太田述正コラム#2278(2008.1.3)
<ブット暗殺(その7)>

 極めつきはブットの遺言です。
 この遺言はブットがパキスタンに帰国する直前に書いたものですが、彼女が暗殺されたために開封されたところ、PPPの後継総裁によりにもよって夫のあのザルダリを指名するという内容でした(
http://www.cnn.com/2007/WORLD/asiapcf/12/30/bhutto.husband.ap/index.html
。12月31日アクセス)。
 これはまさに、PPPの私物化以外の何物でもないばかりか、PPPの分裂や総選挙での敗北をもたらすことが必至(
http://www.guardian.co.uk/pakistan/Story/0,,2233631,00.html
。12月31日アクセス)の愚かな指名でした。
 さすがにザルダリすら、この遺言を忠実に執行することなく、2人の間の息子のビラワル(Bilawal)(注4)を総裁に据え、自分はビラワルの後見役としてPPPの実権を掌握することにしました。

 (注4)ビラワルには二人の妹、BakhtwarとAseefaがいる。この兄妹3人はザルダリと一緒にドバイに住んでいた(
http://www.nytimes.com/2007/12/28/world/asia/28bhutto.html?hp=&pagewanted=print。前掲)。

 ビラワルはオックスフォードにこの秋入学したての19歳であり、25歳にならなければパキスタンの被選挙権は与えられません。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.time.com/time/world/article/0,8599,1699006,00.html
(12月30日アクセス)による。)

 いずれにせよ、息子が継いだことだってPPPの私物化には違いありません。
 しかし、これでとにかくPPPは当面分裂の可能性がなくなり、しかも同情票を集めて次期総選挙・・1月8日実施予定が2月18日まで延期された・・で勝利する展望が開けました(http://www.nytimes.com/2007/12/29/world/asia/29pakistan.html?_r=1&hp=&oref=slogin&pagewanted=print
(12月29日アクセス)、及び
http://www.nytimes.com/2008/01/02/world/asia/02pakistan.html?pagewanted=print。(1月2日アクセス))。

 ここでもう一度私の問題提起を繰り返しましょう。
 一体どうしてブット「暗殺・・の結果はパキスタンにとって必ずしもマイナスではない」のでしょうか。

 パキスタンで力を持っているのは、軍部と封建的大地主達とイスラム教勢力(穏健派と過激派がある)の三つです。
 封建的大地主達は産業家達とおおむねオーバーラップしています。
 ブット家のPPPは南部のシンド地方を中心とする封建的大地主達を支持基盤としており、シャリフ率いるパキスタン・ムスリム連盟は首都周辺のパンジャブ地方を中心とする産業家達を支持基盤としており、穏健派のイスラム教勢力とも近しい関係にあります。
 (以上、
http://thelede.blogs.nytimes.com/2007/12/27/benazir-bhutto-and-the-politics-of-chaos/
(前掲)等による。)
 軍部や官僚機構にはパンジャブ地方出身者が多いとされています(
http://www.guardian.co.uk/comment/story/0,,2233476,00.html
。12月31日アクセス)。そして、軍部出身者が官僚機構の要所を占めているし、軍部自身が国家の息のかかった営利的事業に大々的に手を染めています(典拠省略)。


 この軍部とPPPとムスリム連盟は互いに抗争しつつも癒着しているのですが、その中でPPPはパキスタンの最も遅れた部分を代表している政党であり、大地主達が自分達の間から立候補者を出し、小作人達がこれら候補に投票させられているというのが実態です。
 このような状況の下、ムシャラフの統治下での高度経済成長の結果、パキスタンの中産階級が育ってきているのですが、彼らはいまだ政治的影響力を発揮できずにいるのです。
 では、一体ブットは何をしようとしていたのでしょうか?
 「パキスタンの大衆のため」、そして「民主主義のため」に身命を賭するというのがブットの口癖でしたが、それは口先だけのことであり、彼女の眼中にあったのは、ブット家の嫡子としての使命感に基づき何が何でもブット「王朝」を復活すること、ただそれだけだったのです(
http://www.guardian.co.uk/pakistan/Story/0,,2233104,00.html
。前掲)。
 そのため、ブットは唯一の超大国である米国を自分の味方につけようと手練手管を尽くします。
 彼女は、米国の官僚達や議員達やジャーナリスト達の間を根回しして回るためのアポイント取り付けのため、2007年の最初の6ヶ月間だけで広告代理店のバートン・マーステラー(Burson-Marsteller)社に実に25万米ドル近くの巨額のカネを支払っています(
http://www.nytimes.com/2007/12/30/weekinreview/30bumiller.html?hp=&pagewanted=print
。12月30日アクセス)。
 このブットの根回しはついにブッシュ政権を動かし、ブッシュ政権は、ブットを熟知しているが故にいやがるムシャラフに対し、ブットと手を組むように強力に働きかけるに至るのです。
 ムシャラフは、この話に完全にコミットはしなかったけれど、ブットの帰国は認めることにします。
 しかし、この動きを見たシャリフがパキスタンに強行帰国した時、ムシャラフはシャリフをサウディアラビアに強制退去させましたが、その時、ブットは一言も声をあげませんでした。事実上「民主主義の敵」であるムシャラフと示し合わせて、自分の政敵シャリフを葬り去ろうとしたと言われても仕方がないでしょう。
 (以上、特に断っていない限り
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2233334,00.html
(前掲)による。)

 こんなブットに比べればムシャラフの方が数等倍マシです。
 だから、米国がムシャラフにブットと手を組ませようとしたのはナンセンスでした。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/12/28/world/asia/28policy.html?hp=&pagewanted=print
(12月28日アクセス)による。)
 パキスタンはロシアと人口がほぼ同じでどちらも核保有国であり、またどちらもむつかしい国内事情や国際事情を抱えている国ですが、米国はプーチンなら許容できるけれどムシャラフは許容できないなんて首尾一貫しないこと甚だしいと言うべきでしょう(
http://www.guardian.co.uk/pakistan/Story/0,,2233589,00.html
。12月31日アクセス)。

 要するに、パキスタンはブットなんて必要としていないのです。
 そんなブットが暗殺されたのですから、それが「パキスタンにとって必ずしもマイナスではない」のは当然だ、という気に皆さんも段々なってきたのではありませんか。

(続く)
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太田述正コラム#2279(2008.1.3)
<スコットランドの近現代への貢献(その1)>

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