太田述正コラム#1755(2007.5.3)
<米国とは何か(続々)(その1)>(2007.11.6公開)

1 始めに

 大方のイギリス人は、古代「ローマは、巨大で、一枚岩の独裁体制であって、いやがる人々にその意思を押し付け、どのように生きるか、何をしゃべり、何を信仰するかを指示した<ところの、>ナチスのごときものと見て」います(
http://www.bbc.co.uk/history/ancient/romans/questions_01.shtml
5月3日アクセス)。
 これは、少しローマに対して厳しすぎる見方ですが、塩野七生(1937年〜)(注1)は、そんなローマに惚れ込み、「人類の歴史のなかで、なぜローマのみが、民族、文化、宗教の違いを超えた《普遍帝国》を作り上げることができたのか−。」という問題意識の下、大長編歴史エッセー『ローマ人の物語』を書き上げた(
http://www.sankei.co.jp/books/news/061214/nws061214000.htm
。5月3日アクセス)というのですから、まことに奇特なことです。

 (注1) 塩野は、芥川賞作家の庄司薫(1937年〜)と日比谷高校同期であり、二人は私の11年先輩にあたる。日比谷はこのように、谷崎潤一郎(府立一中時代。1886〜1965年)や江藤淳(1932〜99年)等作家を多数輩出している。

 私の問題意識は、よくご承知のように、日本が、グローバルスタンダード文明であるアングロサクソン文明とどう関わっていくべきか、であり、そのためにアングロサクソン文明とは何かを理解したい、というものです。
 アングロサクソン文明を理解するためには、アンチ・アングロサクソン文明とも言うべき、欧州文明についてもそれなりに知らなければなりません。
 また、そうしないと、アングロサクソン文明を主、欧州文明を従とする両文明のキメラであると私が考えているところの、米国「文明」を理解することもできない、と思っているのです。
 ですから私は、ローマについては、そのローマが国教としたキリスト教についてと同様、欧州文明についてより深く知るよすがになればよい、という程度の関心しか持っていません。
 そんな私が、塩野の『ローマ人の物語』の初巻の『ローマは一日にして成らず』を文庫本(上下。新潮文庫2002年。原著は1992年)で読む機会があったのですが、案の定、あまり面白くありませんでした。 
 というのは、王政・・王政とは言っても、王朝制ではない・・のローマがどうしてBC509年に共和制ローマになったか、について、塩野は、単に「共同体初期のうちは・・効率的な・・1人が決め1人が実行の先頭に立つ<ところの>・・王政は、前6世紀末には使命を終えていたのであろう」という一言で片付けてしまっている(同書上109〜110頁)からです。
 共和制への移行は、「建国」からポエニ戦争直前に至るまでのローマの歴史における最大のエポックであるにもかかわらず・・。

2 米国建国の父達とローマ

 米国建国の父達が、帝政ローマならぬ共和制ローマ(the Roman republic)に強い影響を受けていたことは、共和制ローマ(と帝政ローマ)の国章として用いられた鷲を米国の国章とした(
http://www.friesian.com/presiden.htm
。5月2日アクセス)こと、1792〜93年に、主要政党として共和党が創立されたことや1788年に発効した米国憲法の第9条に「各州に共和的政体(Republican form of Government)を保証する」という規定(注2)が設けられたこと(
http://en.wikipedia.org/wiki/Republicanism_in_the_United_States
。5月2日アクセス)のほか、 同じく憲法において、元老院(senate)、拒否権(veto)、総督(governor=州知事)、といった共和制ローマの政治制度由来の言葉を多数採用した(
http://www.bbc.co.uk/history/ancient/romans/empiresofabsentmind_article_01.shtml。5月2日アクセス)こと等から明らかです。

 (注2)この条項にいう共和制(republic)とは、一般に王政や独裁制を排除する概念と考えられているところ、米国の判例で、市民の平等権と市民が政府を選ぶ権利を含む概念である、とされている。

(続く)