太田述正コラム#2326(2008.1.27)
<守屋かく語れり>(2008.3.2公開)

1 始めに

 最近、月刊「現代」2007年11月号に載った守屋武昌前防衛事務次官の、次官を辞めた直後の独白録を読む機会がありました。
 彼が小池防衛大臣(当時)の人事案に抵抗したこと自体の問題点については、既にコラムで十分とりあげているので、それ以外の点を2〜3とりあげ、私の感想を記したいと思います。

2 感想

 (1)西川官房長の次官適任性

 「私は<小池>大臣の考えにはっきりと異を唱えたのです。私はいま防衛省にとって危急の課題は、まず次の国会でテロ対策特措法を通すために万全の態勢をつくることである。2番目は米軍再編で、橋本内閣以来の懸案である普天間飛行場の移設問題をどうするか。しかるに、西川君はこの二つの問題にこれまで関与していない。」

 この箇所についても、言いたいことはありますが、それはともかくとして、それに続く、

 「イージス艦の機密漏洩にしても、警察でこれを担当しているのは公安と外事で、西川君は刑事畑出身であり、それらのことを考えると、「このタイミングで彼が次官としてリーダーシップをとるのは難しいのではないか」と大臣に申し上げたわけです。」

は全くいけませんね。
 西川君がイージス艦の機密漏洩事件を捜査している公安/外事警察出身だったとすれば、西川君を防衛次官にしたら、それが捜査に対する牽制であると受け止められたかもしれませんよ。
 まあそれはともかくとして、西川君は、公安情報や捜査情報等の機密情報を扱う警察の総元締めである警察庁でITを担当し、辣腕を振るった人間であり、イージス艦の機密漏洩がITがらみの事件であったことが示すように、機密漏洩に係るIT的側面が今後どんどん大きくなっていくことからも、機密漏洩防止が対米関係上も大きなイッシューになっている昨今、防衛次官としては適任なのです。
 そもそもIT音痴の守屋が防衛次官になったことこそスキャンダルなのです。

 (2)空母艦載機の運用

 守屋の発言内容からすると、彼の入庁後10年くらいの時点のようなのですが、「それまで私は、空母は横須賀港から航空機を載せて出航すると思い込んでいましたが、そうではなく、港を出るときは載せていないのです。空母は空身のまま伊豆の大島沖まで行き、そこへ航空機が飛んできて空母に着艦するわけです。」という箇所には目を疑いました。
 入庁してから10年も経った時点で、そんなことも知らなかったのか、と。
 守屋は、この箇所の直前で、入庁8年目にNLPの騒音問題の深刻さに気づかせられたという話をしているのだからなおさらです。
 その時にどうしてNLPを空母艦載機部隊がやらなければならないか、を少しでも調べておれば、静止している空母に戦闘機が着艦することなど不可能であることをわきまえたはずです。
 それにそもそも、空母部隊は在日米軍の最大かつ最も意味のある実働部隊であるというのに、守屋が空母艦載機の運用の基本を全く知らなかったということは、それまで守屋が自衛隊だけを見ていて、在日米軍は全く見ていなかったということであり、私としては信じがたい思いです。

 (3)空母艦載機部隊の岩国移駐

 守屋は、上記に続いて、「だったら、なにも艦載機は厚木にいなければならないことはない。そう考えた結果が、岩国移転計画の発端です。」と語った上で、「当時のジム・ケリー国務次官補が「それはグッド・アイデアだ。ミスター・モリヤ、やってみる価値がある」と言ってくれました」と語っています。
 今となっては、守屋の証言はすべて疑ってかかる必要があるのが哀しいところですが、ここは本当の話である可能性が高いと思います。
 どうして1995年に、岩国基地の滑走路の(海面埋め立てによる)沖合移設などという、巨額の予算を必要とするというのに効果は若干の安全性の向上と騒音の軽減だけという事業の予算計上を当時の大蔵省が認めたのか、これなら話の辻褄が合うからです。
 もっとも、米国が艦載機の岩国移駐を飲んだことが私には今一つ腑に落ちません。
 空母の母港は横須賀から動かさないとすると、空母が西に向けて出撃する時は艦載機部隊が岩国にいてもよいけれど、空母が東、というか北のオホーツク海方面に出撃する時は極めて勝手が悪いからです。
 米国が、未来永劫ロシアは敵性国家にならない、と思っているはずはないのですが・・。
 いずれにせよ、守屋のこの発言が事実だとすると、私が仙台防衛施設局長時代に必死になって管内で艦載機部隊や空母の移転先を探した(コラム#2247以下を参照。逐次公開中)のは骨折り損のくたびれもうけということになってしまうわけで、それくらいは私に耳打ちしておいてくれ、と言いたくなります。