太田述正コラム#2092(2007.9.28)
<朝鮮戦争をめぐって(その2)>(2008.3.29公開))

 (3)ニューヨークタイムス2

 「ハルバースタム氏は、ヘンリー・R・ルース(Henry R. Luce)を始めとするチャイナ・ロビーが及ぼした悪しき影響についても、歯に衣を着せぬ批判を行っている。彼らが蒋介石と国民党に無条件で支援を続けていたために、共産主義の支那と朝鮮における紛争に対して冷静な政策をとることが不可能になった、と。」

→そこまで言うなら、米国人の大部分がが蒋介石と国民党ロビーだけでなく、毛沢東と共産党ロビーでもあったため、支那における紛争に対して米国が冷静な政策をとることが不可能になった1930年代をどうしてくれる、と言いたくなります。

 (http://www.nytimes.com/2007/09/26/books/26grim.html?pagewanted=print
。9月27日アクセス)

 (4)ロサンゼルスタイムス

 「米国人数百万の頭の中に存在していた支那像は、米国と米国人が大好きな忠実で従順な農民で一杯、という幻想に満ちたものだった。
 
→そう。その裏返しが、米国と米国人を物とも思わぬ狡猾で好戦的なサムライで一杯、という幻想的な戦前の日本像だったことが問題なのです。

 (http://www.latimes.com/features/books/la-et-rutten25sep25,0,190081,print.story?coll=la-home-middleright
。9月26日アクセス)

 (5)スレート誌

 「<ハルバースタムは、マッカーサー(及びその幕僚であったやウィロビー(Charles Andrew Willoughby)やアーモンド(前出))だけを悪者にしているが、>それでは、物事の反面しか見ていないと言わざるをえない。・・マッカーサーが何をしでかすかを非常にはらはらして見守っていた連中だってマッカーサーと目標は共有していたし、マッカーサーが希望していたのと同様、彼らも大勝利を欲していた。ハルバースタムは、<朝鮮>戦争の際の反共ヒステリー・ムードが政権の選択肢を狭めてしまっていたと信じている。・・<トルーマン>大統領は閣僚達に、新しい権威と新しい資源を<マッカーサーに>与えてやらなければならないと述べた。「少なすぎるのと多すぎるのとどちらがよいかだが、マッカーサーは多すぎる方を与えられるべきだ」と。・・
 しかも、朝鮮半島を統一するという運命的な意志決定は、基本的に既に仁川上陸の前になされていたのであり、アチソン<国務長官>自身、その信奉者の一人だったのだ。・・
 マッカーサーが38度線を越えて北朝鮮に進撃する準備をしている時、個人的に電報を彼に送り、来るべき作戦においてマッカーサーは「基本的に自由にやってよい」と思ってくれてよいと大統領が考えている、と伝えたのはマーシャル<国防長官>だった。」

→その通り。米国の指導者達は、ほとんど全員国際情勢が分からず、とりわけアジアのことなど、皆目分からないのであって、マッカーサーはフィリピンにいた期間が長く、その上日本に5年もいたのですから、当時の米国の指導者達の中ではまだマシな方だったのでです。
 何と言っても、マッカーサーは、(恐らく朝鮮戦争が起こったことで)先の大戦が日本の自衛戦争であったことに気付く程度の国際情勢リテラシーはあったからです。(後で再び論じる。)

 (http://www.slate.com/id/2174591/
。9月25日アクセス)(注1)

 (注1)クリスチャン・サイエンスモニターにも書評が載っていた(
http://www.csmonitor.com/2007/0925/p13s02-bogn.htm
。9月25日アクセス)が、面白いのは、仁川上陸作戦を取り上げている箇所だけであり、ワシントンポストの書評と同じなので、省略する。

(続く)