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太田述正コラム#2328(2008.1.28)
<「日本から来ました」:消印所沢通信23>

 「ほほう? アフ【ガ】ーンの農村で実際に自分も
働きながら,農業援助を行いたい,と? それは殊勝な
心がけだね(棒読み)」
 「はい! 困っているアフガーニスタンの人達を
助けたいんです!!」
 
 「・・・なるほど.
 ではまず,農業の従事形態を選んでくれたまえ.
 君はお金をどのくらい用意しているのかね?
 土地を買えるほどかね?」
 「とんでもない! ボランティア奉仕ですから,土地を
買うなんて考えたこともないですよ」
 「すると,土地を持たずにアフ【ガ】ーニスタンで農業を
始めるなら,必然的にdehqan-i-shakhusi,自作農ではなく,
dehqan 小作人として働くことになるな」※
 「小作人ですか・・・.農業組合とか,そういったものは?」
 「あるわけがなかろう.
 クルアーン(コーラン)の教えでは,他人の財産を奪う
ことを禁じておるのだぞ.
 地主から土地を奪って農業組合で管理するという行為は,
クルアーンの教えに反する」
 「はあ・・・」
 
 「さて,小作の雇用形態にもいくつか種類がある.
 まず,全収穫量の何分の1かを,契約に従って地主に
収めるdehqani 分益小作制と,その歳の収穫量のいかんに
関わらず,一定量を地主に収めるijarahdar 定額小作制,
さらにはmazdur 賃働きという形態とがある.
 そのどれかを君は選ばねばならん.
 
 dehqaniの場合,
土地のみを地主が用意し,それ以外の種子,水,
農機具などを小作人が用意する場合と,
労働力以外の一切,種子も水も農機具なども地主に
依存するような場合とでは,
地主に支払う小作料が当然ながら異なってくる.
 また,このそれぞれについて,カレーズ灌漑の場合と
小河川灌漑とでも,やはり小作料が異なってくる.
 たいていの場合,地主がカレーズ所有者も
兼ねているからだがね.
 
 ijarahdarのほうは,土地のみを地主が用意し,それ
以外の種子,水,農機具などを小作人が用意するしかない.
 これにも灌漑の形態によって,小作料に差がある.
 
 まあ,君の場合,アフ【ガ】ーンでの農業経験が
あるとは思えないので,勝手が分かるまでは賃働きが
無難だろう」
 
 「あのう,農村なのになんでそんなにカネ勘定に
細かいんですか?
 グローバリゼーションの悪い影響ですか?」
 「??? 君は何を言っとるのかね.
 アフ【ガ】ーンでは昔っから,農村でも都市でも
挨拶代わりのようなものだぞ.※2
 おかしな『牧歌的で素朴な農村』みたいな偏見でも
君にはあるのかな?※3
 もしあるのなら,早めに捨てることだな.
 
 そうそう,金銭関係で言えば,アフ【ガ】ーニスタンでは
水にも値段があって,ことにカレーズ灌漑の場合は,売価や
分水時間などが事細かに決められているから,その点も気を
つけるように.
 くれぐれもルールからはみ出して,トラブルを起こさないようにな.
 ドシュマン(敵)というレッテルを貼られたら最後,
死ぬまで命を狙われ続けられるぞ.※4
 とくに異文化コミュニケーションではトラブルは
つきものだから,じゅうぶんに気をつけたまえよ」
 
 「・・・でも,僕は村人を援助しに行くんですよ.感謝されて
いいはずなのに,恨まれるなんて筋違いなんじゃ・・・」
「感謝? もちろん感謝するとも.君のような援助者を
つかわしてくれたアッラーにね.※5
 君は言わばアッラーの道具にすぎん.
 それとも君は神にでもなったつもりかね?」
 「・・・ええと.
 ・・・あ,ちょっと失礼.
 また出直してきます」
 「君,どこへ行くんだね?」
 「はい,僕の援助活動を現地で援助してくれる人を探しに」

(了)



※1
『アフガニスタンの水と社会』
(東京大学西南ヒンドゥークシュ調査隊編,
出版:東京大学学術調査探検部,発売 :東京大学出版会,
1969/6/30)
 以下,アフガーニスタンにおける農村の契約形態に
ついては本書に準拠.
 本書は当方の知る限り,アフガーン農村について
日本語で読める教科書としては唯一のもの.

※2
 挨拶の話は
『アフガニスタンの農村から』(大野盛雄著,岩波新書,
1980)
より.

※3
 「素朴な農村」観は,『ほんとうのアフガニスタン』等,
一連の中村哲医師の著作・講演に顕著.
 一部国会議員までが中村医師を真に受けている
ようなので困ったもの.

※4
『戦場のシルクロードを行く』(加藤久晴著,日本テレビ,
1984.3)
 ただし,必ずしもいつも死ぬまで命を狙われるとは限らない
模様.
http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/faq06t.html#08898

※5
 援助しても感謝は援助者には向けられないといった
記述は,
『アフガニスタンの山脈』(安川茂雄著,あかね書房,
1966/12/25)
『アフガニスタンに住む彼女からあなたへ 望まれる
国際協力の形』(山本敏晴著,白水社,2004/8/10)
『こうして僕らはアフガニスタンに学校をつくった』
(岩本悠 & ゲンキ地球NET著,河出書房新社,
2005/9/30)
などに共通して出てくるエピソード.
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<太田>

 消印所沢シリアス路線の第二弾ですね。
 私自身。アフガニスタンについてこのようなコラムを書きたいと思いつつも、発展途上国の農村部、就中イスラム世界の農村部とおおむね共通するところのアフガニスタンの実状を紹介した英米のメディアの記事がほとんど見あたらず、これまで果たせませんでした。
 所沢さんが日本語の典拠を「発掘」してコラムに仕立て上げられたのはお見事です。
 一点だけ。
 「農業組合」という言葉は余り聞きませんね。
 コルホーズや人民公社ないしはキブツ的なものを指しておられるとしたら「集団農場(collective farm)」といった言葉を用いられた方がベターでした。
 「農業組合」と言われると、つい「農業協同組合」をイメージしてしまいますが、これは農地の個人所有を前提とした組織なので意味が通らなくなってしまいます。
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太田述正コラム#2329(2008.1.28)
<オバマ大頭領誕生へ?(続々)>

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