太田述正コラム#2120(2007.10.12)
<集団自決問題と沖縄(その1)>(2007.11.14公開)

1 始めに

  来年度から使用される高校日本史教科書において、「日本軍に集団自決を強制された」などとする沖縄戦の記述が、今春の検定で修正されました。
 これに反発した沖縄では、県民集会に県知事以下約11万人が参加し、集団自決が日本軍の「関与」なしには起こりえなかったと強調し、今回の修正は沖縄戦体験者の数多くの証言を否定し歪曲するものだと批判し、検定意見撤回を求める決議が採択されました。
 この沖縄での動きを受け、町村官房長官は、渡海文部科学相に対し、教科書の記述を再修正できるかどうか、検討するよう指示しました。
 (以上、
http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20071002ig90.htm
(10月3日アクセス)による。)

 これは、慰安婦問題と類似の、日本軍の命令か関与かが問われている問題であると言えるでしょう。
 その上で、ただちに出てくる疑問は二つあります。
 どうして慰安婦問題の時には検定の再修正を頭から拒絶した政府が、集団自決問題の時には再修正を検討する姿勢を示したのか、というのが第一。
 どうして、サイパンや満州での敗戦時の集団自決については同じような問題が持ち上がっていないのか、というのが第二です。

2 疑問に対する回答の模索

 (1)慰安婦問題と集団自決問題

 第一の疑問については、朝鮮日報のコラムが一つの回答を示しています。
 「なぜ沖縄の言い分は聞き入れながら、韓国を無視するのか・・日本政府は沖縄に関しては教科書の内容を修正しても、韓国に対してそうすることはない。それは・・沖縄<は>・・独立を放棄した<のに対し、>・・韓国が独立を取り戻した国だからだ。」というのです。「日本政府が教科書の内容を再検討して「強要」との記述を復活させたとしても、それは独立を放棄したことへの対価の一部と言えるかもしれない。」というわけです。 (以上、
http://www.chosunonline.com/article/20071007000020
http://www.chosunonline.com/article/20071007000021
(10月9日アクセス)による。)

 朝鮮日報のこの問題提起は重要であると思います。

 (2)サイパンと沖縄と満州

 次に第二の疑問についてです。
 サイパンと沖縄の集団自決については、住民と日本軍が行動を共にしていたこと、敵軍が米軍であったこと、日本領内で起こったことである点で共通しています。
 他方、満州での集団自決は、日本軍に取り残された開拓民によるものであったこと、「外国」で起こったこと、敵軍がソ連軍であったこと、といった点でサイパン・沖縄のケースとは事情が異なります(典拠省略)。
 そこで、サイパンと沖縄の集団自決だけに焦点を絞ることにしましょう。
 サイパンにおいては住民が崖から海中へ飛び降りたりして集団自決したのに対し、沖縄においては軍人が支給した手榴弾を使ったり、殺し合ったりして集団自決した、という違いこそありますが、不思議なことに、集団自決が軍の命令によるものであったという意識が生き残った住民の間で醸成されたのは沖縄の方だけです。
 サイパンの場合、住民の約6割が沖縄出身であったということも併せ考えると、ますますもって不思議です。
 (以上、サイパンについての事実関係は
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/saipann.htm
(10月12日アクセス)による。沖縄についての事実関係は、例えば
http://www.geocities.jp/torikai007/1945/kerama.html
による。)

 この疑問は、サイパンは日本本土の延長であったのに対し、沖縄は、朝鮮日報の上記コラムが示唆しているように、少なくとも当時、台湾、朝鮮半島同様の日本の植民地(外地)であったとすれば、解けるのかもしれません。
 自国の領土に敵の侵攻を受けた軍隊が、自国の住民達と行動を共にしたのがサイパンであり(注1)、外地で敵の侵攻を受けた宗主国の軍隊が、その外地の住民達と行動を共にしたのが沖縄であった、と考えるわけです。

 (注1)もとより、厳密に言えばサイパンは内地ではなく日本の委任統治領であり、現地にはチャモロ人等、本来の原住民がいた(matsuyama前掲)わけだが、彼らのことは除外して論じている。(恐らく沖縄出身者も含め、)サイパンの日本人住民達には内地人意識があったと措定しているわけだ。

 宗主国の軍隊と原住民達との間に相互不信・・それが潜在的かつ無意識的なものであったとしても・・があり、軍は住民が安易に敵軍に投降して軍の情報を漏洩するのではないかと疑い、住民は軍がいざとなれば自分達を見捨てるのではないかと疑っていたといったことは大いにありえます。
 まさに当時の沖縄がそうだったのではないか、と私は想像するのです。

 いや、現在も沖縄は依然として先の大戦当時の意識を引きずっているのではないかと思わせたのが、冒頭に触れた沖縄での住民集会の参加人数の発表の仕方です。
 通常こういった集会に関しては、主宰者発表の数字は誇張されている場合が多いことから、警察発表の数字が引用されるのが通例ですが、沖縄の警察等によれば実際の参加者は4万人強であったというのに、約11万人という数字だけが、しかもクレジット抜きで発表され、警察が発表を控えたのは、警察が「宗主国」日本の手先であると沖縄の住民から見られており、警察もそのことを自覚しているからではないでしょうか。
 (以上、
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/071006/stt0710062247005-n1.htm
(10月7日アクセス)による。)

(続く)