太田述正コラム#2262(2007.12.28)
<ブット暗殺(その1)>

<鎌倉人>

パキスタンの元首相、ブット氏が暗殺されました。パキスタンの政情は日本で殆ど報道されていないのですが、かなり危うい情勢なのでしょうか?
 海上自衛隊派遣にも影響があるでしょうか?

<遠江人>

時事ドットコム:ブット元首相、暗殺される=集会で自爆テロ−総選挙控え治安悪化・パキスタン
http://www.jiji.com/jc/c?g=int&k=2007122700955
「ラワルピンディでは同日、シャリフ元首相率いる野党の集会でも発砲があり、4人が殺害された。総選挙を前に治安が急速に悪化している。」

 風雲急を告げるパキスタン情勢です。新著の準備等でお忙しい中と思いますが、可能であれば久しぶりに太田さんの国際情勢分析を拝見できればと思います。

<鎌倉人>

パキスタンの元首相、ブット氏が暗殺されました。パキスタンの政情は日本で殆ど報道されていないのですが、かなり危うい情勢なのでしょうか?
 海上自衛隊派遣にも影響があるでしょうか?

<一読者A>

内戦になったらどうなるんでしょうか?
 やっぱり核兵器の奪い合いや下手すると相手陣営に対してその支持者もろとも使ったりするんでしょうかね?

<なりけん>

 初めてのトピ立て失礼します。
 衝撃的なニュースが流れてきました。
ブットー元首相暗殺
http://uk.news.yahoo.com/rtrs/20071227/tpl-uk-pakistan-wrap-47c7853_1.html
http://edition.cnn.com/CNN/Programs/anderson.cooper.360/blog/2007/12/bhutto-assassination-could-hurt-us-in.html

 イスラム最大の国・米軍協力・反米感情・政情不安・宗教内対立・宗教間対立・核武装・タリバンとの関係・コモンウェルス・軍政・米国による民主化・・・。
 パキスタンの政情不安はもはや誰にも止められない臨界点を越えてしまったような気がします。
 アメリカの自称テロとの戦いでの最重要国であることは間違いありませんが、パキスタン人の反米感情はもう抑えがきかない段階に達していると思います。
 太田さんはムシャラフを高く評価しているようですが、このまま総選挙に突入すればムシャラフの大敗北は必至だと思います。
 さて、これからどうなってしまうのでしょう。
 あともう一つ、日本にいるとパキスタンの情勢は全くと言っていいほど入ってきません。
 テロとの戦いが国益の最重要課題だと公言する政府がいるにも関わらず、それに関わる情報はほとんど一切国民に伝わりません。
 給油が何リットル、そんな話しか国民には入ってこない、英語の読めない大多数の日本人は情報弱者と言ってもいいかもしれません。
 日本のメディアは世界の関心事などどうでもいいのか?と首を傾げたくなります。
 政治もメディアも国際貢献を繰り返す割に、国際社会の情報や価値観の共有を図ろうとしない。
 このちぐはぐさは一体何が原因なんでしょうか?

<Yoshu>

日本の政府の言う、国際貢献は国益になることにしか関係しないのだと思う。そして、大半の私も含めて国民やマスコミは自分達もしくは日本の周りの国際情勢に関係することにしか、頭が動かないのだろう。島国と言うのも関係あると思う。パキスタン情勢は、もっと詳細を知りたい。ただ、暴力では何も解決にはいたらないし、混乱が酷くなるだけ。それで、過激派達に何の得になるのだろうか。

<ブーン>

情報が入ると困るからでしょ。
湾岸戦争あたりから、自分で調べてみるのがおすすめ。
宗教が違うから、考え方も違う。
彼らにとって命よりも大切なものがあるってことでしょ。
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1 始めに

 1988年に英国防省の大学校の斑に分かれての研修旅行でインド亜大陸を訪れてからというもの、私はパキスタンがいつ空中分解するか、はらはらしながら見守ってきました。
 戦後1947年に、英領インド帝国がインドとパキスタンに分かれて独立したわけですが、どう考えてもイスラム国家を標榜するパキスタンには宗派を超越した世俗民主国家理念を掲げるインドに比べて正統性が薄弱だからです。
 パキスタンの分離独立を推進したジンナー(Muhammad Ali Jinnah。1876〜1948年) のカラチに1960年にできた巨大な廟(Mazar-e-Quaid) に相当するものはインドにはありません。
 正統性の欠如を補おうとして、インドのネルー(ネール。Jawaharlal Nehru。1889〜1964年)に比べてはるかに矮小なジンナーを無理矢理神格化している、と私には思えてなりませんでした。
 だからこそ、インドは一体性を維持できているというのにパキスタンは1971年に内戦を経てパキスタン本体とバングラデシュに分離し、今なお北西部の部族地域(Federally Administered Tribal Areas)や西南部のバロチスタン(Balochistan)州で活発な分離主義的な動きが見られます。
 そのパキスタンの一体性をかろうじて維持してきたのが、軍部であり、その軍部が煽り立ててきたインドとの敵対関係です。
 こうしてパキスタンはインドに対抗して1898年に核武装までするに至って現在に至っています。
 しかし、東西冷戦が終わると、東側陣営と結びついたインドと西側陣営と結びついたパキスタンの敵対関係も、否応なしに緊張緩和に向かいます。
 その一方で、イスラム原理主義という脅威にパキスタンは国の内外から晒されるようになります。
 このような状況下でパキスタンの一体性を維持をどう図るか。
 ここに、1999年から8年間続いてきたムシャラフ(Pervez Musharraf。1943年〜)軍事「独裁」政権の存立根拠があるわけです。

2 ブット暗殺の必然性と意義

 (1)結論

 以上は前置きですが、それでは、12月27日のブット(Benazir Bhutto。1953〜2007年) 元首相の暗殺をどう見るべきなのでしょうか。
 最初に結論を申し上げれば、この暗殺は必然であったし、その結果はパキスタンにとって必ずしもマイナスではない、と私は見ています。

 (2)その理由

(続く)
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太田述正コラム#2263(2007.12.28)
<KBS京都ラジオへの出演決まる>

→非公開