太田述正コラム#1727(2007.4.10)
<宗教を信じるメリット?(その2)>(2007.10.8公開)

3 宗教を信じるメリット

 (以下、特に断っていない限り
http://www.nytimes.com/2007/03/04/magazine/04evolution.t.html?ref=magazine&pagew。anted=print
(3月5日アクセス)、及び、
http://www.citeulike.org/user/crispinb/article/1003486
http://www.acampbell.ukfsn.org/bookreviews/r/atran.html
http://barrysolow.vox.com/library/post/in-gods-we-trust-the-evolutionary-landscape-of-religion.html
http://barrysolow.vox.com/library/post/in-gods-we-trust-part-ii-the-supernatural-quasipropositions-and-ritual.html
(いずれも4月8日アクセス)による。)

 (1)始めに

 宗教は、人間社会のあらゆるところで目にすることができます(注2)が、それが身体的・精神的に多大の負荷を人間にかける(注3)にもかかわらず、それを信じることで、メリットがあるのかどうか、必ずしも明らかではありません。

 (注2)宗教、すなわち、神または神々、後世、祈りや儀式の人間の運命変更効果、を信じる営みは、古今東西の人間社会のほぼすべてで見いだされる。
 (注3)儀式に費やされる時間と資源、タブーを遵守するために捧げられる心理的エネルギー、そして加入儀礼に往々にして伴う痛み、等。

 それどころか、宗教を信じることは、時として、実世界についての誤帰因(misattribution)や誤解(misunderstanding)といったデメリットすら伴います。
 どうしてそんな宗教を人間は信じるのか大変不思議です。
 この謎を解明するための、脳科学者達による、前頭葉に宗教中枢があるのではないかという研究は何も生み出しませんでした。
 他方、進化論学者達による研究は着実に進展しており、この謎が解明されるのもそう遠くはなさそうです。
 進化論学者達が一致していることは、宗教が、人間の歴史の初期において、人間の脳によって生み出された、ということです。
 しかし、そこから先はまだ意見が分かれています。

 人間にとって、宗教は、少なくともかつては環境への適応上メリットがあった(注4)という説を唱える学者(adaptationists)と、宗教は、一度も直接的なメリットがあったことはないのであって、それは脳の進化の副産物(注5)に過ぎないという説を唱える学者(byproduct theoristsないしはspandrel(注6) theorists)とがいるのです。

 (注4)脂肪を蓄える性向は、食物が豊富な現代ではむしろ困ったことだが、かつては、度重なる飢饉にもかかわらず、生命を維持するために不可欠だった。
 (注5)たとえば、酸素を運ぶ赤血球の生誕は、生物の適応上メリットがあったが、血液の赤い色は、赤血球の生誕という生物の進化の副産物にほかならず、そのこと自体に何のメリットもない。
 (注6)たとえば、階段の下にできる意図せざる副産物たる空間が、spandrelだ。そのままでは非機能的な空間だが、そこに押入れを設ければ、機能的な空間に変わる。

 (2)宗教・副産物説

 それではまず、後者の学者たちの説を、その代表格であるところの、米国の認知心理学者兼社会人類学者兼進化生物学者兼哲学者であるアトラン(Scott Atran)の説を基軸としてご説明しましょう。
 アトランは、宗教は、人間の黒幕探知(Agent detection)、因果的思考(causal reasoning)、及び心理読解/誘導(Folkpsychology=theory of mind=intentional stance=social cognition)、という三つの脳の働きの副産物である、と主張しています。

 黒幕探知というのは、木の葉の音がした時に、それが危険な生物が葉に触れた音である可能性があると推論する脳の働きを指します。その副産物として、事象の背後に神ないし神々の存在を推論してしまうということが起きるわけです。

 因果的思考というのは、全く規則性のない出来事が複数生起した場合であっても、それらの出来事の間に時間的継起と因果律を推論する脳の働きを指します。この脳の働きの副産物として、人間は、病気から恢復した場合、単に運がよかったと片付けるのではなく、奇跡が起こった、あるいは祈りのおかげで恢復したと推論しがちです(注5)。

 (注5)日本人以外の慰安婦の中に、(そんな事実はなかった可能性が高いのに)自らの不幸が日本の官憲の強制連行によってもたらされたと思いこむ人が現れたり、(事実はまだはっきりしていないが、)非常時の異常心理による自発的集団自決という悲劇が日本軍の命令で生じたと思い込む沖縄の人が現れたりするのも、同様ではなかろうか。(太田)

 心理読解/誘導とは、他人の行為に先立ってその他人がやろうとしていることを読み取るとともに、その他人の考えを自分にとって有利な方向へと誘導しようとする脳の働きを指します。自閉症の人はこの働きが損われていることが知られています。
 心理読解/誘導の環境適応上のメリットは明らかであり、この能力を用いることで、われわれはご先祖様の頃から、迅速かつ効率的に良い他人と悪い他人とを区別することができてきたのです。
 この心理読解/誘導の副産物は、自分自身や他人が身体とは区別されるところの精神を持っているという観念です。この観念の更なる副産物が、精神と身体は切り離すことができるという観念であり、ここまでくれば、身体と無関係の精神(魂)、そして物質界を超越した神の観念の生誕まではほんの一歩です。

(続く)