太田述正コラム#2400(2008.3.3)
<あたごの衝突事故(その2)>(2008.3.19公開)

4 原因は何なのか

 (1)総論

 防衛省では、1998年の調達実施本部背任事件の発覚及びこれに関わる証拠隠滅事件、2006年に発覚した防衛施設庁官製談合事件、2007年に発覚したイージス艦情報流出事件や山田洋行絡みの防衛省不祥事(注3)、そして今回の衝突事故、等々、重大な不祥事が続発しています。
 
 (注3)2007年には12月に、停泊中の護衛艦「しらね」(5,200トン)の心臓部であるCICでで火災が起き、行動不能になった。無許可で持ち込まれた中国製のポータブル「保冷温庫」の異常過熱が原因だった可能性が高いとされている。

 基本的に戦後一貫して政権を掌握してきた自民党を中核とする政官業癒着構造の下で、今や日本の官庁はすべて退廃、腐敗するに至っているわけですが、その中でも防衛省の退廃、腐敗ぶりは特に甚だしいと言ってよいでしょう。
 その最大の原因は、戦う組織であるはずの自衛隊が、現実には戦うことを禁じられているところにある、というのが私の考えです。
 装備調達を巡る不祥事は、戦うことを禁じられているがゆえに、自衛隊において、性能のよいものをできるだけ安く調達するというインセンティブが働かないために起きており、運用や広報を巡る不祥事は、自衛隊が戦うことを禁じられていることから、自衛隊員の意識が弛緩し、実戦感覚が欠如していることに加えて自衛隊に手枷足枷がつけられているために起きている、ということです。
 今回の衝突事故は自衛隊の運用や広報を巡る不祥事ですが、この事故に関し、もう少し詳しくご説明しましょう。
 
 (2)各論

  ア 意識の弛緩

 今回の事故が起こったのはさがみの乗組員の意識が弛緩していたからであると言ってよさそうですが、意識の弛緩は、さがみだけではなく多かれ少なかれ全海上自衛隊に見られるのではないでしょうか。
 自衛隊が発足した当時は、良い意味で旧帝国陸海軍の伝統が残っていましたし、米軍が手取り足取り教えてくれたこともあって意識は弛緩していなかったはずです。
 また、東西冷戦が続いている間は、自衛隊は米軍の対ソ軍事戦略に組み込まれていたため、万一冷戦が熱戦に転化した時には自衛隊も戦いに巻き込まれるであろうとの認識から、意識の弛緩を回避することができたはずです。
 ところが冷戦が終焉を迎え、およそ自衛隊が戦うことは考えられなくなってしまいました。しかも発足から長い時間が経過した現在、旧帝国陸海軍の伝統も米軍の薫陶も忘れられつつあります。自衛隊の意識が弛緩しても決して不思議ではないのです
 かてて加えて、海上自衛隊は、陸上自衛隊や航空自衛隊と違って、陸上でのPKOやイラク派遣という危険な環境下での任務も経験していません。
 そうである以上、東西冷戦が終わる直前の1988年に起こったなだしおの事故の頃の海上自衛隊に比べて、現在の海上自衛隊が一層劣化している可能性は否定できません。

  イ 実戦感覚の欠如

 今回の事故の後の、海上自衛隊を含む防衛省の対応のまずさの原因としては、実戦感覚の欠如を挙げることができるでしょう。
 防衛省の背広組はもちろんですが、制服組においても、戦うことがないので、実戦感覚が身についておらず、この情報は絶対に敵に知られてはならないので秘匿すべきであるとか、これなら情報開示しても一向に差し支えないといった具合に情報を仕分けする感覚が身に付いていません。
 私は、米軍を訪問する都度、こんなものまで見せて良いのか、こんな説明まで聞かせて良いのかといつもびっくりしたものです。これに対し、自衛隊では何でもかんでも秘に指定して隠そうとしていました。にもかかわらず、というよりだからこそ、絶対に開示すべきでない情報が漏れてしまうことがしばしば起きるのです。
 実戦感覚がないことによる問題はこれだけにとどまりません。
 現代では、広報は戦いの一環であると言っても良いでしょう。
 ですから、まともな国の軍隊では、幹部はインタビューの受け方、記者会見の仕方等の教育訓練を受けます。私も1988年の英国の国防大学留学時にそのための英陸軍の施設があると聞いて、この施設を訪問し、教育訓練のまねごとを実地に体験させてもらったことがあります。
 しかし、自衛隊ではこの種の教育訓練は全くやっていません。
 要するに自衛隊は、実戦感覚が欠如しているので、軍隊としては穴だらけなのです。
 何を秘匿し、何を情報開示すべきかを仕分けする感覚がない上に、情報開示のやり方も分からないときているのですから、防衛省の今回の事故後の対応が顰蹙を買うのは当たり前なのです。

  ウ 手枷足枷

 もう一つ指摘しておかなければならないのは、戦えないように自衛隊に手枷足枷がつけられているということです。
 手枷に相当するのが、防衛省外部からの、裁判所、検察、警察や海上保安庁といった司法・警察官庁による自衛隊に対する司法・警察権の行使であり、足枷に相当するのが、防衛省内部における背広組中心の内局による統幕と陸海空自衛隊の支配です。
 2001年の、米原子力潜水艦グリーンヴィルとえひめ丸とのハワイ沖での衝突事件では、グリーンヴィルの艦長は、当然のことですが、警察や検察の捜査を受けることもなく、裁判にかけられることもありませんでした。ついでながら、憲兵の捜査は受けたはずですが、減給俸処分を受けただけで、軍法会議にすらかけられていません。
 他方、なだしおの事故では、艦長は海上保安庁と検察の捜査を受け、裁判にかけられ、有罪判決を受けています。今回の事故でも、海上保安庁がただちに捜査に乗り出し、防衛省で事故原因の究明を行うことすらままならない有様です。
 これでは、自衛隊員の意識が弛緩しておらず、自衛隊員が実戦感覚を身につけていたとしても、自衛隊は戦いようがないでしょう。
 これに加えて、内局の存在があります。
 自衛隊の装備や運用について分かっていない背広組が自衛隊の政策、予算、人事はもとより、運用まで所管して統幕、陸海空自衛隊の上に君臨しているのですから、防衛省/自衛隊がまともに機能するはずがありません。
 いや、まともに機能させないためにこそ背広組中心の内局が設けられているのです。
 こんな職場で育った防衛省キャリアが識見を身につけ、人格を陶冶できるわけがありません。
 そのことは、守屋前事務次官や現在の増田事務次官を見れば、一目瞭然です。
 今回の事故後の防衛省の対応のまずさは、組織設計者の期待通り、防衛省(庁)が有事において全く機能しないことを証明した、と言うべきなのです。

(完)
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FORUM21 2008年3月15日号20〜23頁 トピックス--topics

      戦うことなどおぼつかないイージズ護衛艦あたごの衝突事故

「なだしお」とは比べものにならないお粗末さ

 2月19日午前4時7分ごろ、千葉県・野島崎の南南西約40キロの太平洋で、海上自衛隊の最新鋭イージス護衛艦あたごが、漁船の清徳丸と衝突し、漁船の2人が行方不明になった事件とその後の防衛省の対応をどう見るべきなのでしょうか。
 イージス護衛艦あたごの衝突事故と、1988年の潜水艦なだしおの衝突事故を比べてみましょう。
 なだしおの事故の場合、釣り船がなだしおに気付きながらなだしおに近付きすぎて衝突に至ったものであること、潜水艦は漁船よりもむしろ視界が悪いこと等を考えれば、私はなだしお側により大きな過失があったとされたのはおかしいとさえ思っています。
 ところが、今回の衝突事故では、あたごは、何人ものレーダー監視員、見張り員、当直士官らが運航に携わっていながら、日本近海で自動操舵を続け、漁船団が接近しているという認識を明確に持たず、また、その漁船団内の清徳丸の存在をどうやら完全に見過ごし、衝突一分前になってようやく気づいて手動操舵に切り替え全力後進をかけたものの衝突してしまったというお粗末さです。
 その上、なだしおの事故の当時とは違って、現在はアルカーイダ系テロリストによる米軍や自衛隊への攻撃が考えられる状況であり、米海軍及び海上自衛隊双方の重要な基地である横須賀から太平洋へ出入りする時には警戒を怠ってはならないはずです。
 そうなると、いくら夜明け前であったとはいえ、艦長が仮眠をとっていたこと自体問題なしとしません。
 事故後の防衛省(庁)の対応も、なだしおの事故の時に比べて今回の事故の対応のまずさは際だっています。
 清徳丸に気付いたのは2分前だったと発表してからしばらく経って、いや12分前だったと訂正したのはよしとして、この訂正の公表が遅れたこと、捜査にあたる海上保安庁の了解をきちんと取り付けずにあたごの航海長を事情聴取のために防衛省にヘリで連れてきたこと、しかもこの話を公表しなかったこと、この事情聴取に係るメモ作成の有無や事情聴取内容についての説明が二転三転したこと、これに限らず、大臣、次官、海幕長らによる記者会見の内容に食い違いが多発し、また、記者会見時の態度がしばしば顰蹙を買ったこと、等目もあてられません。

原因は「戦いを禁じられた自衛隊」にある

 防衛省では、このところ毎年のように重大な不祥事が起こっており、日本の官庁ではどこでも不祥事が起こっているとは言うものの、その中でも防衛省は突出しています。
 その最大の原因は、戦う組織であるはずの自衛隊が、現実には戦うことを禁じられているところにある、というのが私の考えです。
 装備調達を巡る不祥事は、戦うことを禁じられているがゆえに、自衛隊において、性能のよいものをできるだけ安く調達するというインセンティブが働かないために起きているのに対し、今回のような運用や広報を巡る不祥事は、自衛隊が戦うことを禁じられていることから、自衛隊員の意識が弛緩し、実戦感覚が欠如していることに加えて自衛隊に手枷足枷がつけられているために起きている、と思うのです。
 第一に、今回の事故をもたらしたと思われる意識の弛緩についてですが、これは恐らくあたごの乗組員に限ったことではないでしょう。
 自衛隊が発足した当時は、良い意味で旧帝国陸海軍の伝統が残っていましたし、米軍が手取り足取り教えてくれたこともあって自衛隊員の意識は緊張していたはずです。その後、東西冷戦の下で、自衛隊は米軍の対ソ軍事戦略に組み込まれていたため、万一冷戦が熱戦に転化した時には自衛隊も戦いに巻き込まれるであろうとの認識から、自衛隊員の意識は弛緩を免れました。
 ところが冷戦が終焉を迎え、およそ自衛隊が戦うことは考えられなくなってしまいました。しかも発足から長い時間が経過した現在、旧帝国陸海軍の伝統も米軍の薫陶も忘れられつつあります。かてて加えて、海上自衛隊は、陸上自衛隊や航空自衛隊と違って、陸上でのPKOやイラク派遣といった危険な環境下での任務も経験していません。
 海上自衛隊員の意識が、東西冷戦が終わる直前の1988年に起こったなだしおの事故の頃に比べて一層弛緩していても決して不思議ではないのです。
 第二に、今回の事故の後の海上自衛隊を含む防衛省の対応のまずさの原因としては、自衛隊員の実戦感覚の欠如を挙げることができるでしょう。
 防衛省の背広組はもちろんですが、制服組においても、戦うことがないので、実戦感覚が身についておらず、この情報は絶対に敵に知られてはならないので秘匿すべきであるとか、これなら情報開示しても一向に差し支えないといった具合に情報を仕分けする感覚が身に付いていません。
 また、現代では、広報は戦いの重要な一環であると言っても良いでしょう。
 ですから、先進国の軍隊では、将校はインタビューの受け方、記者会見の仕方等の教育訓練を受けるものなのですが、自衛隊ではこの種の教育訓練を全く行っていません。
 何を秘匿し、何を情報開示すべきかを仕分けする感覚がない上に、情報開示のやり方も分からないときているのですから、防衛省の今回の事故後の対応が顰蹙を買うのは当たり前なのです。

戦えないよう内外からの手枷足枷

 第三に、対応のまずさの原因としてもう一つ指摘しておかなければならないのは、戦えないように自衛隊に手枷足枷がつけられていることです。
 手枷に相当するのが、防衛省外部からの、裁判所、検察、警察や海上保安庁といった司法・警察官庁による自衛隊に対する司法・警察権の行使であり、足枷に相当するのが、防衛省内部における背広組中心の内局による統幕と陸海空自衛隊の支配です。
 2001年の、米原子力潜水艦グリーンヴィルとえひめ丸とのハワイ沖での衝突事件では、グリーンヴィルの艦長は、警察や検察の捜査を受けることもなく、刑事裁判にかけられることもありませんでしたし、軍法会議にすらかけられませんでした。他方、なだしおの事故では、艦長は海上保安庁と検察の捜査を受け、裁判にかけられ、有罪判決を下されています。今回の事故でも、海上保安庁がただちに捜査に乗り出し、防衛省で事故原因の究明を行うことすらままなりません。
 これに加えて、背広組中心の内局の存在があります。
 自衛隊の装備や運用について分かっていない背広組が自衛隊の政策、予算、人事はもとより、運用まで所管して統幕、陸海空自衛隊の上に君臨しているのですから、防衛省/自衛隊がまともに機能するはずがありません。いや、まともに機能させないためにこそこのような内局が設けられていると言うべきかもしれません。
 これでは、自衛隊員の意識が弛緩しておらず、自衛隊員が実戦感覚を身につけていたとしても、自衛隊は戦いようがないでしょう。
 今回の事故は、防衛省/自衛隊が、戦うことなど全くおぼつかない代物であることを改めてはっきり指し示したと言ってよいのではないでしょうか。