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太田述正コラム#2116(2007.10.10)
<魔女狩り(その2)>(2008.4.22公開)

3 最後の魔女狩り

 正式の裁判で行われた魔女狩りによる処刑の最後のケースは1782年にスイスの片田舎の町で起こりました。
 犠牲者はアンナ・ゲルディ(Anna Goeldi)という女中です。
 妻帯して娘もいた、彼女の雇用主の男は金持ちの政治家であり裁判官でした。
 彼がアンナを首にした時、彼女が、彼と関係があったことをばらすと口走り、ばらされると姦通罪ということになり、公職から追放されることを懼れた彼は、アンナは自分の娘を呪詛した魔女であると訴え出ます。
 そして友人や親戚である神父や裁判官に手をまわし、アンナを拷問にかけて魔女であることを告白させた上で、彼女を町の広場での公開の首切り刑に処すのです。
 判決言い渡しの直前、さすがに外聞をはばかった裁判官は、アンナが上記の娘を毒殺しようとしたとメーキングをした判決文に差し替えたのですが、裁判所の書記が差し替え前の判決文をドイツの新聞社に送り、この事件が記事になったため、スイスではまだ魔女裁判をやっているのかと非難の嵐が欧州中で沸き上がり、この非難の輪に加わったジャーナリスト何名かが起訴される、という騒ぎになりました。
 
 さて、この事件の起こった町の州(カントン)を代表する国会議員が、現在、アンナの名誉回復決議をスイスの国会で行わせようとしています。
 しかし、既に歴史の中でアンナの話の真実は明らかになっているとか、もう昔の話しだとか、昔の人がやったことに今日の人々が責任を問われるのはおかしい、といった声が多く、名誉回復決議が成立する可能性はなさそうです。

 スイスは、先の大戦中にユダヤ人難民を入国させなかったことについて謝罪するのを拒み続けた挙げ句、国際的圧力が余りに高まったため、1990年代の終わりにようやく公式の謝罪を行った国です。
 そもそも、欧州文明というのは、こういった謝罪を極力行おうとはしない文明なのです。

 (以上、
http://news.bbc.co.uk/2/hi/programmes/from_our_own_correspondent/7003128.stm
(9月21日アクセス)、
http://www.telegraph.co.uk/news/main.jhtml?xml=/news/2007/07/01/witch101.xml
http://www.ronaldbrucemeyer.com/rants/0617almanac.htm
(どちらも10月10日アクセス)による。)

4 終わりに

 魔女狩りは、ざっくり申し上げれば、中世のカトリック教会が生み出したものです。
 つまり、私の言うところのプロト欧州文明の産物なのです。
 まず、カトリック教会が科学を弾圧したことが、魔女狩りの下地をつくりました。
 事態を悪化させたのが、1437年と1445年における、法王エウゲニウス4世(Eugene4)による魔女の迫害を熱心に勧める教書の発出です。
 更に、1484年には、法王インノケンティウス8世(Innocent8)が『いちばん望むものについて(Summis desiderantes)』という教書を発出し、魔女狩りに反対する者は異端者であるとし、「魔女を生かしておいてはならぬ」(Exodus 22:18)という旧約聖書の既述を引用して、魔女狩りの手引き書の作成を促しました。
 その結果、『魔女糾問(Malleus Maleficarum=Witch-Hammer)』なる魔女狩りの手引き書ができあがるのです。
 (以上、
http://www.ronaldbrucemeyer.com/rants/0617almanac.htm
上掲による。)

 アングロサクソンは、イギリス国王のアセルスタン(Athelstan。924〜999年)が制定した魔女狩り禁止法が示すように、本来魔女狩りとは無縁でした。
 ところが、欧州の魔女狩りヒステリーがドーバー海峡を渡り、また、スコットランドから陸続きにイギリスに伝染し、欧州諸国ほどではないけれど、イギリスでも魔女狩りが行われるに至るのです。
 そして、既に見たように、それは英領北米植民地にまで持ち込まれるわけです。
 それでも、イギリスでは魔女狩り裁判による処刑は1716年打ち止めになります。
 (以上、
http://en.wikipedia.org/wiki/Witch_hunt
前掲による。)

 しかし、欧州では、上述のように1782年になってようやく打ち止めになったのです。

(完)

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