太田述正コラム#2067(2007.9.16)
<米軍で要職を占める海軍将官>(2007.10.17公開)

1 始めに

 このところ、米軍において、海軍の将官が要職を占める事例が目立っています。

2 要職を占める海軍将官

 マレン(Michael Glenn Mullen.1946年〜)海軍大将が10月1日に米統合参謀本部議長に就任します。1985年に海軍大将が同職に就任して以来、実に22年ぶりのことです。
 しかも、7月27日には、米軍の最も困難な職責とされる統合参謀本部副議長に広義の海軍である海兵隊のカートライト(James E. Cartwright。1949年〜)海兵隊大将が就任しているのです。
 その上、今年3月には、ファロン(William J. Fallon。1944年〜)海軍大将が、米中央軍(CENTCOM)の初の海軍出身の司令官に就任しています(注)。

 (注)1983年の創立以来、中央軍の司令官には、陸軍出身が5名、海兵隊出身が3名就いてきた。

 このことに一番意気消沈しているのは、対テロ戦争の第一線で一番血と汗を流している陸軍です。現在だってイラク駐留米軍とアフガニスタン駐留米軍の司令官は、どちらも米中央軍の指揮下にありますが、陸軍将官です。
 空軍も面白かろうはずがありません。空軍出身が地域統合軍の司令官に就いているのは北米軍だけになってしまったからです。空軍はファロンが太平洋軍司令官から中央軍司令官に横滑りした後を狙ったのですが、結局、太平洋軍司令官に就任したのは同じ海軍出身のキーティング(Timothy J. Keating)海軍大将でした。
 陸軍は、自分達が冷遇されているのは、前国防長官のラムズフェルトが、陸軍を近代的な機動的戦争(expeditionary warfare)に適した形へと変身させようとしたことに陸軍が抵抗していると思いこんだためだ、というぼやきが陸軍からは聞こえてきます。
 また、現在の国防副長官のイングランド(Gordon R. England)は、ブッシュ政権の初期に2年間海軍長官を勤めており、対テロ戦争で手一杯のゲーツ国防長官に代わって国防省内の業務の多くを取り仕切っており、海軍贔屓の人事を行っているとも言われています。
 しかし、消息通に言わせると、海軍将官が要職を占めるようになった最大の理由は、海軍軍人が最も知的に鍛えられているからであり、大局観があり、世界の政治指導者達の前に出ても物怖じしないからなのです。
 なぜ海軍軍人がそうなるかと言うと、比較的若い士官時代に艦艇を広大な海の上でたった一人で指揮しなければならず、上司の助けを得ずに速やかに決断することを求められるからなのです。
 また、その海軍将官が、「最近」要職を占めるようになったのは、最近の軍事的脅威がグローバルなものになり、外国の文化を理解することが不可欠になってきているところ、海軍士官達は、世界中の海を哨戒し、訪問先の港で様々な国の政府機関と頻繁に接触しなければならないことから、グローバルな視点を身につけ、文化の違いもわきまえているからなのです。

 (以上、基本的に
http://www.latimes.com/news/nationworld/nation/la-na-navy10jun10,0,1917044,print.story?coll=la-home-center
(6月10日アクセス)による。)

3 ファロンとペトラユースの組み合わせ

 ケーススタディ的に、海軍のファロンとその部下である陸軍のペトラユースの関係を見てみましょう。
 ファロンはヴィラノヴァ(Villanova)大学というぱっとしない大学に入り、海軍の予備士官課程(ROTC)を学業の傍ら修了してパイロット資格をとります。
 米海軍に入ってからはオールド・ドミニオン(Old Dominion)大学という、これまたぱっとしない大学で国際問題の修士号を取得します。
 (以上
http://en.wikipedia.org/wiki/William_J._Fallon
(9月16日アクセス)による。)
 いわば、ファロンはたたき上げの人物なのです。
 これに対し、ペトラユース(David H. Petraeus。1952年〜)は陸軍士官学校卒で、米陸軍に入ってからはプリンストン大学で国際関係論の博士号を取得する(コラム#1615)というエリート中のエリートです。
 年齢差はあるものの、たたき上げのファロンがエリート中のエリートであるペトラユースの上司になるのですから、海軍に入っていかにファロンが大きく成長したかが分かろうというものです。
 
 ファロンは、上司に異を唱えることを躊躇しませんが、ペトラユースは上司の意向に忠実にその実現に向けて努力するタイプです。
 ファロンは太平洋軍司令官だった頃、文官や制服の上司達に逆らって、対中共宥和政策を主張しましたし、中央軍司令官に就任する直前の今年2月には、3つめの空母機動部隊を太平洋軍からペルシャ湾(中央軍)に派遣することを拒否しました。必要性に疑問があるし、イランが米国が戦争をしかけようとしていると思いかねない、というのです。
 中央軍司令官に就任してからは、ブッシュ大統領を間に挟んで、できるだけ多数の兵力をイラクにとどめておきたいペトラユースに反対し、ファロンは、アフガニスタンに米陸上兵力を多少なりとも転用すべきであり、それはイランの対米不安を軽減することにも資する、と主張し、綱引きが続いています。

 (以上、特に断っていない限り
http://www.atimes.com/atimes/Middle_East/II14Ak02.html
(9月14日アクセス)による。)

 ブッシュやチェイニーはどうしようもないけれど、また、ラムズフェルトもどうしようもなかったけれど、海軍将官を要所要所でトップに据えることを認めるとは、ゲーツはなかなかのものですね。