2008年02月03日
君主制のメリットとイラク
太田述正コラム#1887(2007.7.31)
<君主制のメリットとイラク>(2008.2.3公開))
1 始めに
以前(コラム#1865、1866で)、グレイ(John Gray)の書いた本をご紹介したところですが、その中で彼の君主制のメリット論にも触れました。
その後グレイが、改めて君主制のメリットについてコラムを書き、更にイラクの苦境のよって来たるところについてのコラムを書いているので、この二つのコラムの概要を(部分的に私の言葉に直して)ご紹介するとともに、私の感想を申し述べたいと思います。
(以下、グレイの主張については、
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2137130,00.html
(7月29日アクセス)、及び
http://www.guardian.co.uk/comment/story/0,,2138064,00.html
(7月31日アクセス)による。)
2 グレイの主張
(1)君主制のメリット
君主制は世襲原理を前提としており、帝国(多民族国家)は民族自決権(national self-determination)の抑圧を前提としていることから、どちらも過去の遺物だという観念があるが、必ずしもそうとは言えない。
ウッドロー・ウィルソンは自決を推奨することで、ハプスブルグ帝国崩壊後非君主制(civic)の国民国家群が生まれると考えたが、実際に生まれたのは内部の少数民族への憎しみに立脚した人種的(ethnic)ナショナリズムと長期にわたる戦争及び独裁制だった。
自由主義者達は民族自決の理想を信奉しているが、実のところ国民国家(nation state)の建設は必ずと言ってよいほど流血を伴うものなのだ。
フランスはナポレオン戦争の後に、そして米国は南北戦争の後にようやく近代的国民国家になった。支那は現在まさに国民国家の形成途上にある。その結果例えばチベットではジェノサイドと言ってもよいような状況が現出している。
国民国家の形成は近代の原型的(prototypical)な営みではあるが、その結果、往々にして近代的価値であるところの個人的自由(personal freedom)と世界主義(cosmopolitanism)が損なわれてしまうのだ。
異なった民族を領域内に包含しつつもうまくいっている国々を見よ。
スペインはカタロニア人、英国はスコットランド人・イギリス人・ウェールス人・北アイルランド人、カナダはケベック人を抱えていてかつうまくいっている国々だ。
つまり、うまくいっているところの多民族からなる民主主義的国家の大部分は君主制を採用しており、帝国の残骸(relics)という非合理的要素を政治制度の中に残している国々なのだ。
英国では、ブラウン新首相が英国に初めて憲法を導入しようとしているが、仮にこの憲法において君主制を完全な飾り物にしてしまうようなことがあれば、スコットランド等に分離独立の動きがある以上、英国が国内で流血を見るような事態になることだって全く考えられないわけではない。
(2)イラクの苦境のよって来たるところ
現在イラクは、全国民の3分の1が、緊急援助がなければ生存すら危ぶまれるという苦境にある。
イラクは英国が第一次世界大戦の時にオスマントルコ帝国から切り取ってつくった人工的国家だ。
そのイラクは、マクロ的には、そのいずれもが自治を経験したことのないところの、一番人数の多いシーア派、そして少数派のスンニ派及びクルド人からなるパッチワークだった。
イラクをつくった途端、支配者の英国に対する抵抗が始まり、英国は抑圧的統治を行うとともに、抵抗拠点への空爆を繰り返してようやく抵抗を鎮圧することができた。
その後、英国が導入したところのスンニ派の君主をいただく君主制のおかげで、上記三派間のいがみあいが戦争に転化するのを抑えることができた。
君主制を廃止すれば、独裁制でも導入しない限り、三派がそれぞれ民族自決を求めて・・より正確には、シーア派はスンニ派による支配から脱しようとし、クルド人はイラクから分離独立しようとして・・流血の事態となることを食い止めることはできないことを当時の英国は分かっていた。
案の定、英国がイラクを独立させると革命が起こって君主制が廃止された結果、イラクは、当然のようにスターリンを彷彿とさせるサダム・フセインの世俗的独裁制国家になってしまった。
ところが米国のブッシュ政権は、ここのところが全く分からずに、2003年に武力でフセインの独裁制を倒してしまった。しかも、倒した後、君主制を再導入しようとはせず、純粋な民主主義を「押しつけ」てしまった。英国のブレア政権もその一半の責任を免れることはできない。
その必然的帰結がイラクの現在の苦境なのだ。
しかも、イラクの現在の苦境は、イラクが石油産出大国であり、また、石油産出地域の中心に位置することもあって、米国、トルコ、イラン等がイラクに介入せざるをえないが故に、イラクの三派の三つどもえの流血についてイラクの三つの地域への分離だけではその完全な収束を図ることが困難なだけに深刻だ。
この点についても、ブッシュ政権等はほとんど予見していなかったと言えよう。
それに加えて、第一次世界大戦後の欧州とは違って、現在のイラクでは、民族自決の観念が猖獗を極めているだけでなく、イスラム原理主義(radical Islam)の観念が猖獗を極めており、このことが事態を更に深刻にしている。
その結果、女性、同性愛者、宗教的少数派が迫害されるという、フセイン時代には想像もできなかった事態となっているのだ。
3 終わりに
随分以前に(コラム#56で)フセイン政権打倒を見越してイラクで君主制を復活させようとする動きがあることに触れたことがありますが、ついに米国は君主制を復活させませんでした。
私は、当時このことに呆れたものです。
ようやく同じような考えの英国人に出くわし、改めて私の考えは間違っていなかったと心強い思いをしています。
米ブッシュ政権の愚かさはどうしようもないとしても、せめて英ブレア政権がどうして君主制復活に向けて米国説得に動かなかったのか、いまだに理解できません。
<君主制のメリットとイラク>(2008.2.3公開))
1 始めに
以前(コラム#1865、1866で)、グレイ(John Gray)の書いた本をご紹介したところですが、その中で彼の君主制のメリット論にも触れました。
その後グレイが、改めて君主制のメリットについてコラムを書き、更にイラクの苦境のよって来たるところについてのコラムを書いているので、この二つのコラムの概要を(部分的に私の言葉に直して)ご紹介するとともに、私の感想を申し述べたいと思います。
(以下、グレイの主張については、
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2137130,00.html
(7月29日アクセス)、及び
http://www.guardian.co.uk/comment/story/0,,2138064,00.html
(7月31日アクセス)による。)
2 グレイの主張
(1)君主制のメリット
君主制は世襲原理を前提としており、帝国(多民族国家)は民族自決権(national self-determination)の抑圧を前提としていることから、どちらも過去の遺物だという観念があるが、必ずしもそうとは言えない。
ウッドロー・ウィルソンは自決を推奨することで、ハプスブルグ帝国崩壊後非君主制(civic)の国民国家群が生まれると考えたが、実際に生まれたのは内部の少数民族への憎しみに立脚した人種的(ethnic)ナショナリズムと長期にわたる戦争及び独裁制だった。
自由主義者達は民族自決の理想を信奉しているが、実のところ国民国家(nation state)の建設は必ずと言ってよいほど流血を伴うものなのだ。
フランスはナポレオン戦争の後に、そして米国は南北戦争の後にようやく近代的国民国家になった。支那は現在まさに国民国家の形成途上にある。その結果例えばチベットではジェノサイドと言ってもよいような状況が現出している。
国民国家の形成は近代の原型的(prototypical)な営みではあるが、その結果、往々にして近代的価値であるところの個人的自由(personal freedom)と世界主義(cosmopolitanism)が損なわれてしまうのだ。
異なった民族を領域内に包含しつつもうまくいっている国々を見よ。
スペインはカタロニア人、英国はスコットランド人・イギリス人・ウェールス人・北アイルランド人、カナダはケベック人を抱えていてかつうまくいっている国々だ。
つまり、うまくいっているところの多民族からなる民主主義的国家の大部分は君主制を採用しており、帝国の残骸(relics)という非合理的要素を政治制度の中に残している国々なのだ。
英国では、ブラウン新首相が英国に初めて憲法を導入しようとしているが、仮にこの憲法において君主制を完全な飾り物にしてしまうようなことがあれば、スコットランド等に分離独立の動きがある以上、英国が国内で流血を見るような事態になることだって全く考えられないわけではない。
(2)イラクの苦境のよって来たるところ
現在イラクは、全国民の3分の1が、緊急援助がなければ生存すら危ぶまれるという苦境にある。
イラクは英国が第一次世界大戦の時にオスマントルコ帝国から切り取ってつくった人工的国家だ。
そのイラクは、マクロ的には、そのいずれもが自治を経験したことのないところの、一番人数の多いシーア派、そして少数派のスンニ派及びクルド人からなるパッチワークだった。
イラクをつくった途端、支配者の英国に対する抵抗が始まり、英国は抑圧的統治を行うとともに、抵抗拠点への空爆を繰り返してようやく抵抗を鎮圧することができた。
その後、英国が導入したところのスンニ派の君主をいただく君主制のおかげで、上記三派間のいがみあいが戦争に転化するのを抑えることができた。
君主制を廃止すれば、独裁制でも導入しない限り、三派がそれぞれ民族自決を求めて・・より正確には、シーア派はスンニ派による支配から脱しようとし、クルド人はイラクから分離独立しようとして・・流血の事態となることを食い止めることはできないことを当時の英国は分かっていた。
案の定、英国がイラクを独立させると革命が起こって君主制が廃止された結果、イラクは、当然のようにスターリンを彷彿とさせるサダム・フセインの世俗的独裁制国家になってしまった。
ところが米国のブッシュ政権は、ここのところが全く分からずに、2003年に武力でフセインの独裁制を倒してしまった。しかも、倒した後、君主制を再導入しようとはせず、純粋な民主主義を「押しつけ」てしまった。英国のブレア政権もその一半の責任を免れることはできない。
その必然的帰結がイラクの現在の苦境なのだ。
しかも、イラクの現在の苦境は、イラクが石油産出大国であり、また、石油産出地域の中心に位置することもあって、米国、トルコ、イラン等がイラクに介入せざるをえないが故に、イラクの三派の三つどもえの流血についてイラクの三つの地域への分離だけではその完全な収束を図ることが困難なだけに深刻だ。
この点についても、ブッシュ政権等はほとんど予見していなかったと言えよう。
それに加えて、第一次世界大戦後の欧州とは違って、現在のイラクでは、民族自決の観念が猖獗を極めているだけでなく、イスラム原理主義(radical Islam)の観念が猖獗を極めており、このことが事態を更に深刻にしている。
その結果、女性、同性愛者、宗教的少数派が迫害されるという、フセイン時代には想像もできなかった事態となっているのだ。
3 終わりに
随分以前に(コラム#56で)フセイン政権打倒を見越してイラクで君主制を復活させようとする動きがあることに触れたことがありますが、ついに米国は君主制を復活させませんでした。
私は、当時このことに呆れたものです。
ようやく同じような考えの英国人に出くわし、改めて私の考えは間違っていなかったと心強い思いをしています。
米ブッシュ政権の愚かさはどうしようもないとしても、せめて英ブレア政権がどうして君主制復活に向けて米国説得に動かなかったのか、いまだに理解できません。
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1. 君主制のメリット [ 空 ] 2008年02月04日 04:41
太田述正氏が君主制のメリットに関する面白い記事を紹介している。要点は、
Liberals tend to regard being subjects of the Queen as an insult to their dignity. But at least the archaic structures by which we are ruled do not force us to define ourselves by blo...
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