式的には日本の計画が先になるんだろうと思いますが。
 ・・・
 すみません。舌足らずだったので補足します。
 講義内容は「自衛隊の防衛計画を決めてから、(記憶が定かではありませんが、たしか)在日米軍の計画を決める」というものだったかもしれません。
 私は逆だろうと思いますので。

<太田>

 すべて間違いです。
 日本の防衛計画(作戦計画)も米軍の作戦計画も、日米それぞれが、互いに調整することなくつくります。つくったものを相手に提供することもありません。
 互いに調整しながらつくるのは、日米共同作戦計画だけです。

<遅ればせながら>

 コラム#1039「アーロン収容所」再読(その5)」を読みました。
 「アーロン収容所」に個人的、局所的な経験や思い込みに基づく誤解が多く含まれているのではないかというご指摘は正しいと思います(私もなんとなく気になっていました)。
 でも、著者が間違ったことをしているから、自分も同じ間違いをして良いというのは強弁が過ぎるように思います。
 相手が挙げている例が特殊だと証明するには、自分が別の特殊な例をあげるのでは足りず、普遍的な例を示してそれと比較しないといけないと思います。
 他の記事も拝見して、現実を非常に的確にとらえておられる方だと感心しておりましたが、負け惜しみが過ぎると、他の記事の信頼性まで疑わしくなってしまいます。

<太田>

 「特殊な場所・時代・環境<での>2、3の経験で」一般論を結論的に「断定するのは思いこみ」であり、非科学的だ」(コラム#1039)というのが私の会田批判の核心ですが、会田が一般論として述べたことを、それがあてはまらない一例を挙げて論駁することのどこがおかしいのでしょうか。

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 軍事はつまらないメーリングリストしかないので困っていました。視点が具体的で参考になります。
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太田述正コラム#2512(2008.4.27)
<ロシアの体制(続)>

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