太田述正コラム#2174(2007.11.12)
<決戦の秋来る>(2007.12.11公開)

 (本篇は、当分の間、公開しません。)

<mishi>

 <コラム#2169の>田村秀昭への公開質問状ですが、かわりにこの人が答えてくれていますよ。御存じでしょうけれど。
http://www.k2.dion.ne.jp/~jast5kon/sub2x1.html

<太田>

 どうもありがとうございます。
 「この人」は、間違いなく元航空自衛官の小西俊博氏(2000年6月の総選挙に大阪の選挙区から民主党候補として総選挙に出馬して落選)でしょう。
 小西さんには、私の2001年7月の参議院通常選挙期間中に、大阪のご自宅で7月18日の夜お話をうかがい、翌19日、難波駅前で小西さんの応援演説付きの選挙演説をした間柄です。

 小西さん。その節は大変お世話になりました。
 上記サイトで、小西さんはは次のように言っておられます。

 「・・自衛隊は憲法違反の上に存在したと世間一般には思われていました。そのため、自衛隊の中で何が起こっても、知らん顔をするのがマスコミの風潮でした。憲法に認められていない自衛隊の不祥事でさえ、これを問題にし、取り上げること自体が自衛隊の存在を認めることになると考えたのか、マスコミは黙っていました。
 そんな世間の態度をすぐに感じ取る嗅覚の鋭い自衛官は「自衛隊はブラックボックスそのものである、中身は世間に知られることは絶対にない」と判断したのです。・・
 私<が>技術幹部として岐阜基地に赴任し、中型ジェット輸送機C−1の構造強度を担当することにな<った当時のことでした。>。同時期三菱重工に調達実施本部の駐在官として勤務していた田村氏は頻繁に岐阜基地を訪れ、私達若い技術幹部を集め「お前達は、定年後の事を考えたことはあるか?俺達自衛官には定年後の天下り先はない。俺達で開拓しなくてはならない。これから俺がその道筋をつけてやる。俺の言うとおりにしろ。会社の言うことを聞け。このことで天下り先ができるのだ」と檄をとばし、産軍癒着の土壌作りを奨励したのです。・・
 数年後田村氏が私の直属の上司として岐阜基地に赴任してきた時には、何度も報告書の手直しを命じられました。会社に都合の良い結論にするようにと圧力をかけるのです。断ると田村氏は隊長室から私を蹴り出したり、突然の長期出張命令で担当を外したりと自分の持つ権限を最大限に利用しました。そして業者との密なる関係を強固にしていきました。・・
 田村氏がやっていることにおかしいと思う先輩や同僚もいましたが、防衛大学校の1期生ですから表立っては何も言いません。しかし、田村氏が私を標的とするように集中して嫌がらせをするのを見かね「我慢しろ、俺達が文句を言うと今度は俺が標的になる。時期がきたら立ち上がる。彼らが一線から退いたら、我々が立つから我慢しろ」とこっそりと耳打ちをしてくれる先輩も出てくるようになりました。
 しかし、余りにも強い力を持ち出した田村氏を影で「天皇」と呼ぶ人さえ現れてくるようになると、田村氏に気に入られようとする何人もの先輩が出てきました。
 もう私のいる場所はありません。・・
 辞表を書き、辞めることに決めました。すると職場の上司から「大先輩の田村氏の所に挨拶に行け」と言われました。
 数日後、田村氏の職場を訪ねると、今まで見たこともないほどの上機嫌で「良く来た。お前は優秀だからな。どこに行っても、何をやってもできるだろう。頑張れよ。いい物を見せてやろうか」と言って、金庫から一枚の書類を取り出しました。
 それを机の上に広げて、私に自分が軍需産業に送り込んだ人達のリストを示し、「これが俺の計画した事だ。これからもどんどん送り込む。お前は10期だったな。今年は10期を送り込もうと計画している。俺の言う事を聞いていれば好きな所に送り込んでやったのに。残念だったな」と勝ち誇ったように、得意げに説明したあの日の顔を今もはっきりと憶えています。・・」

 小西さん。
 いまだに匿名で田村秀昭氏に対する糾弾活動をやっておられるようですが、お仕事等に差し障りが出ることを恐れておられることはよく分かるものの、それを押して名乗り出て、他の防衛省OB等でしがらみのない人、少ない人と手を携えてともに世直し運動を行うべき時が来ています。
 ことは田村氏一人の問題でないことはもとより、防衛省だけの問題でもありません。
 日本全体を覆う政官業癒着体制の最も醜悪な形が防衛省における政官業癒着体制であり、私の同期の守屋のおかげでその一端が露呈し、世論が激高している今、防衛省を立て直し、日本全体の世直しをする絶好の機会が訪れている、と私は思うのです。

 このコラムを読んでいるマスコミ関係者が何人もおられますし、今後私の取材にやってくる記者の方々にも小西さんのお名前を伝えることにしましたので、早晩小西さんの所にも多数の取材依頼があることでしょう。
 勝手なことをするなとのお叱りは甘受します。
 しかし、重ねて申し上げます。
 今がまさにその秋(とき)なのです。
 小西さんが立ち上がっていただけることを私は信じて止みません。