太田述正コラム#2143(2007.10.24)
<防衛省不祥事報道に思う(続x4)>

1 始めに

 本日付の毎日新聞の社説(下掲)をご覧下さい。
 全文引用したのは問題があるけれど、そこは毎日新聞にもサンデー毎日にも防衛省不祥事問題で取材にご協力してきたことに免じてお見逃しください。

 「この組織に国際貢献を説き、洋上給油活動の継続を認めてほしいと訴える資格があるのかどうか。深刻な疑問を抱かざるを得ない。新テロ対策特措法案の致命傷になりかねないような防衛省内部の不祥事が、相次いで発覚した。一つは、油の転用疑惑にかかわる給油量の誤りを海上自衛隊が確認しておきながら、内部で隠ぺいしていた問題。もう一つは、守屋武昌前防衛事務次官が防衛関連の専門商社から度重なる接待を受けていた問題である。とりわけ給油量の隠ぺいは、自衛隊運用の大原則である文民統制(シビリアンコントロール)を根幹から揺るがすものだ。また次官として4年余も省内で権勢を振るってきた守屋氏は、この問題でも責任がある。海自提供の油がイラク戦争に転用されたのではないかとの疑惑は、2003年5月6日、イラク作戦に従事した米空母キティホークの司令官が「我々は 海自から米軍の補給艦を経由して間接的に計80万ガロンの燃料補給を受けた」と発言したのが発端だ。この量から推定すると、キティホークは海自の油でアフガニスタンから遠いペルシャ湾奥部に入ったことになる。しかし、3日後の5月9日、当時の福田康夫官房長官は補給量が80万ガロンではなく20万ガロンだったと説明したうえで「これは1日分。瞬間的に消費され、ペルシャ湾に入れる量ではない」との論理で転用を否定していた。今回発覚したのは、否定の論理を崩すデータの隠ぺいだ。防衛省が与野党に提出した報告書によると、海上幕僚監部の防衛課長らは同じ5月9日の段階 で80万ガロンが正しいことに気づいたにもかかわらず、「転用問題が沈静化しつつあった」などとして上司には報告せず、訂正もしなかったという。海自にとって80万ガロンという数字は「不都合な真実」だったのだろう。国民には知らせず、その場を取り繕えばいいという浅はかな考えだ。「つね に国民の心を自己の心とし、一身の利害を越えて公につくすことに誇りをもたなければならない」(「自衛官の心がまえ」、1961年制定)ということを忘れたのか。新テロ特措法案は23日に衆院本会議で趣旨説明と質疑が行われたものの、隠ぺいの発覚によって委員会審議の見通しはすっかり不透明になった。法案審議に先立ち守屋前次官や隠ぺいに関与した海自幹部の証人喚問を実施するよう野党側が主張するのは当然だろう。給油活動を継続するかどうかを問う前に、防衛省・自衛隊に文民統制が貫かれているかどうかの厳密な点検から始めるべきだ。隠ぺいに関与したのは課長クラスだけなのか。内局の幹部はなぜ把握できなかったのか。同様の事態を防ぐにはどのような仕組みが必要なのか。福田首相は「私まで疑われる」と怒ってみせたが、自衛隊の最高責任者である首相自身の責任も問われなければならない。これらの真相解明こそが、法案審議の前提である。」
http://mainichi.jp/select/opinion/editorial/news/20071024k0000m070144000c.html
(10月24日アクセス。以下同じ)

2 毎日新聞

 「給油量の誤りを海上自衛隊が確認しておきながら、内部で隠ぺいしていた」ことは悪いことです。
 だけど、「守屋武昌前防衛事務次官が防衛関連の専門商社から度重なる接待を受けていた問題」をずっと以前から知っていて、朝日と産経が報道するまで、毎日も「内部で隠ぺいしていた」のではなかったですか。
 朝日と産経にリスクを冒させた上で、大丈夫だと見きわめをつけて、毎日はその2日後に後出しじゃんけんみたいに守屋接待に関わる記事を大量に書いた、と私はかんぐっているのだけれど、そんなこずるい(失礼!)新聞社に海幕の関係者を大上段に振りかぶって批判されると、海上自衛隊大好き人間の私としてはいささか鼻白みますね。

 まあそれはそれとして、電子版を見る限り、一番この問題をよく取材しているのが毎日であることは認めましょう。 
 内部部局(内局)の艦船武器課が、海幕と同じ給油データを保有していた、と書いている(
http://mainichi.jp/select/seiji/news/20071024k0000m010076000c.html
)からです。
 これは、本来最も政治に敏感でなければならない防衛省(当時は防衛庁)の内局が、20万ガロンという数字が間違いであることにすら、気付かなかったことを意味します。そんな課、そんな内局ならない方がマシでしょう。
 ここでも、防衛省キャリアの無能、無気力ぶりが露呈した感があります。

3 自民党系政治家

 私はシビリアンコントロールという言葉は余り好きではないのですが、防衛省・自衛隊が国民を代表する政治家の指示に従うべきなのは当然です。
 そして、政治家が適切な指示をするためにも、防衛省・自衛隊サイドは適時適切に情報を政治家に伝えなければなりません。
 ですから、仕事で大きなミスをした場合、その事実だって、速やかに政治家に伝えるべきでしょう。
 とはいえ、大きなミスを犯したことを認めるということは、自分のキャリアに傷が付くことを意味します。
 それを押してミスを伝える気持ちにさせるためには、政治家の人格・識見が敬意を払うに値するものである必要がある、と思いませんか?

 既に6年半も前のことですが、私は拙著『防衛庁再生宣言』で次のように記しました。

 「昨年<(2000年)>、自民党内で「反乱」を試み、一転悲劇(喜劇?)の人となった加藤紘一氏こそ、宮澤氏の愛弟子であり、保守本流のなれの果てを象徴する人物である。評論家の屋山太郎氏は、「加藤さんの周囲から聞こえてくるのは鉄鋼メーカー『共和』から金が流れたという話や北朝鮮の米の利権に絡んでいるといった利権の話ばかり。あるいは山形県内の建設業を仕切って"山形の金丸信"と呼ばれているとかね。要するに加藤紘一は斡旋利得を政治と心得ている、少なくともそれを保守本流だと思いこんでいる」と言っているが、このことは、山形県を管内に抱える仙台防衛施設局の局長であった私が、職務上実感したことだ。 この加藤氏が、防衛庁長官として初入閣した1984年(すでに宏池会のプリンスと言われていたが)、年末の防衛庁キャリアの会に出席して次のように挨拶した。「防衛庁長官にという話がきたとき、なんで自分が防衛庁長官なんぞにならなきゃいかんのかとがっかりした。しかし、ヨーロッパでは、国防大臣になるのは一流政治家への登竜門だ。とすれば、防衛庁長官を経験することも、悪くないかもしれないと思い直した。それにしても、皆さんは、よくもまあこんなところで一生勤めておられますね」と。」(27〜48頁)
 実はこの本を出した時は、この記述のこともあって、いつ(私の高校・大学の先輩である)加藤氏から追及されるかヒヤヒヤしていたのですが、同じ年に、加藤氏が、地元秘書の不祥事の責任をとって議員辞職したので首をなで下ろしたものです。
 その後、加藤氏が政治家に復活したので呆れかえりましたが・・。

 ここで守屋氏のことを思い出しませんか?
 自民党系の政治家は、ほとんどが自衛隊員を蔑み、哀れんでおり、かつほとんどが利権まみれですが、加藤氏のように、自衛隊員に対する蔑み、哀れみを、何十人もの集まりで口にしたりすることはありませんし、また、大部分は利権漁りで捜査当局に捕まらないように細心の注意を払います。
 他方、中央官庁のキャリア官僚は、ほとんどが業者と癒着関係にありますが、守屋氏のような頻度で、しかも一つの業者からゴルフや飲食等の接待を受けない程度の常識と用心深さはあります。
 非常識さといい、脇の甘さといい、この二人は実によく似ていると思いませんか。
 いずれにせよ、加藤氏もそれ以外の自民党系政治家のほとんども、程度の違いはあっても、基本的には全く同じです。
 つまり、「つねに国民の心を自己の心とし、一身の利害を越えて公につくすことに誇りをも」(「自衛官の心がまえ」)っている自民党系政治家なんてほとんどいないということです。
 歴代防衛庁長官や防衛大臣もしかりです。
 そんな政治家連中のために、どうして自分達のキャリアに傷をつけなければいけないのか、と海幕の幹部達が考えたとして、あなたは彼らを咎められますか?
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太田述正コラム#2144(2007.10.24)
<私のTV出演(続)>

→事情により、公開しません。