太田述正コラム#1761(2007.5.8)
<米国とは何か(続々)(その5)>(2007.11.10公開)

 (4)奴隷制

 次に、イベジ博士(前出)の諸論考に加えて、BBCの歴史サイトのウォレスハドリル(Andrew Wallace-Hadrill)教授のローマ論論考(
http://www.bbc.co.uk/history/ancient/romans/empire_01.shtml
。5月3日アクセス)をも参考にしつつ、ローマと米国の奴隷制について論じることにしましょう。
 
 共和制ローマの奴隷制における奴隷は、大部分、ローマの膨張の過程で敗者を奴隷にしたものですが、ローマの経済は農業も製造業も奴隷に依存しており、ためにローマの技術発展は阻害されてしまいます。
 反抗した奴隷は円形闘技場で集団で磔(はりつけ)にされたのですが、その見物はローマ市民の主要なレジャーの一つでした。

 このように人権感覚のかけらもなかった共和制ローマですが、変化が起こりかけたのは、帝政になってからです。
 紀元100年頃、トラヤヌス(Marcus Ulpius Nerva Traianus=Trajan。53〜117年。五賢帝の2番目。彼の統治下でローマの版図は最大となった)帝の親友であったギリシャ人のストア派哲学者のクリソストム(Dion Chrysostom=golden-mouthed。40?〜112?年)が、ローマ市で二日間にわたって奴隷制を批判する講演を行ったのです。
 この講演はローマ市民に大きなインパクトを与え、ローマではもともと奴隷を解放(manumission。無償の場合と奴隷が金を奴隷主に支払う方法があった)することが認められていたところ、その数がどんどん増えていったのです。
 この趨勢が続けばローマの奴隷制は自然消滅した可能性すらあるのです。
 ところがどっこい、奴隷制はなくなりませんでした。
 それはローマ帝国に広まったキリスト教のせいでした。
 そもそも、キリスト教の聖書には、新約聖書も含め、奴隷制を批判する記述は皆無です。
 キリスト教生誕から800年間にわたって、キリスト教の聖職者で奴隷制を批判した者は1人もいません。
 それどころか、あの有名な聖アウグスティヌス(Augustine of Hippo。354〜430年)のように、奴隷制を認めるどころか、奴隷制に聖なるお墨つきまで与えた聖職者が少なくありません。
 ローマ皇帝で最初のキリスト教徒となったコンスタンティヌス(Constantine 。274?〜337年)は、それまでの非キリスト教徒の皇帝達が制定した奴隷保護のための諸法の大部分を廃止し、奴隷主は奴隷を撲殺できるものとし、奴隷の両親が子供を奴隷として売ることを認め、キリスト教徒の女性と奴隷が性的関係を持った場合はその女性は焼死させられ、奴隷も処刑されることとしたのです。
 彼がキリスト教徒になったことによるプラスの影響と言ったら、(人間の顔は神に似せてつくられたとして)顔に奴隷たることを示すための焼きごてをあてることを止めさせ、(キリスト教は家族愛を重視しているとして)奴隷の家族を奴隷主が引き裂くことを禁じたことくらいでした。
 キリスト教会は、奴隷の避難所に任ずるどころか、自ら奴隷を保有していました。
 欧州における奴隷制は、12世紀前後に経済的理由から、農奴制(serfdom)に転換して行く形でほぼ自然消滅する(注14)のですが、教会だけは奴隷の保有を続け、フランス革命直前の時点でフランスだけで、教会は5万から6万人の奴隷を保有していました。

 (注14)1517年にドイツにおける宗教改革を始めたルター(Martin Luther。1483〜1546年)は、1524年に農奴制廃止を求めて農奴達がドイツ農民戦争を起こすと、諸侯側に立って、農奴達を激しく糾弾した。キリスト教の奴隷ないし奴隷に準じる存在に対する姿勢は、カトリックとプロテスタントを問わず、一貫している。

 しかも、教会は、アフリカ等の非キリスト教地域(欧州においても、教会から破門されたキリスト教徒たる国王をいただく地域であれば同様)の住民を奴隷にすることにお墨つきを与えただけでなく、自ら奴隷貿易に従事することさえあったのです。
 キリスト教(カトリック)原理主義のスペインは、15世紀末の新大陸発見以前からアフリカの非キリスト教を奴隷にしてきており、この習慣をそのまま新大陸に持ち込みます。
 このようなスペインや、これに続いたフランスによる新大陸での奴隷制を横目で見て、アンチ・キリスト教的であったイギリスも、躊躇しつつも自らの北米植民地において奴隷制を認めるとともに奴隷貿易に乗り出して行くことになるのです。
 (以上、事実関係は
http://freetruth.50webs.org/B3c.htm
http://www.fsmitha.com/h1/ch24.htm
(どちらも5月8日アクセス)による。)

 このように見てくると、米国は、キリスト教(プロテスタント)原理主義者たるイギリス人が中心となって建国されただけに、その奴隷制は、ローマの奴隷制の直系ではないかという気がしてきませんか。

(続く)