太田述正コラム#2280(2008.1.4)
<皆さんとディスカッション(続x30)>

<新規名誉有料読者>

 安全保障の専門家と宣言されている方に、ちょっと筋違いな質問をしてしまって、
そうとう恐縮しています。コラム(#2267と)#2270で丁寧にご返答くださってありがとうございます。

>ロボットが発達してあらゆる「勤労」を人間に代わってやってくれるような時
>代が来れば、社会の構成員の大部分に関しては必要なくなるでしょうが、そのよ
>うな時代が来たとすると、依然として「旺盛な勤労意欲」を持ち続ける一部の人
>達が残りの大部分の人達を支配する社会に堕してしまう懼れがありますし、

 労働の寡占が起こる、と言っているのですよね。そのような社会になれば、その通りだと思います。もちろんそのような社会を私は望みません。

>さりとて「社会の構成員すべてが「旺盛な勤労意欲」をなくしてしまったらその
>社会は滅びてしまうと思いますよ。

 私には、今の社会システムが(例えば利子の問題で)そのシステムの維持のため、将来における経済的な成長を強制し、その実現のために社会構成員の勤労意欲を過剰なまでに煽っているように感じられてなりません。この、社会構成員は何かによって過剰なまでに働かされている、という問題に関する言及はそれこそ枚挙にいとまがありません(何か、とは利子であったり、不労所得者であったり、資本家であったりと様々だろうと思いますが)。
 私は運良く「どれだけ働くか」をほぼコントロールできる環境にいますが、コントロール権を与えられている人などほとんどいないのではないでしょうか。つまり、旺盛な勤労意欲といいますが、その理由の少なくとも一端は、組織の一員であるから(非常識なことをすると立場がない。与えられた仕事が多いと思っても意見することはできない。してもほどんど無視)であるとか、そもそもそれだけ働かないと暮らしていけないといった勤労意欲とは無関係な要因があるわけです。

 (もしかすると、「そういった強制(労働者側から見ると、組織・空気・常識や価値観・労働報酬の少なさでしょうか。でも、根本的な問題は、経済的な成長がなければ社会が維持できないということだと思っています)がなければ人間はそんなに働かない。そしてそのくらいの労働の絶対量がなければ社会というのは維持できないのだ」ということでしょうか)

>昭和時代と言っても、私は最初の20年ではなく、戦後の44年を念頭に置いてい
>ます。念のため。

 もちろんそのつもりです。昭和というのは、私はほとんど体験していないのです。
さすがに平成生まれではありませんが。

<太田>

 この議論は私にとってもよい刺激になりました。
 機会を見てまた議論をしたいと思います。

 さて、太田述正掲示板とMixiの太田コミュニティーで、日本人と英語の問題が話題になっています。
 そのほんのさわりの部分ですが、転載します。(若干編集の手を入れさせていただいています。)

<バグってハニー>

 中学3年間、高校3年間、それでたいがいの人は大学に進んで、そこでも英語あるでしょ。(私の場合、教養で2年間、専門に進んでからも英語の文献を読まざるをえなかった。)それで、日本の英語教育は会話はからきしだめですけど、読解に関しては細かい文法からたくさんの単語までみっちりやるわけでしょ。それでいて太田先生がMixiのコミュニティーで「このBBCの記事
http://news.bbc.co.uk/2/hi/europe/7129955.stm
について議論しよう」と呼びかけても、気力がないのか、能力がないのか、ついに誰一人読む人が出てこないわけですよ。記事本体は読まずに「俺はこう思う」「いや俺はこう思う」とやるわけですよ。まともな議論になるはずがない。平易な文章で、なおかつとっつきやすいトピック(ロシアの柔道事情)であったにも関わらず。

 読解を中心に英語を6年以上も学んで、たいがいの日本人はあの程度の英文も読むこともできないわけですよ。日本語を母語にする者には英語を学ぶ上で多大な障害があるのか、それとも日本の英語教育に重大な欠陥があるのかどちらか(それか両方)ですよ。実際、情けないと思いますよ。

 太田コラムでも日本人『専門家』による翻訳の間違いがたびたび指摘されてますし、誰かの翻訳本を同業者が批判しているのもよく目にします。それに邦訳本がなければもうお手上げですよ。英米の一流メディアを読めば日本のメディアがどれだけでたらめかというのはよく分かります。

 ウィキペディアも英語版のほうが項目数がずっと多いし、内容も、日本関連を除けば、ずっと充実している。意味の分からない英単語もパソコンだったらワンクリックで翻訳することができるわけですよ。英語を6年以上やったうえに、こういう便利な時代にわざわざ自分を情報弱者に貶めておく必要なんてどこにもないわけです。

 太田コラムは便利ですよ。そういう英語文献の取捨選択と翻訳を太田先生がしてくれるわけですから。

<大阪視聴者>

日本人と英語について考えてみました。

 まず、日本人が英語が苦手な人が多い理由はなんでしょうか。私は日本人に英語力がないのは、必要に迫られないからだと考えます。日本で英語ができなくても生活には支障がある人は少数です。つまり今はやりのインセンティブがないということです。
 日本のように人口が多い国は翻訳が充実しているため(フィンランド語に翻訳しても本は少ししか売れないため翻訳が進まない。)、原本にあたろうという意欲が低下します。また、外国人の流入が少ない国(島国、移民・外国人観光客が少ない国)では、外国人とのコミニケーションのための英語や外国語に対する必要度が低くなってしまいます。
 また、意外かも知れませんが、日本では官僚・学者についても英語力は必須ではありません。その例示をしましょう。

1、太田さんが繰り返し述べておられるように、守屋さんは英語力がないそうです。ただ、役人として次官にまでのぼりつめました。
2、「バカの壁」という本をお書きになった養老某という元東大教授がいます。彼は英語の論文が1本しかありません。それも日本の雑誌に英語で投稿するという無意味なことをしています。

 守屋さんは英語力がないことによって国防に、養老某は自然科学の進歩に、迷惑をかけているかもしれません。ただ、英語力がないことは本人の社会的成功に影響していません。
 この2人は特殊なケースでしょうか。以前の大蔵官僚の中にもマルドメ(マルデドメスティック)と呼ばれる英語のできない方がいたことを野口悠紀雄さんの本で読みました。また、日本の社会科学(文系)の大学教授では英語で書いた論文がない方が沢山います。(近年便利になり、PubMedなどのホームページからどんな論文を英語で書いているか検索できる。またその論文がどれだけ引用されているか、別のホームページからわかります。)
 では少数の必要な人とはどんな人でしょうか。私の叔父に日本の商社マンがいます。以前ヨーロッパのある国に駐在していた時に遊びにいきました。読み・書き・会話総て英語で仕事をしていました(ロシアからグルジア経由で仕入れた質の悪い鉄鋼を中国に売るのが1番儲かったそうです)。その上、英語の発音がなまらないようにイギリス人の家庭教師を雇っていました。
 英語を習熟して、英語で書かれた文献を読むことはすばらしいことです。でも、糖尿病の患者にジョキングして走れというのと同じです。走り出せば血糖値も下がり健康になり、毎日のジョキングも苦にならないとしても、彼は多分ジョキングなど始めないでしょう。それは労力が大きく、それに見合う利益が何年後かの将来にもたらされる健康という漠然としたものだからです。

 バグってハニーさんの、

>「このBBCの記事について議論しよう」と呼びかけても、気力がないのか、能力 がないのか、ついに誰一人読む人が出てこないわけですよ。

というお嘆きもよくわかります。次に太田さんが呼びかけられたときは私は参加したいと思います。ただ、高校・大学を卒業した後、英語に触れることがほとんどない職業に就き何年も経った方にとって、辞書を引き引き読み終えるのは1時間はかかったのではないでしょうか。

 新聞・週刊誌・ブログは寝転がってリラックスして読むメディアです。そこで宿題は辛い!てなことを考えました。

 私は理系の仕事をしております。でも、今回装備調達の組織について、英国防省のホームページにアクセスしてガチャガチャ調べてみましたが、うまくたどりつけなくなって日本語で検索をかけてしまいました(本当は英語で検索すればよかったのですね)。専門分野の狭い領域ですと勝手がわかっていますが、なかなか慣れないと手間ばかりかかってしまいました。

<とよ♂>

 英語だけが全てと考える人かわいそうですね。
国で言えば 一番公用語とされているのはスペイン語。
人口で言えば 中国語。
医学化学では いまだにドイツ語。

もと エスペラント語の部長をしていた者とすれば それこそアメリカ至上主義の意見としてしか 聞こえませんね。

<バグってハニー>

 例えばブット暗殺事件ですが、日本ではほとんど報道されていない。つまり、日本語で調べることには限界があります。いきおい、英字紙の報道に頼るしかないわけです。「ブット暗殺」シリーズでは太田コラムでも日本語のソースは一つも使っていないはずです。「英語が使えなきゃ」というのはそういう実際的な意味でしかないです。

>医学化学では いまだにドイツ語

これには激しく同意できません。日本の医療現場では一部ドイツ語の単語が用いられているとか、プランク定数とかシュレディンガー方程式とかドイツ語だ、といった類の話でしかないと思います。そういうことをもって、これらの自然科学の分野でドイツ語が用いられているとは言わないでしょう。

科学論文にはインパクト・ファクターという概念があるのですが、これはある雑誌に掲載される論文が他の論文で何回くらい引用されるかの目安になる数値です。つまり、この数値が大きい雑誌ほどその分野で影響力が大きい、ということになります。トムスン(The Thomson Corporation)という会社が数多くの雑誌の論文の引用回数を取りまとめて、各誌のインパクト・ファクターを毎年Journal Citation Reportsで発表しています。それによると医学(一般・内科)の2006年の各雑誌の順位は以下の通り。

1.NEW ENGLAND JOURNAL OF MEDICINE Language: ENGLISH
2.LANCET   Language: ENGLISH
3.JAMA-JOURNAL OF THE AMERICAN MEDICAL ASSOCIATION Language: ENGLISH
4.ANNALS OF INTERNAL MEDICINE Language: ENGLISH
5.PLOS MEDICINE Language: ENGLISH
6.ANNUAL REVIEW OF MEDICINE Language: ENGLISH
7.BRITISH MEDICAL JOURNAL Language: ENGLISH
8.ARCHIVES OF INTERNAL MEDICINE Language: ENGLISH
9.CANADIAN MEDICAL ASSOCIATION JOURNAL Language: MULTI-LANGUAGE
10.MEDICINE Language: ENGLISH
11.JOURNAL OF INTERNAL MEDICINE Language: ENGLISH
12.ANNALS OF MEDICINE Language: ENGLISH Journal Country/Territory: FINLAND
13.AMERICAN JOURNAL OF MEDICINE Language: ENGLISH
14.MAYO CLINIC PROCEEDINGS Language: ENGLISH
15.ANNALS OF FAMILY MEDICINE Language: ENGLISH
16.AMERICAN JOURNAL OF PREVENTIVE MEDICINE Language: ENGLISH
17.CURRENT MEDICAL RESEARCH AND OPINION Language: ENGLISH
18.JOURNAL OF GENERAL INTERNAL MEDICINE Language: ENGLISH
19.EUROPEAN JOURNAL OF CLINICAL INVESTIGATION Language: ENGLISH Journal Country/Territory: GERMANY
20.QJM-AN INTERNATIONAL JOURNAL OF MEDICINE Language: ENGLISH

というように、医学で影響力のある雑誌上位20位中、英語以外で書かれているのは9位のCANADIAN MEDICAL ASSOCIATION JOURNALだけです(ただし、この雑誌では英語も用いられている)。発行国もほとんどが米国で一部英国、フィンランドとドイツがそれぞれ1誌というわけで、医学分野を支配しているのは(少なくとも論文に限れば)英語(と米英)ということがよく分かってもらえると思います。

ちなみに私は基礎医学研究に従事していて、ドイツ人とも仕事をしていますが、やり取りはもちろんすべて英語です。たまに変なドイツ語つづりの英語を送ってくるくらい。ドイツの医療現場ではドイツ語を使っているとは思いますが、研究施設では外国人がいるようなところでは英語が普段から用いられると聞いています。医学以外の自然科学の分野でも似たようなものでしょう。英語ができなきゃお話になりません。

太田先生がいつも言うように、日本の社会科学のレベルが低いのは、日本語でしか論文・著作を書かず、日本人という限られた相手にしか商売してこなかったせいでしょう。

(参考)英国人記者が占う英語の未来↓

英語とは誰の言葉か 形を変え続けて広まる英語――フィナンシャル・タイムズ http://news.goo.ne.jp/article/ft/world/ft-20071130-01.html

<太田>

>新聞・週刊誌・ブログは寝転がってリラックスして読むメディアです。そこで宿題は辛い!

 私のブログは典拠だらけで、しかもその典拠の殆どが英文の典拠であるわけですが、これは英語のできる好事家のためにつけているというよりは、私自身がコラムの内容に正確を期するためにつけているとお考え下さい。
 いずれにせよ、例外もあるとはいえ、私のコラムは、(私自身が余りよく分かっていなくて書いている場合もあることから(?!))小むつかしいものが多く、だから読者の数が今一つ伸びないのだと思われますが、「寝転がってリラックスして読む」とおっしゃる読者がおられると何だかホッとします。

 日本人と英語については私の考えはこうです。
 使えるレベルまで英語力を身につけるのは、必要に迫られない限りまず不可能です。
 (もっともこれは、バグってハニーさんがおっしゃるように「日本語を母語にする者には英語を学ぶ上で多大な障害がある」ということでは必ずしもないと思いますよ。)
 私のコラムの典拠を一つでも二つでも読みたいとか、私がぜひ読んでみて下さいと言った英語文献くらいは読みたい、と言う程度の必要性では読みこなすだけの英語力を身につけられないでしょう。
 それでかまわないのではないでしょうか。
 ただし、一つだけ皆さんにお願いしたいのは、使えるレベルの英語力を身につけている人を評価してあげることです。より端的に言えば、そういう人を間違っても奇人変人扱いしない、ということです。
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太田述正コラム#2281(2008.1.4)
<スコットランドの近現代への貢献(その2)>

→非公開