太田述正コラム#2451(2008.3.28)
<皆さんとディスカッション(続x97)>

<遠江人>

 コラム#2449を読みました。
 週間金曜日主催のトークライブに出演されるそうですが、おっしゃるとおり、まったく正反対のシチュエーションですね。太田さん、楽しすぎます(笑)
 チャンネル桜の感想でも書きましたが、とにかく進行どおりの討論などさせないことです。何も変わらなかったことが過去に証明されていることを、相も変わらず繰り返している予定調和の場において、右でも左でもない異物が本質を突くことこそ意義があります。
 今回も「皆さんは私よりずっと前から言挙げをしてこられたわけだが、何も変わってないじゃないですか。方法が間違っていたのですよ」のセリフは有効かもしれませんよ(笑)

 <まさ>

>明治時代から「戦争」と歩み続ける政商「三菱重工業」の正体に迫る。(コラム#2449)

おもしろそうですね。 龍馬より身分の低かった弥太郎が一代で、どうして、財を成すことができたのか。
三菱重工には、優先的に練兵場や官営工場の払い下げが行われていたそうです。

<読者MN> 

 ごきげんいかがですか、MNです。
 先日もコラム#2447でレスをいただきありがとうございました。
 「リコメンデーション」すなわち「勧告」とのご指摘、腑に落ちました。
 個人的には、日本の官庁がおこなう行政指導のようなイメージに落ち着いています。
 結構、『日本的社会主義』もモデルケースにされてるのかも!(笑
 また、「デロゲーション」についてですが、やはり興味があったので値は張りますが
http://www.amazon.co.jp/%E5%9B%BD%E9%9A%9B%E4%BA%BA%E6%A8%A9%E3%81%AE%E9%80%B8%E8%84%B1%E4%B8%8D%E5%8F%AF%E8%83%BD%E6%80%A7%E2%80%95%E7%B7%8A%E6%80%A5%E4%BA%8B%E6%85%8B%E3%81%8C%E7%85%A7%E3%82%89%E3%81%99%E6%B3%95%E3%83%BB%E5%9B%BD%E5%AE%B6%E3%83%BB%E5%80%8B%E4%BA%BA-%E5%AF%BA%E8%B0%B7-%E5%BA%83%E5%8F%B8/dp/toc/4641046182
これ買ってみました。まだ届いていませんが。

 さて、トークライブで鎌田慧さんと同席されるとのこと、羽があれば飛んでいって拝聴したいのですが、いかんせん東京は遠いです・・。
 といいますのも、かつて氏の『ドキュメント 造船不況』
http://www.amazon.co.jp/%E3%83%89%E3%82%AD%E3%83%A5%E3%83%A1%E3%83%B3%E3%83%88-%E9%80%A0%E8%88%B9%E4%B8%8D%E6%B3%81-%E9%8E%8C%E7%94%B0-%E6%85%A7/dp/4002601560/ref=sr_1_36?ie=UTF8&s=books&qid=1206607871&sr=8-36
を読み大いに感銘を受けました。
 その作者と先生の対談ですから、すごくすごーく興味があるんですが、3月末ってつらい日程だなあ(苦
 情報の一極集中ここにあり。南無〜
 私は石油ショックの年に生まれたため、企業リストラといえばポストバブルのいわゆる失われた十年、の頃しか存じませんが、同書のおかげでいかにして組合が力を失っていったのかを知ることが出来ました。
 また、その後の共産主義陣営の崩壊が追い討ちをかけたであろうことも、組合の弱体化と99年以降の労働者派遣法の改正も同書からの類推で得た知識と相成りました。
 というわけで私は結構氏のファンでして、おなじく鎌田氏の『痛憤の時代を書く』という本を読んだ時にすこし抜粋がきをしております。
 先生のご見識を以ってすれば氏とお会いするまでに氏の著作数冊読破されることなどいともたやすいことでしょうけれども、期日も来週月曜と迫っておりますし、もし何かのお役に立てば嬉しいのでその抜粋をPDFにしたものを添付いたします。
 もし気が向かれたらご笑覧くださいませ。
 それでは、ご多幸を祈念いたしております。

<太田>

 MNさん。参考資料送付ありがとうございます。
 トークライブの詳細が分かったので、お示ししておきます。

3/31
創刊15周年『週刊金曜日』PRESENTS vol3 in ASAGAYA/LOFT A
「三菱重工の正体と自衛隊の本質」

「希望は戦争」が最もあてはまるのは、フリーターではなく、巨大軍事産業だ。明治時代から「戦争」と歩み続ける政商「三菱重工業」の正体に迫る。


○第1部 19時30分〜21時10分
――「あたご」事件と自衛隊の本質
【出演】
太田述正(評論家、元防衛庁長官官房防衛審議官)
半田滋(『東京新聞』編集委員)
田中みのる(ジャーナリスト)
【司会】伊田浩之(『週刊金曜日』編集部)

○第2部 21時20分〜23時ごろ
――防衛省汚職事件と三菱重工の正体
【出演】
太田述正(評論家、元防衛庁長官官房防衛審議官)
鎌田慧(ルポライター)
佐高信(評論家、『週刊金曜日』発行人)
佐藤優(作家、起訴休職外務事務官)(途中から出演)
【司会】伊田浩之(『週刊金曜日』編集部)

●日時3月31日(月)18時30分開場、19時30分開始
(前売りはありません。開場時刻から先着順の入場となります)

●場所 東京ASAGAYA/LOFT A  杉並区阿佐谷南1-36-16-B1(JR中央線 阿佐谷駅下車 パールセンター街徒歩2分)電話03-5929-3445

●入場料1500円(飲食代別)


 話は全く変わりますが、私の弥生モード/縄文モード論の弱点が前から気になっていました。
 なぜ、縄文モードの日本が、平安時代のように戦争とともに死刑制度を(事実上)廃止していないのか、という点です。(江戸時代も縄文モードの時代ですが、支配階層の武士は弥生モードのままなので死刑制度も存続させた、と考えるわけです。)
 森達也氏のインタビュー(
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080324/150968/?P=3
http://business.nikkeibp.co.jp/article/life/20080324/150969/
。3月27日アクセス)を読んで触発され、ようやく解答らしきものに到達しました。

 「群れて生きることを選択した人類の普遍性ではあるけれど、この国はそれがとても強い。だから想像だけど、かつてアジア諸国も、一人ひとりは善良で思いやりのある日本人が、国家や軍隊という組織になったときに、どうしてこれほど無慈悲になれるのだろうと驚いたんじゃないかな。・・零度の状態の水は、個体でもあり液体でもある。物理的には確定できない。この零度の状態の水をコップに入れて、指でちょっと衝撃を与えると、一瞬にして氷になってしまうことがあるんです。臨界状態における物質の振る舞いのひとつの特性です。一瞬にして相が変わる。日本人はこの臨界点が低い。だから、ちょっとした刺戟で一色に染まってしまいやすい。・・集団行動が突出して得意だから、あの敗戦から十数年で高度経済成長を成し遂げた。だから美徳でもある。」

→論旨が整理されていません。1937年の日支事変以降、日本が戦争を合理的に遂行できなかったのは戦争を厭う戦争が不得意な縄文モードの日本になってしまっていたからです。また、そもそも、日本文明は世界で多数を占める集団主義の文明ではなく人間(じんかん)主義の文明であってどちらかと言えば個人主義のアングロサクソン文明に近いのです。更に言えば、高度経済成長は戦前から始まっていたのです。(太田)

 「相転移が対外的に為されるときには戦争になるし、対内的には死刑制度が嵌るんでしょうね。共通することは、悪の抹殺への希求。でも、その悪の実相には目が届かない。」
→戦争や死刑を合理的に遂行できないのは縄文モードの日本であるからこそなのです。だから、縄文モードが続けば、日本は戦争を放棄し、死刑を廃止するに至る可能性が高いのです。実際、戦後、戦争は放棄されて現在に至っています。(太田)

 「世界が死刑廃止の趨勢にあるなかで圧倒的な死刑・・国家による殺人・・<の>存置を支持するこの<日本>の特殊性」

→世界の趨勢と対比させる前に、日本において、同じく国家による殺人であるところの戦争の方は放棄したというのに死刑制度の方は存置していることに注意を喚起させるべきでしょう。単にきっかけがつかめず、死刑制度の廃止の方は遅れてしまったというだけのことだという気が私にはしてきました。(太田)

 「検察庁というのは、視点によっては殺人機関だとつくづく思いましたね。おそらく多くの罪なき人たちが、警察や検察の組織の論理で処刑されています。・・<しかも、>1965年を境にして、死刑囚を取り巻く環境が・・管理一辺倒に変わってしまう。・・結果、不祥事が起こると、誰が悪いんだと責任をなすりあう。・・かつての戦争もこうだったのではないか。結局、国民も軍部もメディアも政治家もみんなが加担していったにもかかわらず、戦争が終わってみると、軍部の一部の指導者に責任を押し付けようとしてきた。・・昨年の殺人事件の発生件数<は>、実は戦後最低だった・・現実とは遊離した体感治安ばかりが悪化して、仮想の悪が作られる。死刑が急激に増えてきた背景に、このメカニズムが働いている」

→やっぱり縄文モードの日本では死刑制度の合理的な遂行は不可能だということでしょう。1965年は、戦争の方の1937年の日支事変の始まりに相当するのかも。(太田)

 「裁判員<の導入により、>・・実際に被告を目にすることで、簡単にお茶の間で「あんなの死刑よ」と言っていた人が、言えなくなるんじゃないか。そういう予測もありますね。民意がより直接的に司法に介入するから、加速的に死刑判決が増えるとの見方もある。どっちだろう? わからないんです。」

→前者の予測が正しいのでは? 後からふりかえってみると、裁判員制度という奇妙な制度の慌ただしい導入は、1941年の対米開戦がきっかけとなって戦争の放棄がもたらされたのと同様、死刑の事実上の廃止をもたらすきっかけになったと総括されるのではないでしょうか。
 それでは、元に戻って、どうして「世界が死刑廃止の趨勢にある」のでしょうか。
 長くなるので簡単にしますが、それは、「世界で戦争が放棄される趨勢にある・・戦争が国際的警察行動で取って代わられつつある・・趨勢にある」ことと連動していると考えている、と申し上げておきましょう。(太田) 
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太田述正コラム#2452(2008.3.28)
<マケイン?!(その2)>

→非公開