太田述正コラム#1871(2007.7.18)
<ハリーポッターをめぐる論議(その1)>(2007.8.27公開)

1 始めに

 国際通貨研究所・経済調査部長/チーフエコノミストの竹中正治氏が日経ビジネスの電子版に書いている「ハリーに揺れる米キリスト教原理主義」(
http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20070717/129960/
・7月18日アクセス(以下同じ))を読んで微妙な違和感を覚えました。
 そこで、超ベストセラーのハリーポッター・シリーズをどう評価すべきか、改めて考えてみることにしました。

2 竹中氏の主張をめぐって

 (1)竹中氏の主張

 竹中氏は、まず、2003年2月に当時のローマ法王パウロ2世がポッター・シリーズをどう思うかとの記者の質問に答えて、「もし私が著者の意図を正しく理解しているとすれば、それは子供たちが善悪の区別をできるようになることを助けることだろう」と肯定的な評価を与えたとした上で、現法王ベネディクトは、否定的な評価をしていると指摘します。
 すなわち、現法王は、法王に就任する以前の2003年3月に「<ポッター・シリーズは>子供たちが成長する前に、魂の中のキリスト教精神(Christianity)を気づかぬうちに深く歪める微妙な誘惑として働いている」という手紙を書いているというのです。

 次いで竹中氏は、米国のポッター・シリーズの評価について、米国のキリスト教徒らは肯定派と否定派に二分されてきたとした上で、保守的なキリスト教徒の一部は何年も前からポッター・シリーズを学校や公共の図書館からの排除を求める運動を行ってきたとし、彼らの多くが理由として、「愛、友情、勇気を鼓舞する物語ではあるが、魔術と魔法使いを基本的な要素にしている。魔術や魔法使いが、普通のものであるかのごとく、時には救済であるかのように描かれている。反キリスト教的な魔術・魔法使いを普通のものとして受け入れさせる巧妙な仕掛けに満ちている」ことを挙げている、と指摘します。

 そして竹中氏は、ポッター・シリーズ否定派の深層心理を次のように分析して見せます。
 
<引用始め>
 ポッター・シリーズの世界は、・・反キリスト教的、魔術的要素で構成され、キリスト教的な文化的要素は全く登場しない。教会も、十字架も、神への祈りも登場しない。マグル(非魔法界の人間)の世界と魔術・魔法使いの世界ですべてが構成され、魔法界は完結した世俗社会を構成している。
 魔法界は教育システム(ホグワーツ魔法学校)、政府組織(魔法省)、メディア(日刊魔法新聞)などすべての世俗的な要素を備え、子供たちは人文、社会科学を習うのと同じように魔法体系を学校で学ぶ。人々がサッカーの試合に興じるのと同じように、ほうきで空を飛びながら行う団体戦、クィディッチ競技に興じる。そして、悪と善、邪悪と正義の戦いが展開する。
 こうした魔法界の世俗化は、キリスト教徒がその対極に置くキリスト教的な価値規範自体の世俗化につながるのだ。宗教的な権威やイデオロギーにとって、権威の反対物(=魔法界)を世俗化して許容することは、権威それ自体を相対化し、その至高性を掘り崩すことになる。友愛や正義の価値観が「魔法界」において成り立つならば、キリスト教倫理の至高性は崩れる。
 ポッターを批判するハードコアなキリスト教徒にとっては、それはキリスト教の価値観を骨抜きにする文化的相対主義であり、受け入れ難いのだ。彼らにとって今日最大の脅威は、異教徒ではなく、文化的相対主義のもたらす世俗化であることを彼らは敏感に感じている。
<引用終わり>

 (2)竹中氏に対する批判

  ア 法王の言葉について

 細かいことから始めますが、「パウロ2世」は「ヨハネ・パウロ2世」と書かないと間違いですし、「ベネディクト」も「ベネディクト16世」ときちんと書くべきでしょう。
 さて内容に関してです。
 まず、前法王の言として竹中氏が紹介したのは、法王庁の報道官(当時)の発言(
http://www.cbc.ca/arts/story/2006/09/03/harrypotter-exorcist-pope.html
)に過ぎず、しかも、これが当時の法王の考えであったという保証はない(
http://en.wikipedia.org/wiki/Religious_opposition_to_the_Harry_Potter_series
)のです。
 また、現法王が法王庁の教義担当の枢機卿であった当時に、彼の名前で竹中氏が紹介したような手紙を書いたことは確か(
http://www.cbc.ca/arts/story/2006/09/03/harrypotter-exorcist-pope.html
)なのですが、この手紙・・ある人物がポッター・シリーズについて書いた本に対する感想を枢機卿がその人物に書き送ったもの・・を受け取った人物は、この手紙の内容が正しく報道されていない上、この手紙は恐らく枢機卿の秘書が書いたものだろうと述べています(ウィキペディア上掲)。
 ですから、この手紙の報道内容が、現法王の考えである保証もまたないのです。

  イ 米国における議論について

 次に、「米国のキリスト教徒らの議論は肯定派と否定派に二分されてきた」という竹中氏の言い方には誇張があります。

 米国人の9割方はキリスト教徒で、米国人の33%が原理主義的キリスト教徒(Evangelical)であり、そして彼らの39%が聖書に書かれていることをすべて真実だと思っているのですが、米国人でポッター・シリーズのことを聞いたことがある人の7%しかこのシリーズについて否定的な意見を持っておらず、52%が肯定的な意見を持っている上、否定的な声は次第に小さくなりつつある(ウィキペディア上掲)からです。
 実際、キリスト教保守派の中にも、ポッター・シリーズは反キリスト教どころかキリスト教精神であるところの、同情、忠誠、勇気、友情、自己犠牲の重要性を訴えている、と考えている人は少なくないのです(
http://atheism.about.com/od/harrypotter/Harry_Potter_Religion_Philosophy_Ethics_and_the_Harry_Potter_Books.htm
及びウィキペディア上掲)。

  ウ 結論

 このように見てくると、竹中氏の主張については、氏のポッター・シリーズ否定派の深層心理の分析の真偽を論じるまでもなく、誤りや誇張が多くて信頼性に乏しい、と言わざるをえないのです。
 私の違和感のよってきたるところをご理解いただけたのではないでしょうか。

(続く)