太田述正コラム#2411(2008.3.9)
<皆さんとディスカッション(続x80)(その2)>
 
<バグってハニー>

次に太田さんの方です。

 まず、コラム#2128(2007.10.16)「日本帝国の敗戦まで(ペリリュー島攻防戦)」です。
日本の負け戦をよいしょする人はちょくちょく見かけますけど、映画「300」になぞらえるのは初めて見ました。負け戦を、特に敢闘精神を称えたりして持ち上げると、なぜ負けてしまったのかという敗因分析がおろそかになるのはままあることです。

<太田>

 正気ですか? 何ちゅうことを言っとるの!
 テルモピレーの戦いでスパルタ(ギリシャ)側が、そしてペリリュー島攻防戦で日本側が勝つ可能性は皆無でした。
 そういう状況下でどちらも大健闘をした、遅滞作戦としては大成功だった、ということを何で言っちゃいけないの。
 しかも、勝因分析ならぬ、成功分析として、(「敢闘精神」を前提として、)塹壕戦を行ったことも挙げてるでしょ。

<バグってハニー>

次にこちらをご覧ください。なぜ米国が独立戦争に勝利したのかを論じている太田氏の二つの論考です。これが太田氏の旧軍の評価とどのような関係があるのかすぐ後で説明します。
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#1605(2007.1.4)「すべての歴史は現代史(その4)」
この[ワシントンの事跡に関する]論考は、ピューリッツァー賞を受賞した歴史学者の手になるものですが、その割にはできが悪いと言わざるを得ません。
私が以前(コラム#511で)申し上げたように、叛乱軍側の勝利は、叛乱軍と英軍との間で装備や戦術面での優劣がなかったこと、兵士や物資の確保の面では叛乱軍側がむしろ優位にあったこと、叛乱軍側の多くが人命とコストを度外視した宗教原理主義者達であったこと、の三つが主な原因なのであって、現在のイラクについては、この三つのうち最後の一つを除いて当てはまらないからです。つまり、現在のイラクで叛乱勢力が勝利を収める可能性はないのです。
にもかかわらず、現在のイラクで米軍が苦況に陥っているのは、独立戦争当時の英領北米植民地と違って現在のイラクで、住民の間で万民の万民に対する争いが起こってしまった(コラム#1381)からに他なりません。

#1994(2007.8.11)「イラク化しなかった米国(その1)」
私は、当時の超大国であった英本国に挑むという大博打を打って薄氷の勝利を挙げたことで、北米植民地の独立派が、自分達が神の選民であること(コラム#504)を確信したであろうことの重要性を指摘したいのです。
実際、独立派の総司令官であったワシントン自身が、独立戦争における勝利は奇跡に近いことだった・・と述べています
1776年8月、という独立宣言からわずか4ヶ月目に敗北寸前の状態に陥っていた独立派軍がニュージャージー植民地(州)トレントンで起死回生の大勝利を挙げることができた(コラム#510)とか、1780年9月にワシントンが、英本国側に寝返りワシントンの誘拐(と恐らくはその後の殺害)を期すに至ったところの、独立派の最も有能な将官の一人であったアーノルド・・と会うことになっていたところ、直前にこの企みが露見して九死に一生を得たとか、独立派はツキに恵まれ続けたのです(注1)・・。
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 この二つのコラムは趣がずいぶんと違います。前者は米国が勝利した(英国が敗北した)、合理的な理由を三つ挙げて説明しています。これが普段の太田コラムのスタイルです。戦争など複雑な問題の背後にある原因を解きほぐして合理的に説明します。
一方、後者では独立戦争は「大博打」であって「ツキに恵まれ続けた」だけだと非合理的な説明に終始しています。ペリリュー島の戦いに関するコラムと同じで敗因分析がまったくありません。なんでこんなことになってしまったのかは後者の続きを読めばすぐわかります。
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#1994(2007.8.11)「イラク化しなかった米国(その1)」
(注1)この米独立戦争に比べれば、先の大戦において日本が対米開戦をしたことなど、大した博打ではなかったと思えてくる。占領時代の米軍による洗脳によって、われわれは対米開戦が不合理な死の跳躍であったと思いこまされているが、このマインドコントロールから脱しなければなるまい。1942年 12月に真珠湾攻撃した際に米空母(複数)が真珠湾にいてこれを日本が撃沈できていたら、あるいは、1943年4月の山本五十六連合艦隊司令長官の米軍による暗殺が失敗していたらどうなっていたか、等を考えてみよう。
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私はむしろ、太田氏が書きたかったのは(注1)であって、そのまえふりとしてわざわざ米独立戦争をばくち呼ばわりしているような気がします。私は日本の対米開戦は非合理の極致だと考えているのですが、太田氏はそうすることによって対米開戦という失敗を帳消しにしようとしているような気がします。
このように、旧軍が絡むといつもの冷徹な筆致が失われて不条理なよいしょに終始すると感じるのは私だけでしょうか。イラク戦争やベトナム戦争と比べて太平洋戦争に関するコラムはなんかトーンが違うような気がするのですが。

<太田>
>私はむしろ、太田氏が書きたかったのは(注1)であって、そのまえふりとしてわざわざ米独立戦争をばくち呼ばわりしているような気がします。

はげすの勘ぐりの典型ってやつですが、そもそも私のコラムの引用の仕方が恣意的過ぎです。
 コラム#1994を引用するなら、引用文中にも登場する、根っこのコラム#511をこそ引用すべきでしょう。
 そちらを読めば、「<独立派の>大陸軍は各州の民兵の寄せ集めで、ワシントンは各州にカネや兵士の供出を命ずる権限を持っていなかった。<しかも、>・・ワシントンは「好きなときにやってきて好きなときに去っていく」部下をなだめすかして統率しなければならなかった。・・また、当然のことながら、にわか作りの大陸軍の海軍は英本国海軍の敵ではなかった。」と独立派にとって不利な要因も挙げる一方で、「英本国のリーダー達の中には、「同胞」である北米植民地の反英本国派とその主張に対して理解がある心優しい人がたくさんいた・・それどころか、英本国軍司令官のハウ兄弟にしても、それに次ぐコーンウォリスにしても、・・心情的には独立派のシンパ」であった上、「英本国軍の陸上総司令官のハウの采配に問題があったことが決定的」であることを指摘しています。
 つまり、英本国内が、戦う前から割れていたこと、このこととも関連し、英本国軍の司令官らの人選に致命的な誤りがあったことが独立派の奇跡的勝利につながったことがコラム#511からでも読み取れるはずです。

>旧軍が絡むといつもの冷徹な筆致が失われて不条理なよいしょに終始する

 「数はともあれ、殺害された民間人や捕虜がいたことは否定できず・・、これが当時の国際法違反であったことは明白であることから、これだけでも南京虐殺はあったと言わざるをえない」(コラム#1719)とか、「縄文人の発想や行動様式は、軍事や危機管理にはむいていないのです。人間(じんかん)主義に伴うところの、時間をかけた合意形成、情報の共有、「敵」への甘さ、情/感性の重視(知/論理の軽視)等は日本型政治経済体制下における高度経済成長をもたらしたけれど、先の大戦における無数の兵士の無駄死・・玉砕・餓死・病死・・ももたらしたのです。」(コラム#2389)といったことを記す私のどこが「<旧軍の>不条理なよいしょに終始」しているというのですか?
 私に対する「不条理な」批判は止めましょう。

 さて、以上とは全く次元の違う話ですが、

>日本の対米開戦は非合理の極致

か否かは、例えば、ペルシャ帝国の侵略に際し、それまでいがみあっていたギリシャの諸都市が団結して抵抗することを決意したことを「非合理の極致」と冷笑するかどうかにかかっています。 
 日米戦争は、ペルシャ帝国のギリシャ諸都市に対する侵略同様、米国の日本に対するいわれなき侵略戦争・・と言うのが極端であればいわれなき干渉戦争・・であるというのが第一点です。
 連載中の「先の大戦正戦論から脱する米国?」シリーズ(未公開)で書いているように、遅きに失した感は否めないものの、米国内部からついにそのような声、しかも有力な声が起こり始めています。
 第二に、この点は引き続きわれわれ日本人が米国等に対して声を挙げ続けなければならないのですが、開国後の日本は、文明開化(自由民主主義化と経済的離陸のパッケージ)という価値観を東アジアにおいて守り普及する役割を担い続けていたのに、米国は反文明開化側・・ファシスト/共産主義者側・・に与したということです。その日本が敗北した結果、支那や朝鮮半島の人々がどんな悲惨な目に遭ったか、皆さんご承知のとおりです。
 他方、ギリシャ側がペルシャ戦争で奇跡的勝利を挙げたことによって、われわれはその後の、アテネを中心とするギリシャ文明の粋の恩恵に浴すことができています。
 当時の日本人がほぼ朝野を挙げて米国との戦いを決意したのは決して「非合理」でも何でもなかったのです。
 この点も、米独立戦争を戦い、奇跡的勝利を挙げた米国の人々がいつかきっと分かってくれると私は思っています。

 なお、私は、戦前の日本の大陸進出の全てを是認している訳ではないので誤解なきようお願いします。
 つい最近も、「普選によって縄文系に実権が移り、そのために軍事合理性抜きの支那(満州を含む)へのなし崩し的進出が続けられた、それを弥生系のエリート達は慨嘆して見ていた、と考えるべき」と記した(コラム#2385)ところです。

<田吾作>

 コラム#2405での回答ありがとうございます。
 とりあえず私の考え方が「ナンセンス」と言う事は分かりましたが、私は自分の力で「ナンセンス」という結論を出したいと思っています。
 太田さんの頭の中にはパースペクティブ(事物と事物またはでき事とでき事の間の正しい相互関係)に基づいた専門的なデータベースがあり即座に判断が出てくるものと私は考えますが、私の頭の中にはそのようなデータベースはありませんし、聞いたからとてすぐに力が付くとも思われません。
 そこで以下のような実例を用いて国家の主権とは何なのかを解説していただければ少しは力が付くものと私は考えますので時間のある時にお願いします。
○日本人拉致事件
○金大中拉致事件
○瀋陽における脱北者駆け込み事件

(参考1)
 広島と沖縄でのアメリカ軍人レイプ事件の軍法会議の背景には以下のような事情があるのではないでしょうか?

・・アメリカは、都合の悪いことは他国の領土とし、都合のいいことは自国の領土と同等に扱うのだ。
 日本にあるアメリカ軍基地と、日本上空のアメリカ軍の飛行空域はカルフォルニア州の州法とアメリカの連邦法が支配する。
 まったく汚いものだ。・・

アメリカがやっている大量拉致事件
http://atfox.hp.infoseek.co.jp/xfile/terro/afghanistan.htm

(参考2)すでにご存知かもしれませんが、在日韓国・朝鮮人問題に関する事実に基づく論考が以下の所にあります。
「歴史と国家」雑考(辻本武のホームページ)
http://www.asahi-net.or.jp/~fv2t-tjmt/

<太田>

>アメリカは、都合の悪いことは他国の領土とし、都合のいいことは自国の領土と同等に扱うのだ。日本にあるアメリカ軍基地と、日本上空のアメリカ軍の飛行空域はカルフォルニア州の州法とアメリカの連邦法が支配する。

 これは田吾作さんのご意見なのか、引用なのか定かではありませんが、領土内に所在している外国の在外公館はもちろん、(領海内を航行している、あるいは寄港している)外国の軍艦も治外法権であるところ、同じことが(領土内の通過を許された、あるいは領土内に駐留を認められた)軍隊についても言えるのです。
 ですから、飛行空域についてはちょっと事実と違うような気がしますが、日本の米軍基地に関しては、そこが治外法権になるのは、地位協定が締結されていようがされていまいが、一般国際法に照らして当たり前の話です。
 それがいやなら、外国軍の駐留なんて認めてはいけないのです。
 ここまで申し上げれば、

>広島と沖縄でのアメリカ軍人レイプ事件の軍法会議の背景には以下のような事情があるのではないでしょうか?

へのお答えがノーであることはお分かりいただけますね。
 
 また、お示しのインフォシーク・サイトが翻訳しているBBCの記事についてですが、BBCの記者は米国のグアンタナモ等でのテロリスト容疑者の取り扱いを指弾しているところ、私に言わせれば、1988年に英国のSASが行ったもっとひどいこと・・ジブラルタルでの3人のテロリスト容疑者の問答無用の射殺(コラム#803)・・については、BBCはどちらかと言うと弁護する論説(
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/2008/mar/08/northernireland
。3月8日アクセス)を載せているのですから、米国も英国もどっちもどっちです。
 いずれにせよ、私が累次申し上げているように、アングロサクソン世界においては、「有事」には人権とか自由は停止されるのが当たり前であることを頭に入れて置いてくださいね。
 
 なお、辻本さんのコラムは第52題だけ読ませていただきました。どうもご教示ありがとうございました。

<びり江>

 太田さんは何故マケインを支持しないのですか?

<太田>

 私がマケインでなくオバマを支持するのは、米国社会が、その原罪とも言うべき人種差別を克服して欲しいから、というのが一つのお答えです。
 しかし、ご質問を、「太田さんは何故米共和党を支持しないのですか?」と言い換えさせていただくとすれば、私が最も愛読している新聞電子版が英ガーディアン(左翼)ないし米ワシントンポスト/ニューヨークタイムス(どちらもリベラル)であることからして、私は左翼ないしリベラル志向の人間らしく、それが私をして保守の米共和党嫌いにさせているのではなかろうか、とでもお答えすべきでしょうね。
 とまれ、私自身は自分を左でも右でもないと思っているところ、時々、私の日本近現代史観をだけをとらえて、私を右翼だと評する読者がいます。
 しかしこのような評には首をかしげざるをえません。
 英国の左翼や米国のリベラルが仮に日本人であったとすれば、私と全く同じ日本近現代史観に到達するはずだ、と私自身は固く信じているからです。
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太田述正コラム#2412(2008.3.9)
<先の大戦正戦論から脱する米国?(その2)>

→非公開