議論の呼びかけ(続)

<読者Z>
初めてお便りする愛読者(支持者の立場)です。

太田さんのご意見は、正鵠を射ているものが多く共鳴を受けておりました。
いつもは拝読するだけでした。
今回は太田さんの呼びかけに応えたいと思います。

余り時間がありませんので以下、簡潔に私の感想と意見をランダムに記します。

・日立シリーズに記述されている内容は、我々民間の企業人にとって珍しいこと
ではない。
・太田さんの主張は他人から見て、公憤か私憤かの区別をつけるには材料が少な
すぎる。
・太田さんが政治の世界での活躍を志しているとするならば、口利きの世界を
テーマに取り上げると誤解を受けやすい。
・太田さんが正義の主張と信じたテーマ選び、より良い日本を願って意見を繰り
広げるのであれば、読者の反応如何に関係なく信じる所信を表明し続けるべきだ。
・政治家志向なら他人の目を気にするのは止むを得ないが、太田さんは今回の
テーマに限らずあまりにもエミアブル過ぎる。
・民間・公的機関に関わらず、契約に基づかない商行為における思惑違いは、ト
ラブルが発生したとき追及のしようがない。
・口利きをすることにより、感謝状を貰うなどという発想は唖然とするばかり。
・口利きという行為は立派なビジネス行為なので、堂々と金銭的な成功報酬契約
を締結すべきだ。
・契約しようとしない相手は、どんな大企業であっても相手にしてはいけなかった。

全くまとまりのないランダムな記述となったことをお許し願います。
これからも今までと同様、好意を持って愛読を続けます。

<太田>
>・日立シリーズに記述されている内容は、我々民間の企業人にとって珍しいこ
とではない。

 百も承知しています。
 私が問題にしているのは、日立の「クレーム」対応能力が柔軟性を欠いている
ために、日立が自損行為を行ってしまった点です。
 これはあくまでも公人的視点からの問題視です。

>太田さんの主張は他人から見て、公憤か私憤かの区別をつけるには材料が少な
すぎる。

 靖国参拝が公人か私人か、と似たような話であり、区別などつけられないので
は?ただ、私が今では一介の私人であるにもかかわらず、自分を依然公人だと思
いこみ、行動していることが、日立の誤解を呼んだ、という面はあるように思い
ます。

>・太田さんが政治の世界での活躍を志しているとするならば、口利きの世界を
テーマに取り上げると誤解を受けやすい。

 アドバイス、ありがとうございますが、防衛庁に加えて日立にも嫌われてしま
うようなことをあえてする私が依然、政治を志しているはずはないですよね。
 もっとも、私自身は防衛庁のため、日立のために苦言を呈しているつもりです。

>・口利きという行為は立派なビジネス行為なので、堂々と金銭的な成功報酬契
約を締結すべきだ。

 私も「口利きという行為は立派なビジネス行為」だと思っており、「堂々と金
銭的な成功報酬契約を締結」しようとしたのですが、相手が応じなかったという
ことです。

>・太田さんが正義の主張と信じたテーマ選び、より良い日本を願って意見を繰
り広げるのであれば、読者の反応如何に関係なく信じる所信を表明し続けるべきだ。
>・政治家志向なら他人の目を気にするのは止むを得ないが、太田さんは今回の
テーマに限らずあまりにもエミアブル過ぎる。

 叱咤激励と受け止めさせていただきますが、いかなるフィードバックであれ、
何もないよりは勉強・刺激になるので歓迎です。

>・民間・公的機関に関わらず、契約に基づかない商行為における思惑違いは、
トラブルが発生したとき追及のしようがない。

 果たしてそうでしょうか。ここは他の方のご意見も聞きたいところです。

>・口利きをすることにより、感謝状を貰うなどという発想は唖然とするばかり。

 感謝状というのは、私の公人的発想から出てきたものであり、無償行為という
発想のなかった日立を警戒させ、口利き契約の存在の証明を感謝状の取得によっ
て容易にすることが目的だと誤解させた懼れがあり、反省しています。
 なお、コラムの中で書いているように、感謝状の趣旨は、口利きに対する謝意
ではなく、日立の不手際により迷惑を蒙ったのにこれを咎めないことにしたこと
に対する謝意+日立現業部局の不手際を「上級」部局に情報提供したことに対す
る謝意+日立の不手際を口利き先に開示しないことへの謝意、なのでお間違えな
きよう。

<読者Y>
太田さん

 いつもメルマガ,興味深く拝見させていただいております。勉強になる点が多
く,大変役立っております。

 この問題についての議論が掲示板で活発に行われていない理由はおそらく次の
点にあると思います。

・太田さんの話しを前提とする限り,そもそも,太田さんの「口利き行為」は民
法・商法上も「法律行為」ではなく単なる「事実行為」に過ぎない可能性があ
る。仮に,これが「法律行為」(委任)であるとしても,太田さんが商人(商行
為を業とする者)として活動を行ったものでない限り,太田さんがセクションと
の間で明確に報酬の取り決めをしない限りは,報酬を請求できないのが民法の原
則である。
・セクションとしては,太田さんに「口利き」を依頼したのは,太田さんの防衛
庁における経歴,または,将来の政治家としての影響力に期待していたのではな
いか(太田さんが別の考えで行動したとしても。)。そのような口利き行為が批
判を浴びているのは周知のことである。
・上記のようなことを踏まえると,そもそも,太田さんの議論は,私憤を公憤と
して扱っている嫌いがある(契約の不履行の問題を出発点とするのはよいのです
が,そこから日立全体の問題を導き出すのはいかがなものか。また,このような
問題は一人日立だけの問題なのか)。

 このようなことから,「賢明な」読者は,太田さんの問題提起に乗って日立を
俎上に上げた議論をしたがらない(する必要がない)と判断したのではないで
しょうか。

<太田>
>・太田さんの話しを前提とする限り,そもそも,太田さんの「口利き行為」は
民法・商法上も「法律行為」ではなく単なる「事実行為」に過ぎない可能性があ
る。仮に,これが「法律行為」(委任)であるとしても,太田さんが商人(商行
為を業とする者)として活動を行ったものでない限り,太田さんがセクションと
の間で明確に報酬の取り決めをしない限りは,報酬を請求できないのが民法の原
則である。

 ちょっと待って下さい。
 シリーズを読んでおられるはずなのに不思議なことをおっしゃる。私は、この
「紛争」の過程で一度もカネを請求したことなどありませんよ。人の行動原理は
カネだ、と思いこむのがどうやら企業人の哀しい性(さが)のようですね。そこ
からボタンの掛け違いが始まるわけです。
 次に、私とセクションとの関係が、「法律行為」であったことは、セクション
とのメールログから証明できます。それが販売委託契約的なものであって、報酬
規定はしかじか、というやりとりがなされています。ただし、報酬規定はしかじ
かで間違いありませんね、という私からの最終確認メールに対する返事はありま
せんでした。しかし、Aはa(私のコンサルタントの友人)に「報酬規定を含め、
太田さんの要求は全部飲んだ」と語っています。
 ちなみに、私とセクションとの間に「契約関係」があったことは、日立のIT部
門の総括部局側も認めている、と裏情報から断定できます。
 煩瑣になるので、シリーズ中では省きましたが、日立が大分県知事のアポ取り
をした際に、「太田さんにはコンサルをお願いしています」と私に断りなく先方
に伝えており、面会の席上でもAが知事に向かって同じことを言ったので、私
が、「いや、そんな堅苦しい関係ではありませんが・・」と話を変えた、という
経緯があります。
 私が遮ったのは、契約書が存在しないだけではく、コンサルタント契約だとい
うことは、私が日立から顧問料的なものをもらっているか、口利きだけで報酬を
もらう関係にある、と知事に誤解させるからです。
 ここが、日立のIT部門の総括部局を最も悩ませたところだと推察されます。
 私から、コンサルタント契約の存在を主張されたらどうしよう、そうすると私
に(額未定の)報酬を払わなければならないのでは、というわけです。
 しかし、何度も繰り返しますが、私はこの「紛争」の過程で、まったくカネの
話などしていません。

>・セクションとしては,太田さんに「口利き」を依頼したのは,太田さんの防
衛庁における経歴,または,将来の政治家としての影響力に期待していたのでは
ないか(太田さんが別の考えで行動したとしても。)。そのような口利き行為が
批判を浴びているのは周知のことである。

 老後の小遣い銭稼ぎに保険の代理店になれば、まず友人達のところから回る、
のと同じことですよ。
 違うのは、私がかついだ主力製品のお値段が千万円単位であり、やや値が張っ
たことから、回るべき友人が特定のところに限られた、というだけのことです。
 (私は、「口利き」という言葉は、読者の皆さんにわかりやすいだろうと思っ
て使っただけで、日立との間では、一度も使ったことはありません。この言葉の
イメージからして、使わない方がよかったかもしれませんね。)
 日立が「太田さんに「口利き」を依頼したのは,太田さんの防衛庁における経
歴,または,将来の政治家としての影響力に期待していた」のであれば、日立の
私への対応は最初から最後まで間違っていた、つまりは、日立側にそのような感
覚がなさすぎた、ことに私はあきれはてているのです。(私が防衛庁に勤務して
いたことも、選挙に出たことも事実なのであって、私にはどうすることもできま
せん。)

>そもそも,太田さんの議論は,私憤を公憤として扱っている嫌いがある(契約
の不履行の問題を出発点とするのはよいのですが,そこから日立全体の問題を導
き出すのはいかがなものか。また,このような問題は一人日立だけの問題なのか)

 もう一度シリーズを読んでください。私は「契約の不履行」問題など提起して
いません。
 無償で善意にもとづく忠告を繰り返しただけのことです。
 私がこの話をオープンにしたのは、一つには日立が外部からの情報遮断状況に
あって、日々損失を蒙っていることを日立の心ある社員に訴えるためであり、も
う一つには、恐らく「このような問題は一人日立だけの問題」ではないので、広
く読者等に知らせたかったからです。
 「そこから日立全体の問題を導き出すのはいかがなものか」とおっしゃいます
が、(本来自分で言うべきことではないけれど、)私のユニークな能力は、ささ
いなことから「全体の問題を導き出す」ことができる点です。
 私のアングロサクソン論も軍事論もそして国際情勢分析そのものも、その能力
の産物です。
 この時代、無数の日本人が世界中で働き、世界中で学び、世界中を旅行してい
ますが、ささいなことから「全体の問題を導き出す」能力を持っている人は、ほ
んの一握りです。だからこそ、いつまでたっても世界のことが分からないのです。

<読者X>
読者Zさんの例に倣って思いつくままランダムに記します。

・「時期が悪い」、日立シリーズにおける日立のような存在に対して真に反感を
感じているのは、民間の精神的に自立した市民と自立した中小零細企業の経営者
或いは自営業者、自由人であろうと想像する。 彼等が最も忙しい時、期末試験
直前のような時期である確定申告の時期、そしてその直後に来る年度末の決算
期、このような時期に反応が無いと言われても、或いは何か意見を求められても
全く対応する閑などある筈がない。
反応のない原因についての難しい分析などより、こういう単純な事情に想いが巡
らないと本当の世直しは実現しない。
戦う「時」と「場所」を選ぶべし。

・今回の日立の例に見られるように日本の多くの大企業は「法人」とは呼ばれて
いても遠の昔に「人」としての意志も尊厳も喪失している。
その様な組織体に未だに「法的人間性」を夢見て「約束」だの「信義」だのを求
めている人が居るのを見て唖然とするばかりだ、コメントを求められてもなかな
か言葉が続かない。 因みに私は反企業人ではない、全てとは言わないが、社長
の顔の見えている中小企業の一部には未だ武士道も騎士道もそして商人道も生き
ていると実感している。 そしてそこにはケチできついけれども爽やかな世界が
存在する。

・「> そんな会社はつぶれるしかありませんね。」というくだりが#650の文末に
ありました。 これは事実に目を瞑ろうとする発想です。 現実には「当分日立
は潰れないであろう」という見通しと対峙しなくてはいけません。 何故なら
「日立的行動」は現在の日本社会の澱んだ宿痾に対して最も適合した行動であ
り、日立はこの最も適合した悪しき行動を長年にわたり行って来たから大企業に
成れたのだと理解すべきなのです。
即ち日本の社会が今のままである限り日立は永遠なのです。
しかし恐竜がそうであったように環境が変わればそういう日立も忽ち絶滅します。
例えを変えましょう、伝染病の被害から人類を救う方法は大きく分けて二つあり
ます、病原体そのものを殺傷する抗生物質等を使用すること、もう一つは環境衛
生を改善し病原菌が繁殖しにくい環境を創りだすこと。 私は耐性菌とのイタチ
ゴッコを繰り返す前者の方式よりも環境改善による後者の対応の方を好みます。
 清く正しい社会で今の日立が生き抜いていけるだろうか?それこそ忽ちつぶれ
るしかありませんね。
では、清く正しい社会を作るには…、短期的には司法が機能する、法の支配が実
現する社会を作ること、そしてそれを長期的に実現し、維持し、発展させるのは
教育です。

・「紛争処理手段の不備」については同感です。 日本では社会の正義の最後の
拠り所とならなくてはならない筈の司法が本当には殆んど機能していません。
太田さんの言う、「…日本の民事裁判制度は極めて問題があります。」を通り越
して、多くの判事達は社会の現実に目を瞑り背を向けた非常識集団であるように
しか見えません。
尤も、最高裁事務局の意向に反したら生涯網走地裁に転勤させられる事情を考慮
すれば、判事達も日立の役員達同様に自己にとって最も合理的な行動をとる血の
通った動物として同情出来るのかも知れません。
陪審制は愚かな制度だと思いますが、現行の制度よりは遥かにマシな制度なので
しょう。 少なくともそれよりマシな制度に未だお目に掛かったことはありません。
人々が、支配的立場の圧力や顔役、暴力団等に問題の解決を委ねるよりも、仮に
アンビュランスチェイサーと呼ばれる悪徳弁護士が増えたとしても、人々が法の
支配による社会を選択する方がより合理的であると心から感じられる社会にした
いものです。

<太田>
>戦う「時」と「場所」を選ぶべし。

ギャフン。まいりました。

>その様な組織体に未だに「法的人間性」を夢見て「約束」だの「信義」だのを
求めている人が居るのを見て唖然とするばかりだ

 申し訳ないけど、私の方が唖然としました。
 国際情勢分析をするにあたっては、アルカーイダのような反社会的「NGO」は
もとより、歴とした国家であっても、国益(=主権者の利益のことですから、独
裁国家においては独裁者の利益です)が「約束」や「信義」に優先する、という
認識が大前提になります。
 私がそんなことも分からない甘チャンだと思っておられたとすれば、私の国際
情勢分析を中心とするコラムなど、とっくの昔に読むのをお止めになっているは
ずですが・・。
 私が、頭が狂いそうになったのは、日立が「約束」や「信義」を反故にしたこ
とについては、(シリーズ冒頭で防衛庁でのエピソードを紹介したことからもお
分かりのように、)全く驚かなかったけれど、私に対し、社益(利益の追求・確
保)に反する対応を一貫してとったことです。
 社益の追求は、時代を超越した、営利企業にとっての至上命題であるはずであ
り、この点こそ日立の最大の問題点だと私は考えているのです。
 「そんな会社はつぶれるしかありませんね。」と私が指摘したのは、そういう
意味です。
 今までだってそれではダメなのです。環境が激変しつつある現在、そして将来
においてももちろん。

 最後に一点。
 「法の支配による社会」は私も望むところですが、紛争解決が裁判だけによっ
て行われる社会は、好ましい社会であるとは思いません。
 日本は、太古の昔から、裁判とそれ以外の紛争解決方法が機能的に並存してき
た社会(後者のウェートが大きい社会)だと私は考えています。
 問題なのは、現在、どちらの紛争解決方法も、十分機能していないところです。

<読者X>
> 私が、頭が狂いそうになったのは、……、私に対し、社益…に反する対応を一貫
してとったことです。

上記記述の発端となった
>その様な組織体に未だに…夢見て「約束」だの「信義」だのを……を見て唖然と
するばかりだ。

の記述については、『「約束」だの「信義」だのを』という部分に誤った記述を
したことをお詫びすると同時に、より丁寧な説明が必要であったと反省しています。
私の先の投稿の記述は誤っていました。 私がそこで申し上げたかったことは、
「…。社益の追求は、……、営利企業にとっての至上命題であるはずであり、…」 
という点を太田さんは当然の大前提となさったことに対して、「…そうではな
い」と異論を述べたつもりだったのです。
私の常識では、肥大した日立のような組織では一個の有機体として当然の行動で
ある筈の社益を追求するというような動機が最早失われているということです。
 これが怖いのです。
その例の際たるものが政府です。 国家は国益を最優先するのが当然の筈です
が、各省庁の各セクションが国益を最優先に行動していますか?
日立のような企業体も同様です、各セクションの各人が自分の利益と都合だけで
行動している訳で社益のこと等欠片ほども頭にはない筈です、時々社益に沿った
行動をする様に見えるのは偶々自分の利益と社益が一致する時だけです。
日立(大企業)の社益の追求行動を当然となさった、その認識に唖然としたのです。

チョッと話が脇にずれるのですが…、堤 義明容疑者に率いられたコクドと西武
鉄道は「社益」を求めて真しぐらというこの点に於いて稀に見る秀逸な企業だっ
たと思います。
堤 義明容疑者が如何に邪悪な動機に基づいて意思決定したとしても、彼の一つ
の頭脳によって社益を追い求めて有機的に行動する組織が社会に与える害悪や損
失などは高が知れています。
一方、堤 義明容疑者に比べれば遥かに質素で清貧に甘んじた生活をしていた嘗
ての総裁を頭とする真の責任を誰も取ろうとしない道路公団が行った社会的損
失、資源の浪費はコクド・西武などとは比較にならない程凄まじいです。
西武は図体はでかくても本質的に町の小商店でケチ親爺の頭一つで動いていま
す、一方道路公団は中枢神経を持たない自己の生命維持にもそれ程の熱意を持た
ない、ただ、人的、物的、社会的資源をがぶ飲みしその割に人々をあまり幸せに
しない怪物であるという点で、より日立と共通点があります。
ついでに言うなら、堤容疑者は法律を犯した犯罪者であり厳重に処罰されるべき
人間ですが、彼と彼の会社を管理監督する立場にあり、その権限も持ちながらそ
の権限を行使することなく彼と癒着することにより、より多くの利益を得ていた
人や組織の方にも厳重な処罰が行くようにしたいものです。


> 「法の支配による社会」は私も望むところですが、紛争解決が裁判だけによっ
て行われる社会は、好ましい社会であるとは思いません。

以前、私も同様の考え方をしていました、従ってそのおっしゃるところは良く分
かっているつもりです。
が、しかし、そうではない、やはり 「法の支配」だけによる決着を旨とする社
会の方がまだマシだと、段々考えるようになって来たのです。
私は未だその論拠を確立していません、少しだけ言えそうなことは、法の支配以
外による解決は究極で結局強者の理論になるように感じるのです。
何もかも裁判でと言っているのではありません、紛争になった時と限定している
のです、本当の弱者になった時…、紛争になったら「法」以外に頼りになるもの
があるだろうか? 紛争とは即ち相手は弱点を探して攻撃してくる状態なのです
から。
いずれにしても、この問題は私にとっても未解決問題です。
この点について読者の中からご示唆をいただければ幸いです。

<太田>
1 ため息

 日立シリーズを読んだA(大企業に長くお勤めになった経験あり)さんが、
メールでコメントをお寄せになったのですが、彼とのやりとりの一部をご披露さ
せていただきます。

A :何か、お手伝いできることがありましたら、ぜひ、ご協力させていただけ
ればと常々、考えております。

太田:お申し出は大変ありがたいのですが、私にとって今足らないのは人手では
なくお金なのです。しかし、日立の件をご覧になってもお分かりのように、なか
なか、うまくいきません。

A : お金とは・・・・。
確かに貧乏なわたしの及ぶところではないこと、了解いたしました。
 日立の件で、お金が手に入る仕組みがあったやに読めますが、それがうまくい
かなかった、ということでしょうか??

太田:ウーム、まことにコミュニケーションはむつかしい。
 私は、口利きが成功しておれば、口銭が入ったはずだ、という当たり前のこと
を言っただけなのに、私が、日立にクレームをつけてカネをとろうとしたが失敗
したと告白した、と誤解されたようですね。
 私に好意を持っておられる(と勝手に思わせていただきますが)Aさんでも、
そのような誤解が生じるのであれば、日立が私を誤解したのも無理からぬこと
だった、と思うべきでしょうね。

 日立シリーズで書いた私の結論は結論として、一体「見知らぬ」大企業に善意
で近づくにはどうしたらいいのでしょうか。(日立と円満に分かれることは、む
ろん私にとってもメリットはある(もう一度繰り返します。金銭的メリットなど
念頭にありませんよ)けれど、日立にとってのメリットの方が比較にならないほ
ど大きいのですから、私は善意であったと言っていいでしょう。)
 いやそもそも、「見知らぬ」個人に善意で近づくことすら、現在の日本ではや
らない方がいいのでしょうか。

2 読者Xさんへ

>日立(大企業)の社益の追求行動を当然となさった、その認識に唖然としたの
です。

 これは重要な問題提起です。
 どうしても私は合理的に理解しようとしてしまうのですが、社(部門)の中枢
が個々の部門(部局)へのコントロールを放棄してしまっていることは、個々の
社員やその社員が属する部局が「約束」だの「信義」をふみにじって悪徳商売を
することを黙認・奨励する一方で、社(部門)の中枢が責任追及を免れるための
意図的行為なのでしょうか。
 日本はすさまじいところですね。
 フィールドワーカーとしての私の血潮がたぎりつつあります。

 もう一つの合理的説明は、私が前から主張しているように、政府(官僚機構
の)の堕落が官公需依存大企業を堕落させている、ということです。
 つまり、日本は吉田ドクトリンの下、米国の保護国であり続けている。(対北
朝鮮制裁を米国に止められている現状を見よ。)保護国である以上、「国益(=
独立国の利益)」観念は存在しない。
 国益観念がない以上、省益(更には部局益、役人の個人益)しか存在しない。
官邸による各省庁、各省庁による各部局のコントロールも存在しない。
 官公需依存大企業の社益放棄・コントロール放棄の体制は、このような政府
(官僚機構)の姿をそっくり写し取っているだけだ。
 というわけです。
 だけど、国に国益はなくても、企業に社益はあるはずだし、その社益を追求す
る手段(各部局をコントロールする手段)も、企業の方が国よりも豊富に持ち合
わせていることを考えると、この説でもまだ完全には腑に落ちませんね。

<読者V>
>企業に社益はあるはずだし、その社益を追求する手段(各部局をコントロール
する手段)も、企業の方が国よりも豊富に持ち合わせている

とばかりもいえないと思います。
 強大な力を持ち、大組織になるほど組織が硬直化し、その成員が外部環境(社
会正義も含みます)に疎くなり、内部論理優先の集団無責任体質になるのは、官
庁に限らず、戦前戦後に限らず、日立に限らず、普遍の病かと思われます。
 太田先生は、すこし民間企業に幻想を抱いていらっしゃるように思います。

 今回のお怒りの気持ちは理解できますが、結論から申し上げますと、太田先生
など大日立にすれば虫けら同然、本シリーズのクレームなど痛くも痒くもないと
いうのが現実でしょう。
 また、この程度のトラブルであれば「なかったこと」にして踏み潰して前進し
たほうが、結果的にはコストも掛からず合理的だというのが現実ではないでしょ
うか。
 いちいち水鳥がいるからといって、大空母が速度を落としたり進路を変えるこ
となどないのです。
 今回の日立の対応は、たしかに腑に落ちない点はあるものの、経済的にも社会
的にも、社会正義に照らしても全く不合理であるとまではいえない、ましてや潰
れるほどの判断ミスがあるとは到底思えない、それどころか、なかなかうまく片
付けたなという感覚を持つ人もいるかもしれません。
 それは利益追求の営利企業であるからこそ、社会的正義を黙殺するほうが、
(短期的にも長期的にも)合理的な場合があることに起因しています。

 さて、今回のこの件について投稿が少ない理由は、むしろ多くの方が「意外」
の念を抱かなかったことにあるかと思われます。
 大企業対個人、大企業対中小企業などにおいては、ある程度の人生経験のある
方ならば、もっと悲惨な事例も直接に体験もしくは見聞することは少なくないと
思われます(私自身も、勤めていた会社の下請企業の社長が会社の門前で焼身自
殺したことがあります。しかし、社員として私個人ではどうしようもないわけで
す)。そういう矛盾の中で、それでも(それが正義に反するとクレームさえ出来
ずに)市井の人々は懸命に生活しているわけです。

 私憤もそれが個人の体験を離れ、純粋化され、国民に共有されるならばそれは
公憤となるといえるでしょう。
 そういった意味では、私自身も太田先生の怒りを公憤として共有できる基盤は
あるでしょうし、多くの人がそうだといえると思います。
 ただ、今回のシリーズにおいてはまだ十分に熟していないように思えます。
 まだ個人の固有の体験を引きずっていて、日本の大企業対個人、大企業対中小
企業の構図が私的体験を離れて、客観的に構造的に分析されていない。
 このメールマガジンの購読者の期待しているところは、今回のシリーズの調子
として感じられる「実名告発」ではないように思います。
 むしろ太田先生の世界情勢への無辺の造詣から、現代日本社会の(強さも弱さ
も)解明と真の国益の明晰な分析がなされることが期待されているのではないで
しょうか。

 いずれにせよ、本件については、一旦〆て次に進まれるのが得策かと思います。
 一部失礼な表現があったかと思いますが、お許しください。また横からのコメ
ントになり申し訳ありません。

 それでは、今後のご健筆を期待しております。

<太田>
>今回のこの件について投稿が少ない理由は、むしろ多くの方が「意外」の念を
抱かなかったことにあるかと思われます。

 日立の背信行為については、私は怒ったけれど、「意外」の念など全く抱きま
せんでした。私が「意外」だったのは、日立が自損行為(自損事故)的対応を
とった点です。念のため。

>それが正義に反するとクレームさえ出来ずに市井の人々は懸命に生活している
わけです

 私は日立にクレームなどつけていないのですから、関係のない話を持ち出され
ても苦笑するだけです。
 いずれにせよ、弱者が強者に契約書を交わしてもらえない、という実態は変え
なければなりません。それだけで、「市井の人々」の相当多くは助かるはずです。

>今回のお怒りの気持ちは理解できます

 最終的には、怒りではありません。日立の不合理な対応に頭がおかしくなりそ
うになった、ということです。

>太田先生など大日立にすれば虫けら同然、本シリーズのクレームなど痛くも痒
くもないというのが現実でしょう。また、この程度のトラブルであれば「なかっ
たこと」にして踏み潰して前進したほうが、結果的にはコストも掛からず合理的
だというのが現実ではないでしょうか。いちいち水鳥がいるからといって、大空
母が速度を落としたり進路を変えることなどないのです。

 問題はここです。仲介者C(大会社に長年の勤務暦あり)は、私の話を聞いた
時点で、恐らく投稿子と同様の発想からでしょう、結末がゼロ回答だと予想して
いました。私は、日立がそんな自損行為をしでかすはずがないと思っていました。
 ところが、Cにとってまず「意外」だったのは、日立が私からの「クレーム」
を受けて(私が描写したような形で)二ヶ月間かけて徹底的な検討作業を行った
ことです。大変な「コスト」が「掛か」ったはずであり、Cも、これなら前向き
の回答があると思い始めていたようです。私自身は、何たる無駄作業をやってい
るのか、とあきれていましたが・・。
 ところが、その挙げ句のピンボケ・ゼロ回答だったのですから、Cも私も二人
とも「意外」に思った次第です。
 私は、このような日立の対応は、どんな立場に立っても、「意外」であるはず
だと思うのですが、投稿子は「意外」に思っておられないようなので、私はまた
もや「頭がおかしく」なりそうです。

>「企業に社益はあるはずだし、その社益を追求する手段(各部局をコントロー
ルする手段)も、企業の方が国よりも豊富に持ち合わせている」、とばかりもい
えないと思います。

 (「その社益を追求するための各部局をコントロールする手段」と正確に書く
べきでしたが、)カギ括弧内の私の指摘は公理です。この公理に背く企業はつぶ
れるはずです。つぶれないとすれば、その企業に経済外的理由で延命措置が施さ
れているのであり、そんな延命措置は絶つか、延命措置を施している政府ともど
もつぶさなければなりません。

><日立側に>潰れるほどの判断ミスがあるとは到底思えない

 この程度の簡単なケースで自損事故を招来してしまう判断ミスを犯す企業は、
必ず潰れると私は思いますよ。
 繰り返しますが、潰れないとすれば、延命措置が施されているのです。

>まだ個人の固有の体験を引きずっていて、日本の大企業対個人、大企業対中小
企業の構図が私的体験を離れて、客観的に構造的に分析されていない。

 私のコラム#651に引きずられたのでしょうが、日立シリーズのメインテーマは
そんなところにはありません。
 何度も繰り返しますが、大企業がなぜ自損行為(自損事故)をしでかしたの
か、です。

>太田先生の世界情勢への無辺の造詣から、現代日本社会の(強さも弱さも)解
明と真の国益の明晰な分析がなされることが期待されている

 激励していただき、ありがとうございます。
 ただし、私自身は、日立問題の徹底的解明なくしてそれは不可能だと思ってい
ます。
 私の「統計的分析」によれば、日立の背信行為を咎めず、日立の最終的対応を
意外とも思わない方は大企業にお勤めの方(や恐らく下請け企業の経営者)に多
く、背信行為に怒り、かつ最終的対応を意外と思う方は独立している中小企業の
経営者に多いのです。
 そして、私の中間的総括は次のとおりです。
 前者の方々は、厳しい言い方をすれば、乗っている船が氷河にぶつかって沈み
つつあることに気づいていない、あわれな方々だ、ということです。

>利益追求の営利企業であるからこそ、社会的正義を黙殺するほうが、(短期的
にも長期的にも)合理的な場合がある

 全く同感ですが、私がシリーズの中で言ったことと同じ話を繰り返さないで下
さい。
 私は、日立が社会的正義を黙殺しても驚かないが、利益追求(損失の回避)を
しなかったことに驚いているのです。
 より正確に言えば、損失を受忍するか回避するか、といった検討を恐らく行わ
ないまま、裁判で勝てるかどうかの検討に血道をあげたことに驚いているのです。
 私に、何ら金銭的要求をする気も裁判に訴える気もなかったにもかかわらず・・。

 私の方こそ、率直に申し上げすぎたかもしれませんが、私の名前に免じてお許
しいただきたいと存じます。

<読者X>
太田述正 様

> >日立(大企業)の社益の追求行動を当然となさった、その認識に唖然とした
のです。

> これは重要な問題提起です。
> どうしても私は合理的に理解しようとしてしまうのですが、社(部門)の中枢
が個々の部門(部局)へのコントロールを放棄してしまっていることは、個々の
社員やその社員が属する部局が「約束」だの「信義」をふみにじって悪徳商売を
することを黙認・奨励する一方で、社(部門)の中枢が責任追及を免れるための
意図的行為なのでしょうか。

 お答えします。
 その通りです。 少なくとも私はそう認識しています。
 ・・・・中枢が責任追及を免れるために、コントロールを放棄することにより
免罪符を入手し痛痒感を感じずに悪徳商売をすることを黙認・奨励出来るよう
に、意図的にそうしているのです。
 これは企業統治の理想など欠片ほどにも持たない殆んどの取締役や監査役にご
く日常的に見られる行動です。
 勿論これは社益に反する行為で、民間企業の場合にはこんな事はあり得ないは
ずだ、というのが太田さんの腑に落ちない点ですね。
 本当の自立した民間企業の場合は全くその通りです。

 しかし、官公需依存大企業はそうではありません、その実態は「個人株主の集
合」が所有する会社なのではなく「公官庁」が所有する会社であり、同時に「公
官庁」の子会社なのですから。
 だから社益など考えなくても存続可能で、太田さんが期待するようには そう
簡単にはつぶれません。
 正しく統治されていれば決して発生しなかった筈の莫大な無駄なコストは、こ
ういう会社の場合、税金で補填されるのではなく、国力の低下即ち円の価値の低
下というかたちで発露し、これは市民生活の質の低下というかたちで補填されます。
 税金の様に直接的ではないので多くの国民はそれに気がつかず、その分余計に
始末が悪いのです。
 諸外国に比べて国民がこんなに勤勉に働いているのに一向に人々の生活が豊か
にならない根源の一つはこれです。

 マクロ経済に不慣れな方のために表現を変えましょう。
 「社益」動機を持たない会社の行動は当然の如く利益を生まないばかりか資源
の無駄使いをしますから、それは国力の低下を招きます。
 また人一倍忙しく働かなくてはなりませんが家庭は少しも豊かになりません、
豊かな家庭を作るために生産された筈だったものが、或いは家庭を豊かにする筈
だった資源が、「仕事のための仕事」に浪費されてしまうからです。
 このように、いうなれば家庭で幸せに消費される筈だった財の流用補填によっ
てこれ等の会社は生き長らえることが出来ますからそう簡単につぶれることはあ
りません。

 自由経済の妙は、個個人の利己的な行動が個人の意図とは関係なく集団の繁栄
につながる仕組み所謂「神の見えざる手の導き」にあった訳ですが、公官庁経済
の悲劇は、個個人の合理的で利己的な行動が個人の意図とは関係なく集団の貧困
につながって行く、いわば「悪魔の見えざる手の導き」によって貧困のスパイラ
ルに陥って行くことです。
 只、スパイラルと言っても無限地獄へのスパイラルではなく、市民の生活水準
の低下という実質的には家計の犠牲による補填によって下支え補正されてしまい
ますから、決して 豊かにはなれないが破綻もしないという不幸な安定状態に落
ち着くことになります。
さしずめ、これが戦後50年間の繁栄すれども個人生活は豊かにならない日本の状
態なのでしょう。

 太田さんのおっしゃる「もう一つの合理的説明は、私が前から主張しているよ
うに、…」から始まる、一連の論理展開については全面的に同意します。  補
足するならば、政府のレベルは国民レベルに収斂しますから結局行き着く先は教
育ということになるのでしょうか。

最後になりましたが
> …その社益を追求する手段(各部局をコントロールする手段)も、企業の方が
国よりも豊富に持ち合わせていることを考えると…
については、官公需依存大企業が「株主」の会社ではなく「公官庁」の会社であ
り「公官庁」の子会社でもあること故にまずつぶれる恐れがないことを考慮すれ
ば、社益など考えなくても済む行動があり得、且つそれが担当役員にとってそれ
なりに合理的な行動であることについて、腑に落ちて頂けましたでしょうか?
 ミクロには皆それなりに合理的に行動しているのですよ、日立の役員も、ニッ
ポン放送の役員も!