太田述正コラム#2453(2008.3.29)
<皆さんとディスカッション(続x98)>

<読者MN>

 「遠江人」さんもほのめかしておられる(コラム#2451)ように思いますが、小生にもやや予定調和感が感じられます。鎌田先生の立ち位置が気になる・・・ぐおー行きたいなあ。行ってがっかりしてえなあ。いやそれでもいいんです。議論がなされるだけでもたいしたことです!!先生が折角ご出席になるトークライブが日本的各論賛成総論反対に堕すことなく、実り多きものとなるよう祈念いたしております。

<太田>

 全体もそうなのですが、第2部は、鎌田氏の金曜日社から出版される新著のPRを兼ねているようなので、議論もさることながら、第2部では、まずは氏のお話をじっくり伺いたいと思っています。

<読者MN>

 すでにお聞き及びかとは思いますが、『マルチチュード』研究で名高いネグリ氏の来日が中止になりました。
http://www.i-house.or.jp/jp/ProgramActivities/ushiba/index.htm
 先生の外務省慨嘆が聞こえてきそうですが、このニュースは又、先生がコラム#2451でご指摘になった

>「世界で戦争が放棄される趨勢にある・・戦争が国際的警察行動で取って 代わられつつある・・趨勢にある」ことと連動していると考えている、と申し上げておきましょう。
という部分と複雑にリンクしているように思えてならないのです。
 つまり先生がご指摘のような世界の趨勢から、日本をより蚊帳の外におく効果 がある、という意味においてです。

 私はフランス社会学の白眉といえばラカンよりヴィリリオを想起します。
 その一連の著作においてこれまで何度も軍事行動と警察行動の対比がなされて きました。
 たとえば、

 「・・かくして、国際連合は政治的に手酷く否認され、さらに、おそらくは近い将来、NATOの防衛的調整力もが否認された後、われわれは、新たなタイプの 調整、今度は攻撃的な調整の時代に突入するだろう。、《軍人》は、もはや、 人殺しの不良国家との「泥棒との憲兵ごっこ」に興ずるふりをやめ、《新世界秩序》の実効的運営に手こずる《政治家》の前に再び自らの場所を確保するだろう・・」(p18-19『幻滅への戦略 グローバル情報支配と警察化する戦争』 ポール・ヴィリリオ著、河村一郎訳、青土社、2000年)

 ナイン・イレヴンよりも前にものされたこの文章と、欧州がこたびのリスボン条約の実現によりEU軍創設に向けて動き出したことから類推しますと、NATO からEU軍への移行というものがもしあるとするならば、それが先生がご指摘に なった『戦争が国際的警察行動で取って代わられつつある』ことと時間空間的 に符合しているように思えてなりません。これが必然なのか、それとも『コンステレーション』なのかはわかりませんが、上記の《軍人》が戦いの対象としているところは以下のように示されています。

 「・・「人権」の名における戦争、人道的戦争の遂行を掲げるとなれば、敵との停戦交渉の余地は奪われる。敵が暴虐者、人類の敵である限り、総力戦、そして無条件降伏という極論以外の選択肢は残らない。それゆえ、お気づきの通り、この新たな戦争の論理は、その基盤にある宇宙航空戦略と同じく、国家地政学の思想家たちが排斥してきた「極限化」に」通じている。例えば、キャンプ・デイヴィッド合意直後の議会(クネセト)でシャロン将軍がイツハク・ラビンに浴びせた非難と、それに対する後者の応酬を思い出してみよう。「あなたはテロリストのアラファトと交渉した、恥ずべきことだ!」将軍はこう糾弾した。ラビンは「だが、親愛なる友よ、講和するには敵と交渉するしかないだろう!」と言い返し、イスラエル議会は爆笑に包まれた。「普遍的価値」が政治的領土に優先するという新事態には、それゆえ、同盟側の戦闘機にも似て素早く目立たない一つの捏造物が相伴う。「介入の義務」の教条主義を機に発動される、《世俗的聖戦》という捏造物である・・」 (p19-20上掲同書)

 また、軍事の警察化とパラレルに、以下のような興味深い記事もあります。 軍事の産業化(民営化)についての本山美彦教授(京大)の一連の著作と、手軽に読めるものとしてのウェブ発表論文です。この二本が特に示唆に富んでいますのでぜひご参照下さい。NATOと米軍の蜜月は、米軍が培ったノウハウを NATOを通じてEUに注入するためのものでもあったかと勘ぐりたくなります。
http://www3.ocn.ne.jp/~iewri/watching/200409/index.html
http://www3.ocn.ne.jp/~iewri/watching/20041112/index.html

 ヴィリリオ氏にせよ本山教授にせよ、技術の進歩という観点を片時も忘れることなく社会や経済を論じておられる点だけでも尊敬に値すると思っています。
 彼らの言を目立つ場、公の場において見ることが少ないと感じる個人的経験から、それらと180度ベクトルの異なる言説がわが国に多いということの証左でもあると考えます。
 実現不可能なイデオロギーは、その存在や主張は大いに認められるべきですが、それが主権者より付託された権力を有する実務機関に属する、あるいは影響を与える可能性がある人間に教条主義的に受け入れられ ることは避けられねばならないと信じております。

<太田>

 アントニオ・ネグリ(新聞記事で名前だけは存じ上げていました)、ポール・ヴィリリオ、そして本山美彦各氏をご紹介いただき、刺激を受けました。
 それぞれ、イタリア、フランス、日本の知識人であり、もっぱらアングロサクソンの知識人の動向をフォローしている私にとっては盲点の部分です。
 今後とも、折に触れ、MNさんのアンテナに引っかかってきた欧州や日本の知識人の言動をご紹介いただければ幸いです。
 ヴィリリオの本からの引用が短すぎて、私同様、読者の多くの方も混乱されるのではないかと思います。
 いずれにせよ、頭に入れておくべき第一は軍隊と警察の違いです。
 前者は法を超えた存在であるのに対し後者は法に拘束された存在であって、このこととも関連し、後者は正当防衛/緊急避難の範囲でしか「敵」を殺傷できませんが、前者による「敵」の殺傷には制約が科されません。
 頭に入れておくべき第二は・・これは私の考えですが・・、戦争に係る「総力戦」とか「無条件降伏の追求」は欧州文明の産物だということです。
 ところで、本山教授がお示しいただいたコラムで言及されている無線ICタグの国際標準化問題のその後がどうなっているのか、MNさんでも他の方でも、ご存じの方がいらっしゃったらお教え下さい。

<鎌倉人>

 コラム#2452「オバマ大頭領誕生へ?(続x4)」(未公開)を読みました。
 日本での米国大統領選挙についての報道を見ていると、太田さんが言われるように、日本は米国の属国ではないかと・・。
 特にあきれたのは、小浜とオバマについてのマスコミの報道です。
 日本のマスコミならば、大統領候補の政策を分析して、日本との関係や米中関係の影響がどのようになるかとかの視点が必要だと思うのですが・・。

<太田>

 日本は、米国に次ぐグローバルパワーなのですから、本来、(日米関係や米中関係への影響にとどまらず、)有力大統領候補の掲げる政策全般に関心を持ち、分析すべきでしょう。米国の属国であることを考えればなおさらです。
 小浜市のオバマへのしゃれっ気一杯の入れ込みぶりについては、マスコミを利用した小浜市の広報戦略として秀逸であり、分かっていて利用されるマスコミ(外国のマスコミも含む)に目くじらを立てることもないでしょう。
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太田述正コラム#2454(2008.3.29)
<駄作史書の効用(その1)>

→非公開