太田述正コラム#2050(2007.9.8)
<退行する米国(その14)>

 ブッシュが大統領になってから、米国の貧困率は9%上昇し、医療保険に入っていない人の数は12%増加し、実質ベースの中位家計所得は全く伸びていません。
 所得格差は開くばかりであり、1989年には米企業の社長(CEO)は平均的社員の71倍の所得であったのに、現在では270倍にも達しています。
 (以上、
http://www.guardian.co.uk/commentisfree/story/0,,2161252,00.html
(9月3日アクセス)による。)

 所得格差は巨大かもしれないが、誰でも高額所得者になる機会が均等に与えられているのが米国であるとされてきましたが、それも神話になりつつあります。
 最新の調査によれば、米国の世代間の所得階層移動率は、デンマーク、オーストリア、ノルウェー、フィンランド、カナダ、スウェーデン、ドイツ、スペイン、フランスや英国を下回っているのです。
 (以上、
http://www.nytimes.com/2007/07/13/opinion/13fri2.html?pagewanted=print  
(7月14日アクセス)による。)

 客観的に見れば、米国ではいつ貧者の叛乱が起こっても不思議ではない状況であると言えるでしょう。
 ところが、貧困率が高くて所得が低い州はどこでも、金持ち優遇政策を追求してきた共和党、そしてブッシュ政権の支持州なのです。貧しい人々が投票しないこともあって、昔から候補者が貧しい人のことを無視しがちなのが米国なのです。
 2000年10月には、ブッシュが、金持ちとの夕食会の席上、「何とすばらしいお歴々だろうか。皆さんは持てる方々(haves)であり、とりわけ大いに持てる方々だ。皆さんのことをエリートと呼ぶ人がいるが、私は皆さんを私の味方(base)と呼んでいる。」とホンネを漏らしています(ガーディアン上掲)。

 ブッシュ政権の金持ち優遇政策は、二つの理論に依拠しています。
 一つはフリードマン(Milton Friedman。1912〜2006年)(コラム#1231)らの原理主義的自由主義経済学(シカゴ学派経済学)であり、もう一つはラッファー(Arthur Laffer。1940年〜)らの供給重視経済学(supply side economics)です。

 原理主義的自由主義経済学は、理論としては洗練されており、サッチャリズムやレーガノミックスに大きな影響を与えました。
 しかし、原理主義的自由主義経済学は、英国や米国で実践された際には大きな蹉跌をもたらさなかった(ただし米国についてはコラム#1221参照)ものの、チリやロシアで実践された際には両国の経済を破綻させた(コラム#1568)ことからも、その「正しさ」には疑問符がつきます。
 ブッシュ政権が原理主義的自由主義経済学を信奉している証拠が、2005年にハリケーン・カトリーナで壊滅的被害を受けたニュー・オーリンズ復興事業への取り組み方です。
 堤防や送電施設の復旧は遅々として進まなかったというのに、19ヶ月後には、まだ同市の貧しい人々が避難先から戻れていなかったというのに、ニューオーリーンズの公立学校システムは競売に付され、ほとんどが私立学校群でもって取って代えられたのです(注9)。
 (以上、
http://business.guardian.co.uk/comment/story/0,,2165023,00.html
(9月8日アクセス)による。)

 (注9)ナオミ・クライン(Naomi Klein)(コラム#500)は、「現実の、あるいは仮想の(perceived)危機のみが真の変化を生み出す」とフリードマンが述べていることをとらえて、この経済学はショック・ドクトリン(shock doctrine)の経済学であるとし、1970年代半ばにピノチェトのクーデターと超インフレというチリの危機を好機ととらえて原理主義的自由主義「改革」を推奨し、1980年代にはソ連崩壊というロシアの危機を好機ととらえてやはりこの「改革」を推奨し、カトリーナ災害にあたっても公立学校システムを廃止して住民に教育バウチャーを配る案を推奨した、と指摘している。
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 供給重視経済学に至っては、レーガン政権の副大統領であった頃、ブッシュ父が「ブードゥー経済学(Voodoo economics)」と嘲笑した代物(コラム#375)です。

(続く)