太田述正コラム#2481(2008.4.12)
<皆さんとディスカッション(続x110)>

<Ueyama>

≫彫刻家の作品に関して所有権を認めるのであれば、作曲家の作品についても著作権を認めるべきではありませんか? 近い将来には、彫刻だって完全な複製が機械的に制作できるようになるでしょうが、そうなれば、彫刻と曲の違いはなくなりますよね。それとも、複製に関しては、権利を認めるべきではない、というお考えですか?≪

 ちょっと違うけれど、おおむねその通りです。簡単に複製できる物の複製を禁止すべきではない、でしょうか。

≫そうなると、誰もオリジナルを金を出して買おうとする人はなくなり、≪

 どうしてそう思うのですが? もしオリジナルを(オリジナルの供給が充分な状態で)買う人が誰もいないとしたら、そのオリジナルとやらが不当に高いために誰もオリジナルを買おうとしないだけで、その値段が正当であれば、その向こう側にいる人間を思ったり、あるいは単に気分がいいというだけで、オリジナルの(報酬が正当に支払われる)ものを人は買うと思いますけどね。
 実際、ソフトウェアの不正コピーへの対策は、値段を下げることしかほとんど実質的な効果をあげない、といわれています(典拠失念)。
 逆に、それが効果をあげるということは、値段が正当だと感じ、それに意味があると思えば、人はオリジナルを買うということです。
 ソフトウェアはパーフェクトにオリジナルと同じ物を複製できますから、例としては適当でしょう。

→ソフトの不正コピーの正確な実態はもちろん分からないけど、国によって大きな差があることは分かっていますし、マイクロソフトなど不正コピー防止(2台までしか無償使用を認めない)に躍起になってますね。罰則を強化することを含め、不正コピー防止努力には「実質的な効果」があるからこそでしょ。(太田)

≫彫刻家も作曲家も餓死しちゃいますよね。≪

 ですから、充分にその産業は回るだろうと思います。
 まあ、確かに今よりはそれで飯が食える作曲家なんかは減ってしまうかもしれませんが、別にそれでかまわないと思いますけどね。
 そもそも、兼業彫刻家、兼業作曲家が素晴らしい作品をつくらないとは私は思いません。

→そんな例があったら挙げて下さい。プロの仕事ってそんな生やさしいものじゃありませんよ。(太田)

≫それに彫刻家だって作曲家だって、大部分の人は金がもらえればもらえるほど、制作意欲だって増すってもんじゃありませんか。≪

 そうかなあ。私は大金を手にして腐った作曲家がたくさんいる気がしますけど。
 本当に大部分の作曲家が、大金を稼げれば稼げるほど、意欲的に素晴らしい作品を書くでしょうか?
 あんまり(言うほどには)関係ないんじゃないの、というだけの話ですけど。

→カネの威力を甘く見てはいけません。言いたいことが言えなくなっても、仕事らしい仕事ができなくなっても、ヤミ年金をもらう・・天下りをする・・ことを選択する官僚ばかりじゃないですか。(太田)

≫公共財だって、道路や軍隊といった所有権的なものもあれば、「自由」なんて無体財産権的なものもあるけど、あなたは「自由」がお好きのようじゃないですか。≪

 ちょっとここは何を言わんとしているのかわかりませんでした。すいません。

≫形あるものと形なきものとを差別しちゃいけません。≪

 形があるかないかではなく、排他的かそうでないかで区別しているだけです。

→だから、「自由」だって排他性はないでしょう。(太田)

<ちんみ>

 ひとこと・・太田さん、司馬遼と吉村昭を一緒にしないで欲しいですね。
 司馬遼は、昔から(今もって)経営者たちのナンバーワン人気ですが、それは小説家として・・のことだけです。(たしかに面白いですが)
 小説家の業を自覚しているのはベーカーだけ・・といわんばかりの太田さん。
 何処をどうして そこまで言い切れるのか〜 私にはさっぱり〜理解できない。 
 (吉村昭作品は大きく分けて2種類あります。)

<太田>

 司馬遼太郎については、台湾前総統の李登輝や建築家の安藤忠雄ですら、単なる小説家としては見ていませんよ(
http://sankei.jp.msn.com/life/trend/080404/trd0804040824002-n1.htm
。4月6日アクセス)。
 だから困るのです。
 吉村さんの歴史小説については、大昔に2〜3冊読んだ程度であり、批判的な目で読んでいないので、評価は差し控えさせていただきます。

<読者SK>

 太田さま、コラム#2479でのご回答有り難うございます。

≫エリートが学校教育等を通じて教え込んだ史観が、大衆を対象にした世論調査では現れる、ということでしょう。私が着目しているのは、朝鮮日報の執筆陣というエリートの動向です。エリートの変化は、タイムラグを伴いつつ、早晩大衆の意識の変化となって現
れることでしょう。≪

 真意が理解できました。そうですね、そのように考える方が増えて来るでしょう。
 そのとき、韓国の対日本政策などがどのように変化するのか興味があります。
 朝日新聞などの主張の根本も崩れて来るでしょうが、そうなっても朝日新聞は報道しないのでしょうね。報道したとしても、ねじ曲げることでしょう。きっと。

≫朝鮮日報は連日のように、歴史認識の見直しを呼びかけるキャンペーン的記事を掲載しています。(一昨日付で言えば、
http://www.chosunonline.com/article/20080409000053  
(4月10日アクセス)。)≪

 以下のような記事も載ってます。驚きです。たしかに、一時の韓国からは考えられません。
「植民地時代、生活水準が向上した」
http://www.chosunonline.com/article/20080409000054

 このような記事を連日載せる朝鮮日報の執筆陣の目的は何なのでしょうか?
 政権が交代したので、このような記事を出せるようになったという背景もあるでしょうが、如何お思いでしょうか?
 数年後に米国が撤兵するのに合わせて、日本と関係の強化?

<太田>

 コラム#1160(2006.4.3)「朝鮮日報の「親」日戦略」で既に私は同じことを指摘しています。恐らくそれ以前から朝鮮日報はこの戦略を社を挙げて推進してきているはずです。
 思うに、これは韓国の大衆レベルにおける意識が、ホンネでは親日へと志向しつつある・・コラムもあるはずですが、すぐ#が出ません・・ことを嗅ぎ取ってのことでしょう。 一昨日付の朝鮮日報のコラム(
http://www.chosunonline.com/article/20080410000057
。4月11日アクセス)もすごいですよ。
 なお、私が朝鮮日報を引用する場合、記事が分割されている時は、最初の記事のURLだけを掲げることにしているのでご承知おき下さい。

<読者SK>

≫これに対し、中共は、ナショナリズム・イデオロギーに海外居住の反中国共産党・人権活動家すら毒されてる典型的なファシスト国家であり(
http://sankei.jp.msn.com/world/china/080408/chn0804082206004-n1.htm
。4月11日アクセス)、韓国との違いは歴然たるものがあります。≪

 この原因は何なのでしょうか? 記事通りの中華思想でしょうか?
 いずれにせよ、厄介な国ですね。この国は変わり様があるのでしょうか?
 もう、うんざりです。どこかに行って欲しいです。

<太田>

 単純なお答えするとすれば、中共のエリートが韓国のエリートのようにナショナリズム批判を含む、歴史認識の見直しを推進していないからです。
 しかし、それだけでは、ディアスポラのほとんどまでもが中共当局側に立つ理由が説明できません。
 歴代支那王朝が衰退した原因の多くは、特定宗教・宗派の勃興(元末の白蓮教や清末期の太平天国)であり、滅亡した原因の多くは少数民族の侵攻(モンゴルや女真族)であったところ、チベット人は、再興しつつあるチベット仏教をひっさげ、広大な領域に盤踞している少数民族であり、チベット人が声高に自己主張を始めると、世界中の漢人(完全に漢人に同化したかつての少数民族を含む)の目には、(その支配者が好きか嫌いかとは関わりなく、)支那「王朝」の一体性の危機至ると映り、反射的にチベット人、ひいてはその指導者たるダライ・ラマに強い反発を覚える、ということかもしれません。

<読者SK>

≫総講読者数は順調に伸びていますが、今月末で、「たかじん・・」効果で有料読者になった人々の第一陣が更新時期を迎えるので、「歩留まり」がどれくらいになるか、心配しています。ちなみに、ブログへの訪問者数は、1日1,200〜1,300名前後で推移しています。早く、講読者数と合わせて5,000名を超えて欲しいものです。≪

 私は継続します。色々なメールマガジンを読んできましたが一番です。
 実世界でこのメールマガジンのような話題が話されるのはほとんど皆無のように、メールマガジン読者およびブログでも同様な傾向にあるのではないでしょうか?
 刺激が強すぎるのも原因かもしれません。

<ししの>

 桜チャンネルみました。
 テンプレにすると

 他の人たち         視聴者
 「自衛隊は軍隊だ」    →「じゅあこのままでいいじゃん」
 「日本は独立国だ」    →「じゃあこのままでいいじゃん」
 「国民意識はかわってきた」→「じゃあ(略」
 太田さん
 「自衛隊は軍隊じゃない」 →「じゃあ軍隊にしなければ!」
 「日本は米国の属国だ」  →「じゃあ独立しなければ!」
 「なにもかわっちゃいない」→「じゃあかわらなければ!」

 となると思うんですよね。太田さんの意見の方が自然だなと思います。

<新規有料購読申込者>

 --経緯と動機--

 太田述正様を「たかじん」で始めて拝見いたしました。既にたかじんの方はどうでも良いのですけど、太田先生には、色々とバックナンバー等を読ませて頂いて私の知的好奇心を満たして頂きました。
 メールマガジンに申し込んだ動機はよりリアルな歴史、政治、哲学、経済等を学び楽しみたいと思ったからです。

 --太田先生への御伝言--

 是非ともこの閉塞的な日本を解放してください。この自由な発想をする土台や自由闊達や自主性を重んじる空気が無い状況は将来の憂いを残すことになると思いますので、、、
 --自己紹介--

 簡単に自己紹介を致します。現在28歳、xx大学商学部卒業、自営業の経理を頑張ってしています。大学時代は専らゲーム(既に飽きました。)をしつつ、色々と歴史の本ばかり読んでいました。自他共に認める歴史好きです。自らの歴史のマニアックさを遡れば、小学校4年生12歳くらいからずっと歴史に興味を持ち幅広く歴史を楽しんでいると、なぜかwiki的なリアリズム(武田信虎の一般的評価についての反証など)に行き着き、一般的に小説で書かれているような判官贔屓、美談な物語では好奇心を満たされなくなりました。そこになって太田先生のメールマガジンを楽しんでいました。またその影響で中国の哲学(老子法家を基軸としています。)も少々囓ってきました。
 とんでもなく責任感や志の無い人間とお思いになるかもしれませんが、歴史を知ると政治という魑魅魍魎の世界の怖さ奥深さ困難さなどを知り、また自分が置かれた地位(知力、胆力、学歴、性格、地位、運など)からでは恐らく一生を賭して政治に直接関わってもさして大きいことなど為し得ないだろうと思い、私のモットー(老子的哲学から)である 「名は実の賓(ひん)に基づき、余分な礼儀、儀礼、儀式、綺麗事などを世間からぬぐい去りあるがままのモノを見える状態にする。」ということを私の周囲からでもみんなに自然と学んでより幅広い人の哲学に影響を与えつつ一生を終えたいなと思っています。

私を
好きな本は 「老子 ; 金谷治 著」 です。
尊敬する人 「 蛮爵 後藤新平  」
座右の銘  「 道 」
 (本当は男爵、子爵とでも書けば良いのでしょうけど、蛮爵というユーモラスな爵位がすきで使っていす。)

28歳 男性 ○○
xx大学商学部卒業 自営業で二代目兄の裏で工作しつつなどしながら生活しています。

<太田>

 皆さん、エールを送っていただき、ありがとうございます。

<ツシマ>

 コラム#1893「3人の従兄弟達と第一次世界大戦」を読みました。
 今年は第一次大戦終結90周年ですね。日本はこの時は一応連合国側について地中海でドイツ・オーストリア軍と交戦して、連合国からはかなり感謝されたといいます。あまり知られていませんけど。
 サウンドオブミュージックにでてくるオーストリアのトラップ大佐は第一次大戦当時地中海で日本海軍将兵を殺傷してるんですよね。そんなことも知らずにミュージカルに無邪気に感動してる日本人て何なんですかね。
 確かにジョージ五世は名君だったといわれていますが、従兄弟のニコライ二世一家を見殺しにしたことなど釈然としないですね。ロシア革命が英国本土に飛び火するのを恐れていたというのなら、当時は僻地のカナダ、オーストラリアかニュージーランドや南アフリカにおとぼりが覚めるまで隔離して抑留しておいてもよかったと思うんですが。

<太田>

 http://en.wikipedia.org/wiki/Georg_Ritter_von_Trapp
を見たけど、「日本海軍将兵を殺傷」までは書いてありませんでした。
 すげえトリビアですね。
 なお、トラップは「大佐」ではなく「中佐=Kommandant=commander」では?
 それにしても、彼が北清事変において墺巡洋艦乗組員として活躍し、勲章までもらっていたとは驚きです。第一次世界大戦で大活躍し、ナイト爵に叙せられ、最後は米国で生涯を終えているのですね。
 トラップ一家が住んでいたザルツブルグは、私のピアノ短期留学の思い出の地でもあります。
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太田述正コラム#2482(2008.4.12)
<英サウディ不祥事(続)(その2)>

→非公開