太田述正コラム#2426(2008.3.16)
<健在なり朝鮮日報>(2008.4.18公開)

1 始めに

 朝鮮日報が親日的であることについては、朝鮮日報という言葉がタイトルに入っているコラム#1160、1206〜1268、1239、1378、1455、1793で強調してきたところですが、今回のコラムも趣旨は同じです。

2 安重根を顕彰する朝鮮日報

 「今年創刊88周年を迎えた本紙は、安重根(アン・ジュングン)が伊藤博文を暗殺してから来年で、また処刑されてから再来年で100年を迎えるのを前に、安重根記念館の改築など、さまざまな記念事業を進める計画を打ち出した。」(
http://www.chosunonline.com/article/20080316000007
。3月16日アクセス)

 このどこが朝鮮日報が親日的なんだ、という声が聞こえそうですね。
 それではそこのところを、ご説明しましょう。
 
 「1909年10月26日午前9時30分、中国のハルビン駅構内に3発の銃声が響き渡った。日本の初代内閣総理大臣にして初代韓国統監を務めた、68歳の老獪な政治家・伊藤博文が、その場に倒れ込んだ。駅舎の中で大きく鳴り響いていたロシア儀仗隊の軍楽や、歓迎する人々の歓声は、一瞬で消え去った。当時、乙巳勒約(ろくやく)=第2次日韓協約=の締結を強制し大韓帝国の外交権を剥奪した伊藤博文は、ロシアの財務長官と会談を行うため、特別列車で到着したばかりだった。事件の主人公は、「大韓国人」安重根(アン・ジュングン)。彼が撃った3発の銃弾は伊藤博文の胸と脇、そして腹を貫き、伊藤博文は30分後に死亡した。」(
http://www.chosunonline.com/article/20080309000008
。3月9日アクセス)

 どうです。
 「ロシア儀仗隊の軍楽」だとか、「ロシアの財務長官と会談を行うため、 特別列車で到着したばかり」とか、清の領内で我が物顔に振る舞っているロシアに言及することで、当時の朝鮮半島が、北東アジアの厳しい国際環境の下にあった事実を教えようとする意図がミエミエだと思いませんか。
 それ以上に興味深いのは次のくだりです。

 「安重根が高く評価される理由は、韓国強制占有の元凶・伊藤博文を狙撃した義士だからではない。彼は、究極の平和主義者だった。1908年に独立軍「大韓義軍」を組織した安重根は、日本軍と戦闘を交え、日本軍の兵士4人を生け捕りにした。安重根は「万国公法に、生け捕った敵兵を殺せと記す法はない」として、 兵士たちを釈放した。彼は「弱きを以て強きを破り、善きを以て悪しきを破る」という自らの信念を語った。安重根は『東洋平和論』で、「日本が東洋の平和を実現し自尊する道は、韓国の国権を返還し、満州と中国に対する野望を捨てることだ」と記した。韓・中・日3国が独立を維持しつつ協力することでのみ東洋の平和が実現する、という彼の思想は、最近活発に議論されている「東アジア共同体論」にも多くの示唆を与える。1910年3月26日午前10時、旅順監獄で死刑が執行された。安重根は、刑場に向かう直前、筆を取り「為国献身/軍人本分」(国のため献身することは軍人の本分である)と書いた。「わたしは東洋平和のためにやったのであり、わたしが死んだ後も、韓日両国が東洋平和のため互いに協力してくれることを望む」。わずか31歳という若さでこの世を去った安重根義士の遺言だ。慶熙大の許東賢(ホ・ドンヒョン)教授(韓国近代史)は「彼は民族国家の誕生を夢見た人物であり、その一方で東洋の平和を唱えた脱民族主義の先駆者でもあった」と語った。」(
http://www.chosunonline.com/article/20080309000009
3月9日アクセス)

 実は、安重根の抱いていたこのような考えは、安自身は気付いていなかったのでしょうが、伊藤博文の考えとほとんど同じだったのです(コラム#28、272、2042)。
 そのような伊藤の考えの実現を不可能にしたのは、当時の支那や朝鮮半島の指導者達の頑迷固陋さでした。
 朝鮮日報は喉まで出かかっていてもさすがにそこまで踏み込んで記していませんが、同紙は、安重根が民族主義(ナショナリズム)を超越した人物であることを強調することで、彼を民族の英雄とだけ見て矮小化しないように韓国の人々に呼びかけているのです。
 もっとも、朝鮮日報が心配するには及ばないのかもしれません。

 「ハルビン市安升街にある朝鮮民族芸術館の1階には、06年7月にオープンした安重根記念館がある。広さ500平方メートルの同記念館は、安重根の胸像や手形、写真など300点余りの資料を展示している。これまでに李寿成(イ・スソン)元首相や女優イ・ヨンエをはじめ、7000人余りの韓国人がここ を訪れた。だが、徐鶴東館長は「オープン当初から比べると、韓国人の入場者は予想よりもはるかに少ない」と嘆いている。」(
http://www.chosunonline.com/article/20080316000008
。3月16日アクセス)

というくだりからも、韓国の人々が急速に民族主義を克服しつつある・・忘れ去りつつある?・・ことが窺えるからです。(コラム#2040、2042、2045、2047、2049参照)

3 中共を批判する朝鮮日報

 その一方で、朝鮮日報は中共を批判する思い切った論説を掲載しました。

 「中国外務省の官僚の態度は最近見るに堪えない。中国外務省の秦剛副報道局長が11日、中国の人権状況を一貫して告発してきた米ヒューマン・ライツ・ウォッチに対し、「斜視と白内障を患っている上、色眼鏡をかけている」などと聞き苦しい言葉を浴びせたこと<は、>・・傲慢さから出たものだ。中国の経済力と国力が向上したという自信感がごう慢さに化け、100人を超える外国人記者が集まった記者会見場でそんな言葉を並べたのだ。秦剛副報道局長は、中国が知的財産権を守らないという米国人記者の質問に対し、「それならば米国は紙、火薬、羅針盤、印刷術という中国の四大発明品に対する知的財産権の使用料を支払え」と話にならない発言をして、外国人記者をあきれさせたことがある。・・北京の人民大会堂で12日、記者会見を開いた楊潔チ外相もひどい傲慢症にかかっているようだ。現在開かれている全国人民代表大会(全人代、国会に相当)で発足する新指導部の外交政策を説明した楊外相は唐突に「中国語は世界で最も習いやすい言語だ。そうでなければ13億人もの人々が中国語を話している現象を説明できない」と話した。外国記者を笑わせるつもりだったのだろうが、誰も笑えなかった。・・<また、>北京五輪に出場を予定している多くの外国人選手が北京の大気汚染を問題として取り上げていることについて、楊外相は「多くの 中国人選手が北京の競技場で世界記録を破っていることを忘れないでほしい」と言ったかと思うと、「他の国で新記録が出ないならば、北京に来て試してみることを勧める」とまで言ってのけた。北京五輪の開催年に当たる中国で飛行機に乗ってテロに遭う心配はないかという英紙記者の質問に対しても、楊外相は「中国は世界で最も安全な国だ。信じられないならば中国による英国や米国の大使に聞いてみてほしい。間違いなく中国は安全な国だと言うはずだ」と続けた。駐中国大使を6年務めた金夏中(キム・ハジュン)統一部長官は、大使時代の著書『台頭する竜・中国』で、「隋の煬帝の高句麗侵攻は誇示欲の強さに よるものだったし、唐の太宗も傲慢な性格のために韓半島(朝鮮半島)を攻撃したがうまくいかなかった。自らを過信したことが清朝の没落を招いた」と書いた。歴史的に中国が傲慢になり始めた時期には、韓半島に住む人々は注意が必要だという指摘だった。中国外務省の官僚には謙虚さを求めたい。」(
http://www.chosunonline.com/article/20080315000038
http://www.chosunonline.com/article/20080315000039
。どちらも3月15日アクセス)

4 終わりに

 いかがでしたか。
 こういった記事を総合的に見れば、朝鮮日報が親日的であることがお分かりいただけるでしょう。