太田述正コラム#2052(2007.9.9)
<退行する米国(その15)>

 かつては、共和党の経済理論は素朴だけれどまっとうなものでした。
 財政支出は抑制的であるべきで財政赤字は回避すべきであり、減税には慎重でなければならず、均衡予算達成のためには増税を厭ってはならない、というわけです。
 それに、共和党の支持者にはいつの時代にも金持ちが多かったけれど、金持ちだって階級的利益を超越した強い社会的責任感を抱いていたものです。

 ところが、この30年間で、共和党も、金持ち連中も供給重視の経済学というカルトに取り憑かれ、すっかり変わってしまったのです。
 その始まりは、供給重視の経済学の共同創始者であるラッファー(注10)とウォールストリートジャーナル紙論説委員のワニンスキ(Jude Wanniski。1936〜2005年)の二人が、当時フォード大統領の大統領副補佐官をしていたチェイニー(Dick Cheney。1941年〜)と1974年に出会ったことでした。

 (注10)ラッファーはエール大学で経済学を学び、スタンフォード大学でMBAとPh.D(経済学)を取得している(
http://en.wikipedia.org/wiki/Arthur_Laffer
)。供給重視の経済学の主唱者のうち経済学者と言えるのはラッファーだけだ。反フェミニズム論者として知られていたギルダー(George Gilder。1939年〜)は、供給重視経済学主唱者となるや、本を書いて資本家は必要どころか英雄的かつ利他的な存在だ、「何となれば資本家による投資は・・確定的な収益が保証されていないのに行われるからだ」と記したが、この本はベストセラーになった。

 ラッファーとワニンスキは、減税、とりわけ高額所得者に対する減税によってインフレなき経済成長が可能になる、という理論(注11)をチェイニーに吹き込んだのです。

 (注11)この理論を図示したのが、いわゆるラッファー曲線(curve)だ。これは、税率が100%なら税収はゼロ、税率が0%でもやはり税収はゼロでこの両極端の間で、どれだけ税収が挙がるかを曲線で表示したもの。しかし、税率が100%の場合、税収がゼロというのはウソであることは、ソ連の税率は100%だったけれど大帝国を維持できたことからも明らかだ。百歩譲ってラッファー曲線自体は正しいとしても、ある国の高額所得者への税率がラッファー曲線のどのあたりに位置しているか分からないので、高額所得者への減税によって税収が増えるという保証はない。一番肝腎なことだが、この理論が間違っていることは歴史に照らせばすぐ分かる。1947年から73年にかけて米国経済は年4%近く成長したが、1947年から64年までは最高税率は91%前後だったし、それ以降も70%だったにもかかわらず、経済はかくも堅調に成長を続けた。(それが1986年には28%まで下がった!)

 チェイニーがこのカルトの信者になったことを契機に、このカルトはプロフットボーラー上がりのケンプ(Jack Kemp。1935年〜)共和党下院議員(当時)等の政治家の間に次第に広まっていくのです。何せ、減税すれば税収は増え、経済は成長するという、政治家にとってこれ以上オイシイ話はないのですから、彼らは一旦信じれば、のめり込んでしまうのです。
 こうしてレーガン(Ronald Reagan。1911〜2004年)大統領もこのカルトの虜になるのです。
 もっともレーガン時代に副大統領であったブッシュ父(George H. W. Bush。1924年〜)は頑なに「改宗」を拒み、大統領の時の1990年に小増税を行っています。(最高税率を31%に上げた。)
 しかし、今では、共和党系の人々で、供給重視経済学を信じていない人はほとんどいなくなってしまいました。
 ブッシュ大統領とチェイニー副大統領率いるブッシュ現政権は、文字通りこのカルトの狂信者の政権であると言ってよいでしょう。
 ブッシュ政権は、発足以来4回も減税を断行しました。
 対テロ戦争を大々的に遂行し始めてからも、そして財政赤字が増え続けても、ブッシュは減税していなかったら、もっと赤字は増えていただろうと言う始末であり、更なる減税すら口にしています。しかも、共和党の中からこのブッシュ政権の財政政策への異論を唱える声は全く出ていないのです。

 その結果米国は恐るべき所得格差の国になってしまいました。
 米国では2004年には所得の多い方からの10,000分の1の階層が国民所得の3%超を稼いだ勘定ですが、これは1600年前後のムガール帝国の5%よりはマシではあるものの、紀元14年の初代皇帝アウグストゥス(Imperator Caesar Divi Filius Augustus。BC62〜AD14)の死の時点のローマ帝国の1%をはるかに上回っています。
 しかも、1970年代末に比べて、所得の多い方の1%の国民所得シェアは2倍になり、0.1%のシェアは3倍になり、0.01%のシェアは4倍になっているのですから、米国はムガール帝国の水準に急速に追いつきつつあると言ってよいでしょう。

 (以上、特に断っていない限り
http://www.tnr.com/docprint.mhtml?i=20070910&s=chait091007
(9月5日アクセス)による。)

(続く)