太田述正コラム#1872(2007.7.19)
<ハリーポッターをめぐる論議(その2)>(2007.8.28公開)

3 文学的評価

 (1)始めに

 空想小説(Fantasy)でスリラー(Thriller)かつ教養小説(Bildungsroman)であるところのポッター・シリーズをめぐっては、既にシャーロックホームズ学的なハリー・ポッター学が成立しつつあります(
http://books.guardian.co.uk/harrypotter/story/0,,1837948,00.html
。2006年8月9日アクセス)。
 ここでは、ポッター・シリーズの何が素晴らしくて何がダメなのかにしぼって最大公約数的な論議をご紹介しましょう。
 ちなみに、ご存じの方が多いでしょうが、今週の土曜日(21日)にシリーズの最終巻(第7巻。英語版。Harry Potter and the Deathly Hallows)の発売が始まります。

 (2)素晴らしさ

 辛口で知られている、ニューヨークタイムスの日系文芸評論家のMichiko Kakutani が、(結末を明かすことが固く禁じられていることもあって)当然のことながら具体的なことには全く触れずして、まだ発売前の上記最終巻を絶賛する書評を上梓しました(
http://www.nytimes.com/2007/07/18/books/18cnd-potter.html?_r=1&oref=slogin&pagewanted=print
。7月19日アクセス)。
 このように、ポッター・シリーズがいい大人を夢中にさせてしまうのはなぜなのでしょうか。

 それは、作者のローリング(J. K. Rowling。1965年〜)が抜群に面白い筋を紡ぎ出す天才だからだ、という点で衆目が一致しています。

 (3)ダメなところ

 ポッター・シリーズのダメなところは、第一に、形容詞や副詞を乱発する陳腐でお世辞にも美しいとは言えない文体で書かれている(注)ことであり、第二に、筋が抜群に面白いろいのでその先どうなるのか知りたくなってつい次から次へと読んでしまうけれど、種明かしをされてみればそれでお終いだということであり、要は一度読んだら二度と読み返す気にならない作品である、ということを多くの人が指摘しています。
 (以上、
http://blogs.guardian.co.uk/books/2007/07/harry_potters_big_con_is_the_p.html (7月18日アクセス)、及び
http://blogs.guardian.co.uk/books/2007/07/harry_potters_dance_to_the_mus.html
http://en.wikipedia.org/wiki/Harry_Potter
(どちらも7月19日アクセス)による。)
 
 (注)例えば、Harry Potter and the Order of the Phoenix(ハードカバー。英語版)のPP324に、「と誰々は・・言った」という表現が6つ続いて出てくるが、「とスネイプは悪意を込めて(maliciously)言った」、「とハリーは激怒して(furiously)言った」、「と<ハリーは>陰気に(glumly)言った」、「とハーマイオニーは厳しく(severely)言った」、「とロンは憤慨して(indignantly)言った」、「とハーマイオニーは堂々と(loftily)言った」という具合だ。

 (4)私のポッター・シリーズ評価

 私自身の評価については、たまたま私の手元にこのシリーズの英語版が1巻から5巻までと日本語版が1巻から6巻まであるけれど、日本語版の第1巻を斜め読みしただけに終わっている、ということでお察しいただきたいと思います。
 長編教養小説と言えば、日本のものでは、誰でも知っている吉川英治(1892〜1962年)の「宮本武蔵」・・中学時代に学校の図書館で読んだ・・、と芹沢光治良(1896〜1993年)の「人間の運命」・・社会人になってから読んだ・・がお奨めですが、私にとって教養小説と言えば、中学から高校時代にかけて岩波文庫(豊島与志雄訳)で読んだ、フランスのノーベル賞作家ロマン・ローラン(Romain Rolland。1866〜1944年)の「ジャン・クリストフ」にトドメを刺します。
 ポッター・シリーズのような空想的・スリラー的要素なんてなくったって、良質の教養小説は成り立ち得るのだけれど、刺激だらけの現代においては、「ジャン・クリストフ」では物足らないのかもしれませんね。

(完)